第7-22話 好意と魔術師
「あ、アーロン。俺の知り合いは女の子だけど……それでも良いのか?」
仕方なくイグニはリスクを回避する方向に舵を取った。
何しろ王国と帝国は犬猿の仲。
王族同士とは言え、顔を合わせて気分の良いものじゃないだろう。
というか、そもそもの話だがアーロンは女の子が苦手だと言っていた。
アリシアと会ったところで、その苦手さが克服する方向に向かうとは思えない。むしろ、敵国同士で、余計に話がこじれるかも知れない。
そう思って、イグニは言葉に出したのだが……。
「……む! な、なるほど。確かに……そうだな。イグニとて、女の子の知り合いくらいはいるだろう……」
そういうと、少しだけむっとした表情になるアーロン。
少し考え込むようにして腕を組むと、黙り込んだ。
「い、いや。しかし……苦手な物から逃げ続けていても、何も変わらない。……やっぱり、私に紹介してくれないか?」
「……まぁ、そこまで言うなら」
アーロンがぐいっと顔を寄せてきて、イグニに圧をかけてくる。
それに根負けするように、イグニは両手をあげて降参のポーズを取ると……諦めて、彼女をアリシアの元に案内することにした。
「……イグニ。遅いわね」
「悪い。遅くなった」
タイミングが良いのか悪いのか。
イグニがそう言うと、アリシアは椅子から飛び上がりそうになるほど驚いていた。
「なっ! なんでも無いわよ!」
「……ん?」
「なんでもないったら、なんでもないの!」
よくわからないまま、納得させられたイグニ。
もはや独り言を聞かれたから飛び上がるほど驚いたのだとは……イグニとて思いもしなかった。
顔を真赤にして怒っていたアリシアの視線だが、イグニを外れてその後ろに向かっていく。
「……誰?」
「紹介するよ。アーロンだ。俺の友達で……アリシアと知り合いたいっていうから」
「私と? なんで? イグニの友達なんでしょ?」
アリシアが不機嫌そうに首を傾げたまま動こうとせず、アーロンもイグニの後ろでアリシアの動きを伺っているだけなので、イグニはちらりと後ろを振り返ると……イグニの後ろに隠れるようにして、半分だけ顔をのぞかせているアーロンがいた。
「……何をやっているんだ?」
「や、やっぱり……苦手なんだ……。女の子が……」
アーロンの震えるような声に、イグニは何も言えず黙り込む。
「女の子が苦手って……。あなた、女の子でしょう?」
だが、これにはアリシアが疑問をつっこんだ。
先程の顔に浮かんでいた不機嫌は消え、どちらかというと困惑が浮かんでいる。
「ちっ! 違うぞ! 私は男だ!!」
「いや……それは無理があるっていうか」
「……男なんだ」
今までの覇気はどこに言ってしまったのか。
アーロンは消え入りそうな声で、そう言った。
「ま、まぁ。アリシア。人にはそれぞれあるからな?」
「それはそうだけど……」
「アーロンは同年代の知り合いが少ないから、アリシアと友達になりたいんだってさ」
「そういうことだったの。別にそれくらいは良いけど」
イグニがアーロンの事情を伝えると、アリシアはため息をついて手を差し出した。
よく考えてみれば、アリシアも同年代の友人が少ない側の人間だ。
それは、彼女の生い立ちもあるだろうし……肝心なところで引っ込んでしまうその性格も関係しているのだろう。
だが、彼女は物怖じすることなくアーロンと友人になろうという意識を見せた。
「……よ、よろしく」
その差し出された手に、アーロンはおっかなびっくり手を出すと……「ひゃぁ!」と、小さな声をだした。
「ど、どうしたの? 私の手が冷たかった?」
「や、柔らかくて……びっくりしたんだ……」
「そうなの? あなたの手も、私と同じくらい柔らかいと思うけど……」
「そ、そんなことはないぞ! そんなことはない! わ、私は男だからな! 手が柔らかくなんてないんだ!」
「……そ、そうかもね」
ツッコむことをやめたのか、アリシアはアーロンに頷くだけ。
アーロンはアリシアと結ばれた手を見直して、こくりと頷くと、
「あ、ありがとう。またな」
と、そう言い残して……去っていった。
まるで、台風でも去っていったかのように、どうして良いか分からない表情でイグニとアリシアはしばらく部屋の中で立ち尽くしていたが……。
「ま、イグニの友達だから変なのしかいないのは知ってたけど」
先にそう言って、アリシアが口を開いた。
……アリシアは俺の友人たちのことをなんだと思ってるんだろうか。
「私も人のこと言えないからお互い様ね」
「……そうか?」
思い当たる節が結構あるイグニは、そういって誤魔化すことが精一杯だった。
「それにしても、イグニ。あの娘とはどこで出会ったの?」
「ん? まぁ、『依頼』でちょっとな」
「指名依頼?」
「そんなところだ」
「イグニも変なものに色々と手を出さないほうが良いわよ」
「変なもの……」
アリシアの中でアーロンがどういう扱いをされているのかが分からない。
「それにしても……。あの娘、どっかで見たことあるのよねぇ……」
「気のせいじゃないか? 初対面だと思うが……」
「うーん、そうなのかしら。それにしても……どこかで……」
アリシアは目をつむって、深く考え始める。
王族だとバレると面倒なことになるだろうと判断しているイグニは、話をそらそうとするがあまりに露骨にやりすぎてもよくないので、アリシアの意識をそらすことが出来ない。
「昔……。昔、どこかで……」
アリシアは皇族。
帝国と王国は仲が悪いが、それでも表面上は仲良く付き合っているところをアピールしている。だからこそ、王族同士のパーティーなので顔を合わせていても何一つおかしくはない。
「……まぁ、良いわ。思い出せないってことは、本当に他人の空似かも知れないし」
「そ、そうか……」
アリシアが納得してくれたおかげで、イグニとしても一安心。
だが、一難去ってまた一難。
「それにしても、イグニ。どうして、あなたが知り合うのは女の子ばかりなの?」
アリシアが、ゆっくりとそう尋ねてきた。
「……そう、か?」
「そうよ。だって、イグニが知り合っている友達はみんな女の子じゃないの」
アリシアのひどく冷たい声に震えながら、イグニは問い返した。
「ゆ、ユーリとかは?」
「女の子みたいなものでしょ」
……確かに。
反論できないので、黙るしか無いイグニ。
だが、ふと彼の中で思うことがあった。
どうして自分は、責められているのだろう……と。
「どうして、気になるんだ?」
「……な、何が?」
「その……俺が、女の子たちと知り合うことが……なにか、気になるのか?」
「きっ! 気になるってわけでもないけど、気にならないわけでも無いっていうか……。なんというか……」
イグニの逆質問に、アリシアはだんだんと声の覇気を無くしていく。
だが、その様子でイグニはふと思うことがあった。
……もしかして、アリシアは俺のことが好きなんじゃ…………?
「なぁ、アリシア」
今の今まで、『勘違い』を避けるために考えないようにしていた。
だがイグニには、それ以外の理由が見当たらず……真実を確かめるべく、口を開いたその瞬間、
――――ゴーン!!
深く重い、鐘の音が鳴った。
酷く腹の底に響くその音は、否が応でも恐怖心を煽られてしまう。
それは、意図的にそう作られた鐘の音。
音を聞いた誰しもが、危機感を覚えるようなそれは……。
「イグニ! これって!?」
アリシアの焦ったような顔が、イグニを捉える。
「……敵襲だ」
故にイグニは、静かにそう答えた。
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