第7-16話 開戦
「イグニ! この後は暇?」
「ん? いや、この後はちょっと予定があるんだ。悪いな、ローズ」
放課後。暇になったローズが早速でイグニの元にやってきてそう言ったのだが、彼はあいにくと用事があるため断った。
「えっ!? 私のプレゼントを買ってきてくれるの!?」
「いや……。まぁ、そうだよ」
実際には違うのだが、彼は頷いた。
というか、頷くしか無かった。
学校帰り、休校になるという話に浮足立つ生徒は半分だった。
「そんな……。この後はイグニと久々にデートをしようと思ってたのに」
ローズはそんな喜んでいた生徒の1人だった。
イグニとデートに行けるとウキウキだったのだが、イグニが申し訳無さそうに断りを入れると、露骨に肩を落として落ち込んだ。
「よくそんな浮かれてられるわね。ロルモッドが休校になるなんて、よっぽどなのに」
アリシアが暗い顔をして、そう言う。
「そうなの? 学校だから、こういうのもあるんだって思ったのだけど」
「ロルモッドは世界最高の学び舎よ。どんな時でも、魔術を学ぶ者たちに向けて開かれて……それが、休みという形でも閉じたことはないの」
浮足立つ生徒たちは、半分。
残りの半分は。
「もう、『魔王』が近くに来てるってことよ」
「ふうん。そうなんだ」
現実を受け入れて、覚悟を決めた者たちだ。
だが、ローズはアリシアの脅すような言葉にも驚いた様子を見せずに相槌を打った。
「……『聖女』さまは怖くないの?」
「怖くないわ。だって、イグニがいるもの!」
ローズは一切のためらいを見せることなく、笑顔で頷くとイグニの腕を取った。
「イグニがいれば『魔王』なんて怖くないわ!」
「……そ、そう」
それは、彼女の無知ゆえだろうか。
それとも、それだけの信頼をイグニに置いているということだろうか。
どちらにせよ、アリシアは若干引いた様子で頷いた。
「そういえば、リリィがいなくなってましたよね。イグニさま」
「国に戻ったって言ってたけど……変なタイミングだよな」
リリィが急に学校に来なくなったので、ミラ先生にそのことを聞くと……必要があるから国に戻ったと返ってきた。
「こんな物騒な時に戻らなくても……」
イリスがぽつりと漏らす。
彼女は公国に向かう道中、リリィと過ごした時間が誰よりも長かった。だからこそ、思うところもあるのだろう。
「エルフの国に戻ったのはミラ先生の魔術だろ? だったら、大丈夫だ」
彼女は空間を直接操作して、転移などを行える。
リリィも馬車を使っての長時間移動ではなく、転移によって帰ったと考えるべきだ。
「でも、ミラ先生はエルフの間で嫌われてるんじゃないの?」
「そうなの?」
アリシアの問いに、イリスが首を傾げていた。
「ああ、もう。そんなことはどうだって良いわ! 私はイグニとデートできないのが悲しいの」
「また、今度な」
「すぐが良いわ! 私はいつでも予定をあけてるから、好きな時に誘ってね!」
ローズが笑顔でイグニの腕に頬ずりしながらそういった時、そっと彼女の肩に手が置かれた。
「ローズさま。帰り道はこちらですよ」
「もう! フローリア。私はイグニと一緒に帰るの!」
「途中まで帰りましたよ。さぁ、こっちです」
「イグニ! また明日ね!」
「え? あ、ああ……」
押し切られるように明日の約束を取り付けられたイグニは、困惑しながらも頷いた。
女の子の方からデートの約束をしてきてくれたのに、それを断る必要がどこにあるというのだ。
「じゃあ、私たちもここで」
「ああ、またな」
アリシアとイリスが揃って、女子寮に戻っていく。
イグニはそのまま男子寮を抜けて、王城に向かった。
城では門番たちがイグニに不躾な視線を送ってきたが、アーロンからもらった書状を見せると、すぐに中に通してくれた。そのまま、メイドに連れられてアーロンの部屋に向かう。
「イグニ。よく来てくれたな」
「今日は、打ち合わせだろ?」
