第7-24話 魔術師と襲来者
王都に入ってきたモンスターが倒されたという報告は騎士団からアーロンの元へと届けられたものの、万が一の可能性を考えてイグニはアーロンを護衛して城までついて帰ることにした。
「そんなに心配せずとも大丈夫だ。モンスターは騎士団が倒したのだから」
「だが、モンスターは王都の中にまで入ってきたんだ。もしかしたら、倒されたやつらが囮だった可能性もあるだろ?」
「囮? モンスターがそんな戦術を取るのか?」
「取るモンスターもいる」
イグニが2年の間、『魔王領』で修行しているときにもそういうモンスターはいた。巨大なアリのようなモンスターで、名前はジャイアント・アント。最初ルクスから名前を聞いた時は親父ギャグかと思って一笑に付したが……強かった。
アリらしく社会性のあるモンスターで攻撃担当のアリたちと巣穴担当のアリたちがチームを組んで戦闘をするのだが、彼らの一部には囮となってイグニの注意を引きつけるモンスターがいたのだ。
「イグニはよく知ってるんだな」
「……戦ったことがあるだけだ」
アーロンが関心したように言うが、イグニとしては考えれば考えるほどその可能性に突き当たってしまい、思わず顔がこわばる。
何故、今まで王都に侵入することもしなかったモンスターたちは、このタイミングで王都に侵入したのか。
何故、騎士団たちが30分とかからず倒せるような集団でモンスターたちは王都に侵入しようとしたのか。
もしそれが、彼ら自身が囮となって……もっと強力な何かをこっそり王都に侵入させるためのものだとしたら?
「……アーロン王子とお見受けする」
静かな闇の中に、声が響いた。
「お命、頂戴いたす」
イグニは魔力の熾りを感知。
目の前にいるのはたった1人。
たった1人だけなのに、
「伏せろッ! アーロン!!」
刹那、熾された魔力が爆発すると、アーロンめがけて鋭い飛翔物が発射された。
イグニはアーロンの身体を引っ張ると、彼女の体勢を倒して飛翔物の軌道からアーロンの身体を反らす。
だが、遅れたイグニの腕に飛翔物が直撃。
「『
「
目の前にいる何者かは、イグニのそれを見て……1つ、呟いた。
「『
イグニの詠唱に合わせて、展開されていた5つの『ファイアボール』が何者かに接敵。遅れて、爆発。だが、それはあくまでも誘導に過ぎない……っ!
「『
本命はこちら。
相手の魔力を感知し、200m以内であれば永遠に追尾し続ける『ファイアボール』であるッ!
「『
こちらは全部で6つ!
イグニの詠唱によって、打ち出された『ファイアボール』は先程の爆発地点の奥にいる何者かを目指すように直進すると……ぐにゃりと、6つ全ての軌道があらぬ方向にそらされる。
「……魔力を回した?」
熾した魔力を
それはまるで『
「誰だッ!」
イグニの
「名乗るほどの者ではない」
イグニはその段階で、初めて自分の腕にささった飛翔物を引き抜いた。
黒く塗られ、夜に紛れるようにして作られているその刃物は……東方で使われているクナイと呼ばれる投擲具。
それと全く同じものを、彼は公国で見たことがあった。
「……忍者だな?」
「……ほう。知っているのか」
「前に同じものを見たことがある」
「なるほど。西の彼方と言えども、我が同胞はいるというわけか」
ただ、イグニが出会ったのはくノ一の少女であり……彼女は、共通語すらもままならないような状態だった。
「モンスターの侵入。あれは……囮だな?」
「然り」
だが、此度の敵は。
「引け、魔術師。我が目的は王子の殺害。それが達成されれば、不必要な犠牲を払う必要など……無い」
「引けだと? 俺は護衛だぞ」
イグニはそう言うと同時に『
熾した魔力を回転させることによって、爆発的な膂力を得る。
「不完全だが……
「……やっぱり知ってるか」
「元よりそれは我らの技術だ」
刹那、シンと空気が張り詰め……両者の殺気だけが場を占める。
忍者は闇夜に紛れて侵入したが、魔力を
「『
「氷鬼殺法」
「『
「『雪時雨』」」
バチッ!
と、イグニの耳元で弾けるような音が響くと同時に、撃ち出した『ファイアボール』が忍者の放った氷の砲弾を打ち砕く。
「……氷の魔術? そんなものが」
イグニの後ろで、魔術オタクのアーロンが呆然とした様に呟いた。
氷というのは、確かに基本属性のどこにも含まれない全く別の属性だ。
「雷鬼殺法」
氷の砲弾を放ちながら、忍者はイグニの前方から弧を描くようにして移動すると、追加で重ねた。
「『
バジッ!!!
空気を斬り裂く緑の雷が忍者の手元から放たれると、秒速10万kmという尋常でない速度でイグニに向かう。
当然、避けれるはずもなく――着弾。
ズドッッッ!!!
遅れて雷鳴が鳴り響き、周囲のものを一瞬浮かび上がらせると同時に……刹那の間だけ、光で照らしあげた。
「……見つけたぞ。忍者ッ!」
「雷撃を食らって、まだ両の足で立つか」
イグニが着込んでいるのはロルモッドから支給される
耐刃、対魔術だけではなく数多くの防御陣が発動している。
「『
イグニの詠唱により、展開されるのは極小の『ファイアボール』!
分子レベルにまで小さく閉じ込められた彼らは、擦れあうと同時に負の電荷だけが引き寄せられる。
ならば、自然はその差を埋めるべくして、
「『
落雷を、発生させる。
「お返しだッ!」
イグニの咆哮じみた叫びに呼応するように、忍者めがけて先程と全く同じ速度で落雷が直撃した。
「……流石は……王子の、護衛だ」
焦げ臭い匂いと、斬り裂かれた空気から漂うイオンの匂いにイグニの鼻が僅かに震える。
「……だが、こちらとて。引くわけには行かないのだ」
忍者は立ち上がると、静かに構える。
「俺も引く気なんてねぇよ」
イグニの言葉に、忍者は微かに笑ったような気がした。
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