第7-11話 月夜の魔術師
ユーリは自分が防衛戦に向かうことを誰にも言って欲しくないとイグニに頼んだ。自分は実家に帰るということにしてくれと。
それを聞いたイグニは、ユーリのために口裏を合わせた。
何故、ユーリがそれを嫌がったのかは分からなかった。
それでも、彼の頼みは聞くべきだと思った。
彼のために送別会が行われることはなかった。
そして、荷物をまとめて静かにユーリは寮を後にした。
「……行っちまったな」
ユーリがいなくなって、部屋の中に1人きりになったイグニはベッドの上に横になりながらぽつりと漏らした。
この部屋で1人になるのは、夏休みにユーリが実家に帰った時以来ではないだろうか。
「『魔王』か」
時折、ニュースがイグニの耳に届く。
公国の国境際に繰り広げられた神聖国と公国の連合軍はじわりじわりと後退を余儀なくされており、今はもう公都リリヒアまで押し下げられたらしい。
「……“極点“が勝てないなんて、あるかよ」
天井を見つめる。
彼らの強さは知っている。
そのつもりだ。
だったら、なぜ勝てないのか。
どうして、人類はじわりじわりと後ろに押し下げられているのか。
いや、むしろ……“極点”がいるからこそまだ人類はこの程度の被害で済んでいるのかもしれない。
「……何やってんだよ。じいちゃん」
イグニはそう漏らすと、ベッドから身体を起こした。
そして、制服の上着を羽織ると……意味もなく、外にでた。
真っ黒な空には、ぽかりと穴が空いたように綺麗な月が輝いており、
「……なんで、俺を呼ばないんだよ」
ユーリを呼ぶのであれば、自分も呼んでほしかった。
そんなことを、口に出しても誰にも届かない。
だから、イグニはぽつりと呟いた。
「……少し、寒くなってきたな」
夏休みも終わり、秋のメインイベントである『対抗戦』も終わった。
いつものロルモッドなら、ここから学期末に控えている試験へと生徒たちが慌てていた頃合いだろう。
だが、その光景はもう見られない。
今学期の試験はなくなった。
理由は、教師の余力を試験なんかに割けないからだ。
ロルモッドに集まっている教員たちは教師ではなく、魔術師として優秀な人間たちが集められている。有事の際にはまっさきに話が行く。
それは、今回も例外ではなく。
街を散歩していると、大通りの向こうから見知った顔がやってきた。
「あれ? イグニ君じゃん。やっほー!」
「こんばんは。会長」
「今日はどうしたの?」
「少し、暇だったんで」
そう言うと、ミルはぱっと笑顔を咲かせた。
「私もだよ! ちょっと一緒に散歩しよ!」
「はい!」
ミルが着ていたのは少しばかり季節を先取りしたと思うような分厚いコートだったが、そのコートでもぱんぱんになってるおっぱいが凄いのなんのって、感傷的な気持ちに浸っていたイグニのメンタルを一瞬で元に戻すほどである。
「今日のニュース聞いた?」
「『魔王』のやつですか?」
「そそ。それ」
イグニは静かに頷いた。
「凄いよねー。あんなに早く攻めてくるなんてさ」
「ですよね」
「まーさか、こんなことになるとは思わなかったなぁ。あと半年。もうちょっと学校生活、楽しみたかったんだけどねー」
「会長。今年で卒業ですもんね」
「そーなんだよね。もっと遊びたかったよー!!」
夜、2人きりになった大通りにミルの大声が響く。
「やり残したことたくさんあるんだよ! 生徒会メンバーでご飯行ったりとか、もっと1年生を入れたりとか! あと、彼氏ほしかったなぁ」
「……彼氏ですか?」
「うん! だって、働き始めたら出会いが少ないって言うじゃん? だから、彼氏ほしかったんだよねー」
優れた魔術師には女性が多い。
故に、ミルの言う出会いが少ないというのは正しいのだ。
「ミル会長は年上派ですか? 年下派ですか?」
「んー! かっこよかったらどっちもでいいかなぁ!」
なるほど。
可愛かったら年上でも年下でもどっちでも良いから、その気持ちはよく分かります。
と、イグニは心の中で両腕を組んで深く頷いた。
「イグニ君は年下派なの? 年上派なの?」
「年上派です」
そういって微笑んだ。
単純に、自分の持っている要素を好きと言われて嫌な気持ちになる人はいない。
「へ、へぇ! そ、そうなんだ……」
「どうかしました?」
「ううん。なんでもないよ」
ゆっくりと2人が足を進めていく。
月明かりが、足元を照らす中……静かに、ミルが呟いた。
「イグニ君。私たち、付き合わない?」
「……っ!!!?!?!?!?」
こっ、こっ、告白されたッ!?
イグニは驚愕のあまり、声を出しそうになるのをぎゅっと舌を噛んでこらえた。
「ど、どうしたんですか。ミル会長」
「……べ、別に。どうもこうも無いよ」
ミルはそう言って地面を見つめる。
その時、イグニははっとした。
……この告白……裏がある……っ!?
それは、かつてどこかで聞いた話。
そうだ。昔、どこでかで似たような話を……。
――――――――――――――――
『イグニよ。告白を断ることで、モテることがある』
『……は?』
それはモテの種類についてルクスに聞いていたことだった。
『うむ。お前が不思議に思うのも無理はない。じゃが、話を聞けばお前でもすぐに理解できるじゃろう』
『マジで意味がわからないんだけど、どういうこと……?』
『そう急くな。とは言っても、99%の告白は受けておけ。それは普通じゃ。じゃがな、中にはトラップがある……っ! 受けてはならん告白が……なッ!!』
『ど、どういうこと……?』
『つまりな、自暴自棄になった女の告白じゃ』
『自暴自棄に……なった……?』
『うむ。自暴自棄になった女は自分の身を傷つけるために適当な男に告白する。それは、好きだからではない。自分を傷つけることで……自傷行為に浸ることで、自分を慰めているにほかならん……ッ!!』
『……じ、自傷行為? なんでそんな痛いことを!?』
『それが、人間ということじゃ……ッ!』
幼きイグニには自傷行為の必要性も、そのために誰かに告白するということも理解できなかった。ただ、そのために嘘告をされるのではないかという恐怖だけがあった。
『そ、そんな告白されたら期待するだけ無駄ってこと……?』
『違うぞ、イグニ……ッ! 逆に、自暴自棄になった人間の告白というのは……チャンス……ッ!!』
『ちゃ、チャンス……っ!?』
『そう! 自暴自棄になって告白すると言っても、全くもって無関係の人間にするわけではない……ッ!
『……っ!?』
『つまり……ッ! そこでカッコつけれる男なら……っ! その女を救い出せるほどかっこ良い男なら……ッ!! 行ける……ッ!!』
『……っ!!!!』
そ、そんなことが……ッ!?
イグニは言葉に出すよりも先に、驚愕した。
『そのためには、まず救えるほど強くならんとダメじゃッ! 強くなれ……イグニ……ッ!!』
『わ、分かったよ……ッ! じいちゃんッ!!』
――――――――――――――――
イグニは深呼吸を一度すると、ミルの瞳を見ながら答えた。
「ミル会長」
「ど、どうしたの?」
「何か、
イグニの問いかけに、ミルの瞳が大きく揺れた。
……さぁ、ここからが正念場だ。
イグニは両の拳を握りしめた。
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