第7-20話 好かれ方

「ねぇ、イグニ! 見て、このケーキ! こんなにフルーツが乗ってるわ!」

「すごいな、これは」


「見て、イグニ! この服、どうかしら?」

「似合ってるぞ、ローズ」


「見て、イグニ! どっちが似合う?」

「どっちも似合うけど……こっちかな」

「やっぱりイグニと私の好みって似てるのね!!」


 街中を巡るデートでは、イグニが店へと案内するのだが店の中ではローズが主導権を握るという不思議なことが起きていた。


 ちなみにイグニはルクスから教わったモテの極意と作法を何度も頭の中で繰り返している内に、だんだんと無意識でそれらが行われていくようになっていくのを感じて、ローズとのデートとはまた別の成長を噛み締めていた。


「イグニ。今日は楽しかったわ」

「俺もだよ、ローズ」


 夕日がゆっくりと沈んでいく中、イグニとローズは帰路へと付いていた。

 無論、その後ろを魔女と竜がが追っていることには気がついていない。


「でも、イグニ。私、少しだけ嫌なことがあったの」

「……ん?」


 なにかやらかしたか……と、思ってイグニは思わず表情がこわばる。


「でも、言ったら我がままだって思われちゃうかもだから……言いたくないの」


 そういって、ローズはきゅっと袖を握った。


 ここでめんどくせぇ……と思うようではモテる男まではまだまだである。

 そんなこと、呼吸の仕方よりも深く身体に刻み込まれているイグニは笑顔で答えた。


「俺がローズのことを嫌いになることなんて無いよ」

「……本当?」

「もちろん」

「……あのね。本当に我がままだなって思ってるの。嬉しいんだけど、少しだけ……嫌だなって思っちゃったわ」

「どうしたの?」

「イグニがね、デートに慣れてるのがやだなって思っちゃった」

「嫌だった?」

「ううん。リードしてくれて、嬉しかったの。でもね、そうやってイグニが私の知らない所で知らない女とデートしてるかもって思ったら、少しだけ……嫌な気持ちになっちゃったの」


 ローズは意を決したようにそういって、イグニを見つめた。


 可愛すぎか?


 ローズをみながら、そんなことを考えるイグニの頭はいつも通りである。

 そして、イグニは少しだけ考えて……。


「そう言ってくれたら、俺も頑張ったかいがあったよ」


 そういった。


「頑張ったの?」

「ああ、ローズに良いところを見せたくてさ」


 それは、博打にも似たイグニの踏み込みだった。


 モテの極意その2。

 ――“余裕のある男はモテる”。


 だからこそ、イグニはデートでリードするし、そうするようにしてきた。

 だが、イグニは思うことがあった。


 完璧な人間は、好かれないと。


 それは、自分が不完全な人間だからだろうか?

 そうではない。


 自分以外にも、不完全な人間はたくさんいる。

 だからこそ、人はその欠点が良いのだ、と。


 それは、ルクスから教わっていないイグニが導いたモテの極意。

 ――“己の欠点をさらけ出せ”

 

 番号ナンバリングされておらず、また極意といえるかどうかも怪しいほどの体験しかイグニは持っていないが、しかし彼はその賭けに勝った。


「そ、そうだったの……! ごめんなさい、イグニ。私が変なこと言って」

「いや、嬉しかったよ。ローズにそう言ってもらえて」

「……イグニ、優しいのね」


 ローズは夕日を眩しく思ったのか、それとも他のなにかがあったのか……俯いて、ぽつりとそういった。


「ますますイグニのことが好きになっちゃったわ!」

「ありがとう、ローズ」


 イグニが微笑むと、ローズもにこやかに微笑んだ。


「家まで送っていくよ、ローズ」

「う、うん。こっちだわ」


 そういって、ローズに手を引かれるようにしてイグニはローズの家へと向かっていく。

 たどり着いたのは、立派な門構えの豪邸だった。


「こ、ここだわ」

「良いところだな」

「ええ、お父様が用意してくださったの」


 そういえば、ローズの家は王国の中でもトップクラスに金を持っている貴族だったなぁ……と思い返すイグニ。


 イグニが門を開こうとした時、家の中から見慣れた騎士が歩いてきた。


「ローズ様。おかえりなさいませ」

「フローリア。もしかして、待っててくれてたの?」

「ええ。お話がございまして……イグニ様にも」


 フローリアの顔がいつにもまして真剣なのを感じて、イグニは来るべきときが来たのだと……悟った。


「私は先程より、『聖女』護衛の任を解かれ王都防衛戦にて、戦うことになりました。これより、ローズ様の元を離れること……お許しください」


 フローリアの言葉に、ローズは驚いた様子を見せなかった。

 むしろ、イグニと同じ様に『ついに来た』のだと……そういう表情をしていた。きっと、彼女も、フローリアの口から聞いていたのだろう。


「ええ、仕方ないわ。私の命と、王都より先にいる大勢の人の命。それは、比べ物にならないもの。だから、頑張ってね。フローリア」


 ローズはそういって、フローリアを励ました。

 彼女の騎士は、その言葉に深く頭を下げた。


「ご安心ください、ローズ様。このフローリア。“水の極点”の名にかけて、一匹たりとも魔物を防衛戦より通しません」

「信頼しているわ、フローリア。貴女なら、出来るわよ!」


 彼女の信頼と、民の信頼。

 フローリアの両肩には、それが大きくのしかかっている。


「イグニ様」

「……はい」

「お忙しくなることは重々承知の上ですが……ローズ様を、頼みます」

「もちろんです」


 フローリアもまた、イグニがアーロンの護衛につくことは知っているのだろう。

 一国の王子と、『聖女』。


 それは比べるものでは無いのかもしれない。

 比べられるものでも、無いのかもしれない。


 けれど彼女はイグニに頼んだ。

 ならば、イグニは応えるのみだ。


「安心してください。俺が、なんとしてでも守りますよ」

「ええ、イグニ様にそう仰っていただけるなら……安心して、向かうことができます」


 フローリアははかなく笑うと……震えながらローズが言った。


「死なないでね、フローリア」

「もちろんですよ、ローズ様。死んだら誰も守れないですから」


 その姿は、誰よりも騎士にふさわしく。


「そういえば、私がいないからってイグニ様と子供を作ってはダメですよ。ローズ様」

「も、もちろんよ。手を繋ぐだけだわ! キ、キスは……しないわよ!」

「ええ、絶対にダメですよ。時勢が時勢ですからね。キスなんてしたら子供ができてしまいますから」


 大真面目な顔して言い合う2人を見ながら、そういえばこの2人はこうだったなぁ……と、イグニは昔を思い返した。

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