第7-13話 王子と魔術師

「……な、なんでじいちゃんがここに?」

「少し、話があってな」


 久しぶりに見た祖父の顔は酷く疲労の色が浮かんでいた。

 ルクスはイグニに歩み寄る途中で、ちらりとミルを見た。


「は、はじめまして。“綻び”のミルです。ロルモッドで生徒会長をしています」

「うむ。普段からイグニが世話になっておる」

「い、いえ。そんな……」


 ミルはひどく萎縮した態度で、ルクスを前にする。

 それが、“極点”を前にした人間の一般的な態度だ。


「早速で悪いが、少しイグニを借りるぞ」

「は、はい!」

「イグニ。こっちじゃ」


 ルクスがイグニを誘うので、彼は観念してミルに一礼するとルクスの後ろを追いかけた。


「なんだよ、急に」

「うむ。ロルモッドが休校するという話は聞いたか?」

「休校? いや、初めて聞いたけど……」

「そうか。まあ、決まったのは今日のことじゃ。まだ学生に言ってなくともおかしくはあるまい」

「いつから休校なんだ?」

「来週からと聞いておる。じゃが、それは今回の主題ではない。お前には、やってもらいたいことがある」

「……防衛戦の参加か?」

「お前は協調性が無いから無理じゃろう」

「じいちゃんよりはあるぞ??」


 祖父と孫は互いに貶し合うと、同時に笑った。


「お前には防衛戦の参加よりも、もっと大切なことをやってもらう」

「大切なこと?」

「護衛じゃ」

「……護衛って」


 イグニはぽつりと呟くと、ルクスがイグニの服を背中から掴んだ。


「飛ぶぞ」

「飛ぶ?」


 ふわり、とルクスとイグニの身体から重力が無くなったかのように浮かび上がると、2人の身体がそのまま王都の中心に向かっていく。


 向かう先にあるのは、王城。かつて、魔王との『大戦』の時、人類に残された最後の砦として使われたという噂のある王都のシンボルだ。


 今までずっと、入ったことも向かったこともなかったそこにイグニたちが向かっていく。


「なぁ、じいちゃん。もしかして」

「お前が護衛するのは、次期国王候補アーロン王子じゃ」


 ルクスがさらっとそう言うので、イグニは頷きそうになったがふと気がついた。


「お、王子……って男じゃん!」

「うむ」

「男を護衛すんの!?」

「そうじゃ」

「い、嫌だッ! 何が悲しくて男を守らないと行けないんだっ!! そんなことのために強くなったんじゃないッ!!」


 わたわたと空中で暴れるイグニ。


 こんなことならミル会長とご飯行きたかった!!


