第7-14話 依頼と魔術師

「父上が王都に残るなら護衛をつけろと口うるさく言ってくるものでな。私は断ったのだが、周りの人間を安心させるつもりで……と言われたら断るものも断れない」


 ルクスは仕事じゃと言って逃げるようにどこかに行ってしまい、アーロンと2人きりで部屋に残されたイグニは事の顛末を聞かされていた。


 ちなみに、ルクスが仕事と言ってどこかに行くのは自分に都合の悪いことが起きた時の言い訳だということをイグニは10年前から知っていた。


「魔術師を護衛につけるというものだから、一体どんな女が来るのかと思ったら……イグニが来てくれたのだ。安心したよ」

「安心?」

「ああ。……実は、私は女が苦手なんだ」

「……苦手?」


 なんで? 

 可愛いじゃん、女の子。


 そう思ったイグニだが、アーロンは2度3度咳払いをして話を誤魔化した。


「わ、私のことは良い。ところでイグニはどうして私の護衛に?」

「いや、じいちゃんに無理やり連れてこられて……」

「はははっ。ルクスらしいな」


 そういってアーロンは屈託なく笑う。

 

 ルクスは“極点“のため、王城にもよく顔を出している。

 つまり、アーロンとの面識は少なくないのだろう。


「ところで、イグニはどうしてあれから私の誕生日に顔を出してくれなくなったのだ?」

「あ、あれからって……?」

「10年前のパーティーからだ。私と同い年の貴族の子供は少ないからな、仲良くなりたかったんだが……」

「……そ、そうだったのか」


 こんなに可愛い子から仲良くなりたいと思われていたなんて、嬉しい以外の何物でもない。


「イグニ、フレイ、ローズ、エドワード、エリーナ……。本当に、数少ない私の友人たちと思っていたのだが……。イグニが来なくなってから、寂しかったのだぞ」

「……悪い」


 10年前か。何があったのだろう?


 イグニはふと思い返して、心当たりを見つけた。

 それは、ローズと自分の婚約が決まったあたりではなかっただろうか。


 なるほど。そうすれば、父親の意図が見えてくる。

 彼はあわよくば、アーロンとイグニの仲を良くしておいて婚姻関係を結ぶことを考えていたのだろう。


 だが、それよりも先にローズとの婚姻が決まったので俺はお役御免になったというわけだ。


「イグニは、ロルモッドに入ったと聞いたが……魔術が得意なのだな」

「いや、得意じゃない。俺は『ファイアボール』しか使えないからな」

「そんなことは無いだろう? それで、ロルモッドに入れるわけが……」

「本当だ」


 イグニは、真面目な顔で続けた。


「俺は『術式極化型スペル・ワン』だからな」


 ……決まったッ!!


 心の中でイグニがガッツポーズすると同時に、アーロンが目を輝かせながらぐいっと身を乗り出した。


「本当か!?」

「ほ、本当だ」


 思ったよりも好リアクションだったので驚いた。


「凄い! 『術式極化型スペル・ワン』は実在したのか! 私は伝承でしかないと思っていた!!」

「勇者の伝承か?」


 イグニも聞いたことがある。かつて、『魔王』を倒した勇者は『術式極化型スペル・ワン』だったという伝説を。だが、イグニはそれを信じてはいないのだが……。


「そうだ! たった1つの魔術しか使えない代わりに、爆発的な力を得るという『術式極化型スペル・ワン』! 凄いな! それが『ファイアボール』だとは!! 私にも見せてくれ!!」

「『ファイアボール』を?」

「そうだ!!」


 キラキラと目を輝かせながら、イグニと目と鼻の先にまで近寄ってきたアーロンをイグニは見た。綺麗な顔だな……と、思うと同時に、ここまで鼻息を荒くしても美人は美人なのかと驚愕も覚える。


「い、良いぞ。ちょっと離れてくれ」

「す、すまない。近づき過ぎたな」


 アーロンはふと冷静になると、イグニから一歩離れた。

 だが、興奮の熱は冷めやらぬままにイグニを見つめる。


 新しいおもちゃを買ってもらえる子供のようなわくわく具合に、イグニは最初のイメージとのギャップを覚えた。


「これだ」


 イグニは『ファイアボール』を手元に生み出すと、アーロンに見せた。


「わぁ……」


 アーロンはまるで先程までの堅苦しいイメージとは打って変わって、幼い子供のような感嘆の息を漏らした。


「す、凄い! 凄いぞ! イグニ!!」

「べ、別にただの『ファイアボール』だぞ。そんな大したもんじゃ……」


 イグニがそういうと、アーロンはふと物憂げに笑った。


「私はな、魔術が使えないのだ」

「……使えない?」

「口で説明するよりも、見てもらったほうが早いな」


 そう言って、アーロンは引き出しの中に入っていた紙を持ってきた。


「これは?」

「私の『ステータス』だ」


 それは神官によって、示される魔術の適性。


 ――――――――――――――――

 名 アーロン・ディアモンド

 齢 16


 地:none

 水:none

 火:none

 風:none

 光:none

 闇:none


 ――――――――――――――――


「……っ!」


 イグニはそれを見た時に、言葉を失った。

 

 全ての適性が『none』。

 それは、一切の魔術を使えないということを意味する。


「そんな顔をしないでくれ。私は、自分の才能を受け入れている」

「……これを知っているのは」


 イグニは自分の情報感度が優れているなどと思ってはいないが、王国のが『才なし』であれば、そんな自分でも聞いているはずだ。


 だが、イグニはそのことを初めて知った。


「私の身の回りの者だけだ」

「……どうして、俺に?」

「イグニは私の護衛をしてくれるんだろう? なら、これは知っておいてもらった方が良いと思ってな」

「……そうか。ありがとう」

「気にしないでくれ。むしろ、こんなの護衛を受けてくれて、ありがとう」


 そういってアーロンが手を差し出した。


 イグニはぐっと奥歯を噛み締めて、アーロンを見た。

 ルクスから男の護衛と聞いて、やる気を失った。


 だが、対象が女の子でやる気の1つは湧いてきた。

 しかし、今の言葉で……イグニは腹をくくった。


「1つだけ、訂正させてくれ」

「ん? どうした?」

「俺が受けたのは、の護衛だ。じゃない」


 希望した才能が無かった辛さと、期待に添えない辛さ。

 そして、それによる周囲の落胆。その辛さ。


 それを誰よりも知っているのは、自分だから。


「……イグニは優しいな。分かった。訂正しよう」


 その言葉に、イグニは微笑んで……彼女の手を取った。

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