第7-10話 決意する魔術師
「あ、リリィちゃんはちょっと残って〜」
その日最後の授業――模擬戦である――が終わったので、イグニたちは帰ろうとしたのだがミラ先生がリリィを呼び止めた。
エルフ同士で何か話でもあるのだろうか。
イグニは不思議に思ったがリリィに先に戻ってて良いと言われたので、揃って教室に戻った。
話はすぐに終わるのかと思ったのだが、終わりのHRが終わってもリリィは教室に戻ってこなかった。
「リリィ、戻ってこなかったわね」
「何の話をしてるんだろうな」
いつものように箒に乗りながら帰路につくアリシアの疑問に、イグニも静かに同調した。静かな夕焼けがそっと帰っている4人を照らし出す。
「……アリシア」
ふと、そういったのはイリスだった。
「どうしたの? イリス」
「少し話があるの」
「何?」
「……ちょっと」
言いづらそうにしていたイリスに気を効かせて、イグニは肩をすくめるとユーリの手を引いた。
「俺たちはちょっと寄ってく場所があるからさ」
「う、うん!」
ユーリもそれに気が付かないほど抜けてないので、すぐに頷いた。
アリシアは仕方ないわね、と言いたげに肩をすくめると2人で女子寮に向かっていった。
「帰るか」
「……あのさ、イグニ」
「ん?」
「ちょっと、ボク……本当に行きたいところがあるんだ」
「行くか。どうせ、暇だし」
「うん! こっち」
ユーリはイグニの手を握りなおすと、引っ張るようにして大通りの方に向かう。ユーリがイグニを引っ張ってやってきたのは、少し路地の裏に入ったところにあるケーキ屋だった。
「ここ、ずっと行ってみたかったんだけど……ボク一人だと勇気がわかなくて」
「まぁ、ちょっと暗いもんな」
「だから、イグニと一緒に行きたかったんだ。だ、ダメ……かな?」
「い、良いぜ。行こう」
うるうるとした瞳で頼み込まれたら断れない。
てか、ユーリは本当に男なのか……?
ローズがユーリに行った『本当に男なのか確認したのか』という言葉が、イグニの中にずっと残ってユーリのイメージを蝕んでいた。
確かに今までユーリの行動にドキッとすることは何度かあった。
けど、イグニはユーリの言葉を信じて男だと思っていたのだ。
……本当にそうなのか?
イグニは店員に案内されて奥の方の席に座ると、ユーリと同じ店の看板メニューを注文した。
だが、イグニは自分の中に芽生えた疑問をぐっと飲み込んでユーリを見つめた。
「どうしたんだ?」
「……べ、別に? なんでも無いよ」
「なんか話があるんだろ?」
それは、ユーリがイグニを誘った時から感じていたことだった。
わざわざ、人目に付かない場所に来たというのは、何か話しづらいことを話たいのだろうと、イグニは思った。
「……す、すごいね。イグニには……隠し事ができないや」
「俺とユーリの付き合いも長いしな」
「……ちゃんと、イグニには言っておきたいことがあるんだ」
自らの生い立ちすらも、自分から語ろうとしはしなかったユーリだ。
そんな彼が自分に何かを言ってくれる。
それだけ信頼されてるということが、何よりも嬉しかった。
「それ……。今日の生徒会の仕事と何か関係あるのか?」
朝早くでかけて、1限が終わってもユーリが教室に戻ってこなかったのが、ただの仕事だと考えていない。いや、普通の生徒会の仕事なら授業が優先される。
そうじゃないということは。
「う、うん……。実は、そうなんだ」
静かに、ユーリが頷いた。
「イグニは、知ってると思うけど……ボクの、生い立ち」
「……ああ」
ユーリの爆発的な才能は『蠱毒』という呪術によって後天的に与えられたものだ。
「あれって……『王国』が主導する実験なんだ。それは、知ってる?」
「まぁ、な……」
『禁術』とは、研究や実行が禁止されている魔術である。
しかし、その分リターンは大きくどの国も極秘裏に行っているのが実情だ。
ユーリは『王国』が主導する禁術に巻き込まれた。
そして、力を手に入れた。
「それでね、ボクに来たんだ。……指名依頼が」
指名依頼。
その言葉にイグニは眉を潜めた。
「俺たちは1年生だぞ?」
「うん。でもね……来たんだ」
その時、ことり……と音を立てて小さなケーキが運ばれてきた。
それと一緒に、紅茶も。
ごゆっくりどうぞ、という店員の声をバックにイグニは尋ねた。
「依頼の……内容は?」
「王国の防衛戦に……参加しろって」
「なるほどな」
イグニは静かに息を吐いた。
アリシアと話していたことだ。
ルクスが『魔王』を観測したのであれば、その場で倒せばよかった。
あるいは、“極点”たちを編成して倒しに行けばよかった。
だが、現実にはそれは行われていない。
そして、“極点”を保有している神聖国はフローリアを自国の戦線に当てず、ローズと共に王国にまで避難させた。
それが意味するのはただ1つ。
「『王国』から、反撃を始めるのか」
「……そういう、ことみたい」
イグニは詳しく覚えていないが、貴族時代に家庭教師が攻める側は防衛側の3倍の戦力が必要だと言っていたような覚えがある。つまり、攻め込むよりも守ったほうが戦力は維持しやすいということなのだろうか。
もしくは、
「『魔王』のおとぎ話か」
「えっ?」
「いや、なんでも無い」
かつて『魔王』はどんな場所であろうと、最前線に現れたという。
それに賭けているのだろうか。
王国は巨大だ。
その分、内外問わず多くの場所に敵を抱えている。
だから、国外に“極点”を吐き出せない。
だが、国境際であれば使える。
「ユーリは、どうするんだ? その依頼」
「……うん。それ、なんだけどね」
酷く答えづらそうに、ユーリが顔をしかめる。
「依頼は……あくまでも、依頼だ。断ることもできるだろ?」
「依頼主は……王国なんだ」
「…………」
国の依頼。
それは本来、酷く優れた冒険者やフリーの魔術師に向けられるものではなかったか。
「ボク以外にもね、禁術の実験対象になった人たちには……みんな同じように声がかけられてるみたいなんだ」
「…………」
イグニは何も言わずに、ただじっとした。
じっと、次の言葉を待った。
「それでね……。断ると……罰則が、与えられるんだ」
「……じゃあ」
「ボク……行くよ。それに、参加するだけでたくさんお金もらえるって書いてあったから」
ユーリは儚く微笑むと、静かにケーキに手をつけた。
「……村のみんなに恩返しできるし」
村のみんなが彼を育てたことを、ユーリは恩返しと言った。
だが、それは。
「……恩返しって」
「大丈夫だよ、イグニ。それにボクが行く場所は別に最前線じゃないんだ」
「……そうなのか?」
「だって、考えてみてよ。戦力は欲しいかもしれないけど、ボクはまだ学生だよ? ちゃんとした前線には騎士団とか冒険者が行くんだよ」
「……それは、そうかも知れないけど」
ユーリの決断だ。
それは、ユーリが選んだことだ。
だが、それでもイグニは。
「……いつから、依頼(クエスト)の開始なんだ?」
「明後日だよ。明日は、準備の期間になるから」
イグニは言葉をしばらく失って、ただケーキに手を付けた。
それしか、出来なかった。
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