「すまないな。私のせいで」
「気にしないでくれ。俺も引き受けた以上は、ちゃんとやるよ」
申し訳無さそうにアーロンが笑うと、イグニは安心付けるようにかっこつけて答えた。不安げな女の子前ではかっこつけるのが、もはや習性になっている。
「とはいっても、イグニが仕事をするようなことにはならないはずだ」
「そうなれば、一番良いんだけどな」
「いや、私も期待を込めていっているわけではない。ちゃんと理由があるのだ。こっちに来てくれ」
アーロンがそういって、イグニを部屋の奥へと誘う。
そこには、テーブルの上に置かれた地図と棒が置かれている。
「これは王国も含めた周辺国の地図だ」
「……俺も見たことあるぞ」
「ロルモッドではこう言った授業もするのだな」
その地図の上には、いくつかの線が引かれている。
それは北の果てから、南へと何本も伸びていた。
その線は神聖国の国境と首都を含めて多くのバツ印が書き込まれている。
「この線は?」
「よく聞いてくれた。これはな、『魔王軍』がどのように移動したのかを分かりやすく地図上に表記したものだ。ここから、奴らがどう動くのかを推測できる」
その説明と同時に、イグニはバツ印の意味を理解した。
これは、人類が敗北した場所だ。
「神聖国での戦いは模擬戦だ」
「……模擬戦?」
「そうだ。『魔王軍』がどのように戦うのかを知るための戦いだ。故に、戦いを知って撤退
「……それで?」
アーロンの言い方に何か引っかかるものを覚えないことも無かったが、それよりもイグニは続きの方が気になった。
「そこで学んだことを現在、公国での戦闘に活用している。しかし、そうは言っても神聖国を丸ごと使って学んだ戦い方で『魔王軍』を倒せるなら苦労はしないだろう。故に、ここが2つ目の壁となる」
こつ、と棒で公国の防衛ラインをなぞりながらアーロンが続ける。
「ここで食い止められれば良し。だが、そうでないなら……私たちはここで迎え撃つ」
アーロンは身を乗り出して、棒で地図を指した。
その時、アーロンのおっぱいがイグニの腕に触れて彼は思考の全てが消し飛んだ。
「王国と公国の国境際。ここに王国防衛用の砦がいくつもある。ここを人類の防衛戦として、“極点“たちを投入する。おい、イグニ? 聞いているか?」
「あっ、ああ! ちゃんと聞いてるぞ?」
おっぱいでっか……。
柔らか……。
「『魔王軍』との戦い方だが、知恵の無い突撃だけのモンスターたちは敵ではない。こちらも大規模魔術、天災魔術の使える魔術師を何人も配属しているからな。問題なのは、向こうにも戦術を理解している賢いモンスターがいることだ。それが、敵だ」
それに対する作戦はあるのか……などという野暮な質問をしかけて、イグニはふと気がついた。そのために“極点”を投入するのだ。
究極の個は、一切の戦術を介さずに敵を叩き潰す。
それが、出来る。
「なるほど……。神聖国が落ちるのが早かったと思ったが……あれは、意図的だったのか」
「前回の『大戦』で人類が負けた理由は2つ。団結までが遅かったこと、それによって各国の連携が取れず、総力戦を仕掛けるタイミングが遅れに遅れジリ貧になってしまったこと。その反省を生かして、私たちは戦う」
イグニは心の中で感嘆を覚えた。
無抵抗でやられてるわけではないということだ。
彼がアーロンに自分の感嘆を伝えようとした時、扉がノックされた。
「入れ」
「アーロン
「何だ?」
部屋の中に入ってきた執事がアーロンに小声で何かを呟く。
「……そうか、分かった。ありがとう」
執事は一礼して、部屋を去っていく。
「どうかしたのか?」
「……イグニ。ついに時が来たぞ」
アーロンは恐怖と興奮の2つが混じった表情を浮かべて、
「公国の防衛戦が突破された。……ようやく、私たちの戦いが始まるぞ」
そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます