第7-17話 極点と魔術師
王国を筆頭に、それまでの戦いで『魔王軍』の戦い方を学び、王国の国境際を境目として人類の反撃に当てるという考えに賛同したのはかなり多くの国々だという。
「よく帝国が王国の言うことを聞いたな」
イグニはアーロンから、話をされた時にそこの点で驚いた。
帝国と王国は仲が悪い。
隣同士に並んだ大国同士というのもあるが、それにしても王国からの要請に帝国が従わなかったり、その逆も多くあるくらいだ。
「……まぁ、そこはな」
アーロンはわずかに顔を暗くすると、静かに頷いた。
流石の帝国といえども、人類の危機には王国に協力するくらいの協調性を見せたということか。
「これから、アーロンはどうするんだ?」
「……何もしないさ。私は民が逃げるまで、ここにいる」
アーロンの頷きに、イグニは彼女らしさを感じた。
いや、彼女の場合は彼と呼ぶべきか。
「これまでの進行速度で言うなら、『魔王軍』は一週間で王国までやってくるだろう」
「随分と早いな」
「公国は小さいからな」
イグニはその言葉に、頷かざるを得なかった。
「あとは、私たちの作戦が上手くいくかどうかを祈るだけさ」
「やることを全てやったら、それしか残らないってわけか」
「そういうことだ」
アーロンはイグニの言葉を首肯すると、地図を眺めた。
「……何事も無く、終わって欲しいがな」
ふと、イグニは彼女に聞くべきことを思い返して……口にだした。
「なぁ、アーロン」
「どうした?」
「禁術の被験者たちは、どの戦域にいるんだ?」
「…………なんの話だ?」
地図を見たまま、彼女はこちらに目を合わせること無くぽつりと言った。
「誤魔化さなくても良い。……俺の友達にいるんだよ」
「……どこの出身だ?」
「アウライト領にある鉱山近くの村だ」
「……
イグニがユーリの出身地を言うと、アーロンは天を仰ぐようにしてうなだれた。
「……どうして、イグニは知ってるんだ?」
「巻き込まれたからな」
「巻き込まれた?」
アーロンが素っ頓狂な声を出して不思議がるのでイグニは、ユーリの地元の村で起きた全ての出来事を伝えた。積もり積もった恨みと、それに意志が与えられて生まれた『幽霊』のことを。
「……そんなことが」
「俺の友達が、戦線に呼ばれたんだ」
「安心してくれ、イグニ。君の友人は危険な前線には出ない」
アーロンは観念したようにため息をつくと、そう教えてくれた。
「信用して……良いのか?」
アーロンの口に出している言葉をどこまで信用して良いのか分からず、イグニは恐る恐る尋ねた。
「ああ。最前線は戦い慣れている神聖国、公国、そして王国の連合軍が立ち向かう。禁術の被験者たちは、後方にて待機だ」
それでも、まだイグニが納得言ってなさそうな顔をしていたのかアーロンは続けた。
「王国とて、禁術の実験を行っていることを公にできるわけがない。故に、後方にて待機なのだ」
「俺の友達が戦うようになる可能性は……あるのか?」
「それはゼロじゃない。はぐれモンスターや、少数で奥に奥に進んだモンスターとぶつかることはゼロとは言えないからな」
「……なるほど」
「だが、戦場では比較的安全な方だろうな。これをイグニに言ってもどうしようもないとは思っているんだが……これは、貴族が煩くてな」
「貴族が?」
「せっかく禁術の実験をしていたのに、王国の危機に使わないのでどうするんだと……そう、騒がれたのだ。しかし、禁術の被験者と言えども万人が戦い慣れしているわけではあるまい。だから、後方に置いたのだよ」
「そういうことか」
それは、アーロンが見せてくれた誠意だろう。
何故、ユーリが選ばれたのか。
そして、どうして前線に出されないのか。
それを包み隠さずアーロンはイグニに語ってくれた。
それを誠意と呼ばずになんと呼べば良いのか。
「ありがとう、アーロン。俺に話してくれて」
「気にするな、イグニ。お前の心配もよく分かる」
アーロンはそういって、微笑むとふっと目を伏せた。
「そうか。禁術の被験者がイグニの側にいたのか……」
「アーロンは、知っていたのか?」
「ああ、私がこの国を継ぐと決めたときにな。父から聞いたよ」
それは、きっと王位を継承する者しか知り得ない話なのだろう。
「……その、良かったのか? 俺に話しても」
「全部知ってるんだろう? 今更、それを隠した所で何になるというんだ」
「それは……そうだな。その通りだ」
イグニはアーロンの言葉に頷いた。
頷かざるを得なかった。
「それに、イグニ。お前の友人が無事な理由はまだあるぞ」
「ん?」
「公国の防衛戦が突破されると同時に、全ての“極点”たちへの出動命令が下っている。彼らなら、きっとこの悪夢を終わらせてくれるさ」
「全てのってことは……」
「人類の守護者たちはこの日のためにいるんだ」
アーロンはにやりと笑うと、地図に棒をこつんとぶつけた。
「帝国から“生の極点”。“
それは帝国の隣国。防衛ラインの端を抑えるように、敷かれている。
「そして、エルフの国。アリリメニアから、“剣の極点”。“剣”のクララ」
こつん、と置かれたのはセリアの対局。
王国に敷かれた防衛戦の端。
丸く婉曲したその大外を支える役割である。
「防衛戦の
乾いた棒の音が机の上に反射する。
それは地図の上で点と鳴って、イグニに力強さを教えてくれた。
「だが、守るだけでは私たちは一生勝てない。だからこそ、反撃に転じる必要がある。攻撃に移るのは、3人の極点だ」
「3人?」
イグニは、残りの極点を数えなおす。
だが、それはどうやっても2人しかならない。
「最強の名を持つ“極光“のルクス、そしてその次点と名高い”地の極点“、”
まっすぐ公国の奥にいる『魔王軍』への本陣へと棒が伸びていく中で、アーロンは続けた。
「“闇の極点”、“深淵“のアビスだ」
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