「落とすぞ」

「俺は飛べるもん!」


 なんてことをぐだぐだやりながら、イグニたちは王城のテラスに降り立った。


「……不法侵入じゃん」

「ワシは“極点”じゃぞ」


 何いってんだこいつ。


 そんなこんなでイグニとルクスは城の中に入ると、そのまま奥に歩いていく。

 王城で働いているメイドや執事たちは、ルクスを見るなりその場で足を止めて一礼する。


「なぁ、じいちゃん。アーロン王子ってどんな人」

「なんじゃ、お前。会ったことあろうて」

「……えっ?」

「あ? お前が5歳の時に、アーロン王子の誕生日パーティーに参加したとアウロから聞いたが」

「……お、覚えてねえ」


 イグニはバツの悪そうな顔を浮かべながら、ルクスの後ろを歩く。


「ふむ。まぁ、そんなとこじゃろうとは思ったが……。まぁ、良い。本名はアーロン・。『大戦』で世界最後の王族となった、ルディエラ姫と勇者の子孫じゃ」

「うん。それは知ってる」


 王国の成り立ちは有名な話だ。


「人としては……うーむ。別に特筆して言うべきことはないの。ああ、お前と同い年じゃよ」

「え、そうなの?」

「じゃから、アウロが生誕祭に連れて行ったんじゃろうな。ほれ、同い年じゃと仲良くもなれるかと思ったんじゃろうて」

「ああ。別にそれならフレイが参加しても良かったんじゃないの? 誕生日パーティーに」

「2人揃って参加したと聞いたが」

「……ああ、そう」


 ガチのマジで覚えていないので、イグニは黙った。


「後は……そうじゃの。別に悪い噂は聞かんし……。メイドたちからの評判も悪くないの」

「へぇ」


 男には興味がないので空返事。


「浮いた話は聞かんし……。王族じゃから、貴族のように“極点”を排出することを熱望されて育てられたわけでもないから……ま、普通じゃの」

「普通、ね。でも、そんなに普通なら逃げればいいのに」

「それが出来たら、お前を連れてこん」

「……はぁ」


 訳あり、ということだ。


「無論、王族の避難の話なんて何よりも先に議題にあがる。じゃがの、本人が動かんのじゃ」

「……なんで?」

「『王都に民が残っているのに、民を残して逃げれるか』……と、言うわけじゃ」

「熱血だなぁ」


 女の子の我がままは可愛いが男の我がままは気持ち悪いだけである。

 イグニは適当に場を流すと、意気消沈。


「まぁ、そうじゃの」

「でも、王族が逃げたから自分も……ってなる人もいるんじゃないのかよ」

「そういう話もでたが、まぁ暖簾のれんに腕押しじゃ」


 ルクスがふと足を止めた。

 イグニはルクスの背中にぶつかりそうになって、思わず立ち止まると尋ねた。


「護衛つっても今すぐやるわけじゃないんだろ?」

「うむ。今日はあくまでも顔合わせ。ちゃんとした護衛は、王国の国境際に『魔王軍』が来てからじゃの」

「……なんでこのタイミングで顔合わせ?」

「ワシは忙しいんじゃ」

「ああ、そう……」


 ルクスが扉の側に控えているメイドに目配せすると、メイドが数回扉をノックした。


「入れ」


 扉の向こう側から聞こえてきたのは、中性的な声。

 話を聞いている感じ、熱血系だなと思っていたので、てっきり暑苦しい男が来るのかと思っていたが、そうではないらしい。


「ワシじゃ。この間、話していた護衛を連れてきた」

「久しいな、ルクス」


 大きなルクスの背中を追うように、王子の部屋の中に入る。


 軍国的、といえば良いのだろうか。

 部屋の中には剣を筆頭に数多くの武器が飾ってあった。


「それで、お前がルクスの連れてきた護衛か。ふむ。赤髪赤目とは珍しい」

「…………」


 イグニはアーロン王子を見て、固まった。

 それはの出で立ちがあまりにも……。


「……うむ? お前もしかして、イグニか! 久しぶりだな。10年ぶりか!?」

「…………」


 向こうは俺のこと覚えてんじゃん……という焦りよりも、彼――いや、の出で立ちの方が引っかかった。


 黒く長い髪は腰まで伸び、部屋の中にいるというのに帽子を深く被っている。陶器のように白い肌に、深海を思わせる蒼い瞳。全体的に華奢きゃしゃで、腕も足も細い。


 だが、それだけならユーリのように男の娘の可能性が無きにしもあるので何もいえない。しかし、決定的に男とは言えないものが、その両胸についている。しかも、これでもかと主張している。


 どこの服なのだろうか……と、思わずそんなことを考えてしまうほどには、緑を貴重とする制服の内側からぱっつぱつのおっぱいがこれでもかと主張していた。


「アーロンだ! 覚えているか?」

「…………」


 アーロンはイグニに歩み寄ると、全力でハグしてきた。

 

 やっ、やっ、やっ!?!?!?


 言語中枢をぶっ壊されたイグニは訳のわからないことしか言えなくなってしまう始末。だが、なんとかモテの極意その4。――“ミステリアスな男はモテる“を思い出して、鉄仮面をつけると、ゆっくりとアーロンを離した。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ、アーロン」

「ああ」


 イグニはルクスの服を掴んで、そのまま部屋の外まで引っ張り出す。


「なんじゃ」

「普通つったよな?」

「うむ」

「男って言ったよな?」

「言ったの」

「どこが?」

「この国では、男しか王になれん」

「……それで?」

「じゃが、生まれてきたのは皆、娘ばかり」


 話の流れが見えてきたイグニはルクスの服を手放した。


「つまり! 長女であるアーロンを男ということにすれば万事解決というわけじゃッ!」

「解決してねぇだろ!!!!!」


 この国は馬鹿しかいねえのかッ!!!

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