第7-19話 真冬と友人

 王都では秋も通りすぎ、冬に差し掛かろうという季節ではあったが、そこから更に北上した公国との国境際では一足先に冬が訪れていた。


 はぁ、と吐いた息が真白に染まるのを見ながらユーリは砦の屋上から遥か遠方を見た。

 彼方に広がる広大な地平線には枯れた大地と、灰色の空だけが見えるだけだ。


「ユーリちゃん、おつかれ!」

「ぼ、ボクは男の子だよ……」

「あはは。まだ言ってるの、それ」


 同室になった緑髪の少女にそう言われて、ユーリは抗議の声をあげるがスルーされた。出会ったときから男だという風に言っているのだが、なぜだか冗談だと思われているのだ。


「交代だって、中入って温まって来なよ」

「う、うん。そうするよ」


 砦の上からの偵察任務は、何も変わらない風景に飽きが来るのが一番の敵だ。

 だが、今朝方入ってきた公国の防衛ライン突破の知らせは否応なしにユーリの身を固くさせる。


「ユーリちゃんは、凄いよね」

「……な、何が?」


 中に入ろうとしていた時に、ふと声をかけられてユーリは首を傾げた。


「だってさ、私たち禁術には巻き込まれたわけじゃん?」

「う、うん。そうだね」

「それなのに、勝手に招集されて勝手に防衛戦を任されて……酷くない?」

「……そうだね」


 ユーリは暗い顔をしながら、頷いた。


 各国が指定している禁術……つまり、している魔術というのは大なり小なり人の命を使った魔術や、呪術である。故に、それを行使するというのは人の命をもてあそぶということだ。

 

 人の命というのは魔術や呪術を含めて強大なエネルギーを持つ。


「人の人生なんだと思ってるんだって感じだよねー」


 軽々しく、曇天に消えていくように文句を付ける少女の顔は酷く無機質だ。


 ユーリが同年代の者たちと殺し合いを行い唯一生き残った人間であるように、彼女もまた人の命を天秤にかける魔術の生き残りである。


 ……人の命というのは、ではない。


 子供にとって、親が絶対であるように。

 自らに親しい人間の命が大切であるように。


 人によって、他人の命の価値というのは変わっていく。

 ならば、命の重さの差異を使えば蠱毒のように何人も殺さずとも力を得ることができるのではないだろうか。


 それは、とても自然な発想だった。


 故に彼女の人生は、そのためにデザインされた。


 自らの手で、自らの両親と友人を手にかける。

 それは、最適化された蠱毒に近しい魔術だ。


 ユーリが数え切れないほどの子供たちを殺したのに比べ、彼女が殺したのはたかが


 それだけで、彼女はユーリに匹敵する力を得た。


「それでもさ、なんでユーリちゃんはまっすぐ向けるのかなって」


 彼女は、全てが終わった後に真実を伝えられた。

 親殺し、友人殺しの真実を。


 だから彼女は、大いなる魔術の力を得てもなおロルモッドには進学しなかった。

 そこは、王国が作った学校だから。


 自分の人生を狂わせた人間たちの、作った場所だから。


「ぼ、ボクには……友達がいるんだ……」

「ふーん。良いじゃん」


 彼女には、友人がいない。

 いや、作れない。


 かつて、築いた友情を自らの手で断ち切ってしまった。

 その生命が失われていく感覚が、自らの手にまだ残っているから。


 だから、ユーリの言葉に自分でも驚くほど冷たい声が出てしまう。


「本当は、ね。ボクも友達は……作らないつもりだったんだ。だって、いなくなっちゃうかも……しれないから」

「…………」

「でもさ、その友達はすごく強かったんだ。すごく、強いんだ」

「…………私たちより?」

「うん」


 少女の問いかけに、ユーリは深く頷いた。


「魔術もそうなんだけど……心が、すごく強いから」

「なにそれ」


 少女の問いかけにも、意に介さないようにユーリは続ける。


「だから、憧れたんだ。ああなりたいって」

「好きなの? その人のこと」

「な、何言ってるの! ボクは男の子だし、その友達も男の子だよ!」


 ユーリのつっこみを、少女は「はいはい」と言って流す。


「いつも、守ってもらってばかりだったんだ。“極点”に捕まったときも、魔族に襲われたときも……“極点”に襲われたときも」

「……なにそれ、冗談?」


 少女は、ユーリの言っていることが信じられなかった。

 彼が一体何に巻き込まれてきたのか、それを理解することができなかった。


「『儀式』にもう一度、巻き込まれたときも……ボクは、守ってもらってばかりだったから」


 ユーリが息を吐き出す。

 それは、彼の髪色と同じ様に真白に染まっていく。


「だから今度は、ボクが守るんだ。守りたいんだ」

「……ふうん。良い友達ね」

「うん。すごいんだよ! 今度紹介するね」

「……遠慮しとく。私、そういう何でも持ってる人見ると殺したくなるから」


 明るく答えたユーリに、少女の明るい仮面が剥がれた。

 

 それを責めることができる者はいないだろう。

 彼女は持っていた全てを捨てて、強くなった。


 何も捨てずに強くなった人間を認めろというのはあまりに酷な話で――。


「ううん、大丈夫だよ。だって、イグニは『ファイアボール』しか使えないから」

「…………ユーリ、大丈夫? 寒くて頭おかしくなっちゃった?」

「ほ、本当だよ! 『ファイアボール』だけなのに、強いんだよ!!」


 短い付き合いだが、少女にはユーリがそんなつまらない冗談言うような人間ではないということは分かっていた。だからこそ、困惑した。


 そして、深くため息をつくと。


「そんな魔術師がいるなら、ぜひ会ってみたいわ」

「うん。もしイグニと会えたら紹介するね! イグニはすごいんだよ……!」


 子供が憧れのヒーローを語るような仕草で、熱くユーリがそういうものだから少女はわずかに苦笑した。


「もし会えたら……『魔王』を倒すようにお願いするわ」

「うん! イグニなら、きっとやってくれるよ!!」


 少女はその言葉で、再び苦笑いした。


 憧れとは時として、人の目を曇らせる。

 だからこそ、彼女はユーリの言葉を信用することはなかった。


 けれど、ユーリがそこまで信用しているという友人がどんな人間なのかは……少しだけ、興味があった。

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