第7-18話 デートと魔術師

 イグニはアーロンから告げられた言葉にどうリアクションを取るべきかも分からず寮に戻ると、しばらくベッドの上で物思いにふけた。


 公国の防衛戦が破られたという話はそう遠くない内に広がるだろう。

 そうなれば、疎開する人の数も跳ね上がる。


 そして、自分が捕まえたはずのアビス。 

 彼は“極点”の称号を剥奪されていたはずだが……いつの間に、再び“極点”となったのだろうか。


 だが、そんなことよりも何よりも。


「……無事でいてくれよな、ユーリ」


 イグニは満天の星に祈るようにそう呟くと眠りについた。



 目を覚ましたのは、昼前のことであった。

 太陽が空高く上り、街の方が騒然としている。


「イグニ! 大変よ!!」

「……その声は、ローズか?」


 部屋の前から聞こえてきた声に問い返すと、肯定が戻ってきた。


「そうよ! そんなことより、大変なことが起きたの!」

「……鍵は開いてるから、入ってきても良いんだぞ?」

「しゅ、淑女が男の子部屋にはいるなんてできないわ……!」


 ……?


 イグニの中でなんとも言えない疑問が鎌首をもたげたが、寝起きの頭では深く考えることもせずに、扉を開いた。


「そんなところで立ってたって、疲れるだけだろ? お茶くらい入れるよ」


 忙しい状況での朝の支度はお手の物。

 イグニはローズと会話しながら全ての支度を整えるという神業をやってのけ、彼女を部屋の中へと案内した。


「お、お邪魔するわ……。ふ、ふうん。イグニの部屋ってこんな感じになってるのね……。案外綺麗じゃない……」

「物がないからな」


 イグニは水差しの水をポットに移動させながら、そう伝える。

 そういえば、ユーリと知り合ったときにも似たようなやり取りをしたような記憶がある。


「あれ? ローズ、なにか雰囲気変わったか?」

「そ、そうかしら? べ、別になんてことはないけど……」

「ああ。化粧してるのか。可愛いな、ローズ」

「……わぁ」


 ローズはぽつりと感嘆の声を漏らして顔を赤くすると、そのまま黙ってしまった。

 

 なんかやらかしたか……?


 と、イグニは少し青い顔。


 これでも、モテの作法その20。

 ――“細かい変化に気づく男はモテる”。


 を、実践しただけである。


 まさか、モテの作法が間違ってるなんてことがあるのかとイグニは冷や冷や。

 だが、無言のままで終わらせると気まずいままである。

 

 モテの極意その6。

 ――“喋りの上手い男はモテる”と、あるようにイグニは続けた。


「それで、何が大変だったんだ?」

「公国の防衛戦が破られたのよ! すぐにも『魔王軍』がここに来るわ!!」

「……なるほどな」


 アーロンは早速そのニュースを公表したのだろう。

 それまでは自分たちも大丈夫だと思っていた王都の市民たちも、流石にここまで危機が迫れば、他人事では済まされないと思って避難を始めたのだろう。


「大丈夫だ。そのために、色々と準備してるみたいだぞ」

「な、なんでそんな自信があるの?」

「聞いた話だよ」

「そ、そうよね。イグニのおじいちゃんは“極光”だし、話を聞いてもおかしくないわね!」


 実際のところは違うのだが、アーロンを護衛する話をローズに伝えていいのかもわからないので、イグニは彼女の勘違いに任せることにした。


「あ、あのね、イグニ。私、思ったの」

「ん?」

「こ、こんなに大変なときじゃない? だから、こんな時だからこそ……デートがしたいの」

「良いぞ」


 何がどうローズの中で繋がったのか分からないが、イグニは頷いた。


「ほ、本当に?」

「ああ、もちろんだ」


 そもそもイグニは女の子からの誘いを断らない。


「じゃ、じゃあ今から行きましょう!」

「もちろん」


 ローズはイグニの手を取ると、そのまま立ち上がった。


「やっぱり、危ない時こそ男女の仲は深まるのね……!」


 ぽつりとローズが漏らした声がイグニの耳に届く。


「フローリアの言ってたとおりだわ。吊橋効果ってやつね……!!」


 果たして今の状況が吊橋効果なのかどうかは疑念が残る所ではあったが、イグニはツッコむのをやめた。そんなものは野暮というものである。


「ね、イグニ。私、行ってみたいところがあるの」

「案内するよ。どこだ?」

「あのね、この間教えてもらったんだけど……」


 と、イグニとローズが2人揃って仲良く街へ繰り出して行くのを空から見ている影が1つ。


「……何よ。聖女なのにあんなにイグニにデレデレして…………」


 そこにいるのは空を駆ける魔女が1人。


「聖女じゃなくて、性女じゃない……」

「あら、声をかけなかったのは貴女じゃないの。アリシア」


 否。イグニとローズを見ていたのは1人ではない。

 1人と、1匹である。


 ……誇り高い彼女はその呼び方を嫌うだろうが。


「何? 私が悪いって言いたいの?」

「あら、そう聞こえたかしら」


 魔女の機嫌はひどく悪い。


「でも、不思議だわ。貴女、窓からイグニの寝顔をみるばかりで声をかけようとしてなかったじゃないの。それなら他の人の子に盗られても仕方なくてよ」

「……い、良いじゃない! 別に寝顔を見てても!!」


 痛い所を突かれて顔を真っ赤にしながら反論するアリシア。

 別にイグニの寝顔が可愛いからずっと見ていたいと思って窓から見ていたわけではない。


 わけではないのだ!!


「人間って不思議だわ。寝顔を見るくらいなら、もっと仕掛ければ良いじゃない。なぜ、ただ見ているだけなの?」

「……あなたはドラゴンだから分からないのよ」

「なら教えてちょうだい。知ればきっと、魔法に近づくわ」

「こんなもの知ったって魔法に近づくわけないでしょ!!」


 アリシアの叫びはド正論なのだが、あいにくと竜には刺さらなかったらしく、ハイエムは首を傾げながら疑念の声を上げ続けていた。


「子供が欲しいなら、寝床に入れば良いじゃないの。不思議だわ」

「に、人間はそんな欲に素直な生き物じゃないの! ドラゴンじゃないんだから……」

「あら。けれど、もどかしそうにしているのは貴女だわ、アリシア」


 ハイエムの問いかけに、アリシアは何も言えずに黙り込んだ。


「欲しいものがあるなら、自分から取りに行くものよ」

「それはアドバイス?」

「竜が人に忠告なんて、滅多なことでは無くてよ」


 確かにそれは、おとぎ話でしか語られないものだ。

 だからこそ、それに気がついたアリシアは複雑な表情を浮かべた。


「絵本で見た竜の忠告がこんなことに使われるなんて思いもしなかったわ」

「あら」


 ハイエムはアリシアの困惑を、面白がるように微笑んだ。


「ま、まぁ良いわ。私はあの2人を追うから」

「追いかけてどうするのかしら」

「……こ、今後の参考にするのよ」

「あらあら」

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