第7-8話 聖女と魔女・上

 女の子に取り合われているというのを、モテているという言葉以外で表現する術をイグニは知らない。


 ……やっぱり俺はモテてるのか?


 授業をしている教師の話を聞き流しながら、イグニはぽつりと考える。

 だが、その問いに答えを出せるものはいない。


 それに、イグニも誰かからの答えを求めているわけではない。

 もし他の誰かから『モテてるよ』なんて言われても納得できないに決まっているからだ。


 納得とは、自分自身によってもたらされるものである。


 故に、


 ……気を引き締めないとな。


 イグニはぎゅっと心を引き締めた。

 冷静に考えてみたら、今までの自分は少し女の子からちやほやされたくらいで、モテていると思っていたが、大事なのはその先。


 モテる、という状態を継続しないと行けないのだ。


 そのためには、モテているかどうかなんて些細ささいな問題じゃないのだろうか?


 なんてことを考えていると、授業の終わりを知らせる鐘がなった。


「次は移動教室だね……って、どうしたの? イグニ、そんな顔しちゃってさ」

「いや……。初心忘れるべからずだと思ってな」

「さっきの授業で何か思う所があったの?」

「ああ。俺は少し油断していた……そう、思ったんだ」

「そ、そっか……。凄いね、イグニは」

「いや、別に大したことじゃないさ」


 俺の心構えが甘かっただけなのだから。


「イグニ! 次は模擬戦なんでしょう!? 一緒に行きましょう!」

「ああ、良いぞ」


 授業が終わるやいなや、ローズがひょいひょいとやって来る。

 別に断る理由もないので、そう言うとイグニに鋭い視線が突き刺さった。


「……ん?」

「どうかしたの? イグニ」

「いや、なんか……」


 冷たい視線を感じたような……と、言おうとしたが、肝心の視線の主の気配が見つからない。イグニが不思議に思っていると、前の席のアリシアがすっと立ち上がった。


「早く行かないと遅れるわよ」

「……ああ、そうだな」


 そして、アリシアはさっさと模擬戦場に向かっていく。

 イグニたちもその後ろを追いかけた。


「みんな〜。いらっしゃ〜い」


 ミラ先生が先に模擬戦場で待っていた。

 イグニが中を見渡すと、いつもより人の数が多い。


 この授業は本来、2クラス合同でやるのだがそれにしては数が少しだけ多いような……。


 と、思っているとミラ先生が説明してくれた。


「なんか数が多いなって思ってると思うけど〜。今度からこの授業は3クラス合同になったから〜」


 その言葉で、イグニは納得した。


 もう、この授業を2クラスでやれるほどの生徒数がいないのだ。

 『魔王』が現れたことによる疎開を止められる者はいない。


 だから、3クラス合同になったのだろう。


「い、イグニさん! お久しぶりです!」

「エスティア! 久しぶりだな」


 そんな人の合間を縫って現れたのはエスティアだった。

 『対抗戦』のゴタゴタ以来、生徒会での仕事が忙しくて会えていなかったので、エスティアの顔を見るのがひどく懐かしい。


「イグニ、この人誰?」

「この学年の首席だ」


 ローズの問いに、イグニはシンプルに返す。

 というか、それ以外に返す方法がない。


「なんでイグニのことを知ってるの?」

「そ、それはですね……! 私がイグニさんのファンだからです!」

「ファン?」

「はい! ファンなんです!!」


 満面の笑みでそういったエスティアに、ローズの表情も和らいでいく。


「そうなの? 私はイグニの婚約者のローズよ。よろしくね」

「こ、婚約者!? あ、あと! ローズって! その髪って」


 ローズの空色の髪を見て、エスティアが驚く。


「私のこと知ってるの?」

「も、もちろんです! 『聖女』様ですよね!?」

「そうよ! でも、今はお休み中なの」

「ほ、ほぇ……。『聖女』にお休みってあるんですね……」


 と、エスティアが変なところで感心していると、ミラ先生が口を開いた。


「は〜い。じゃあ、みんな2人組作ってー」


 その言葉を聞いて、ローズが目を輝かせた。


「イグニ! 私と2人組を作りましょう!」


 その言葉にイグニが頷くよりも先に、ミラ先生が続けた。


「あ、イグニ君とエスティアちゃんはこっち来て」

「な、何で……?」


 ぽかーん、と口を開いたままローズが固まる。

 それを不憫に思ったのか、ユーリが説明した。


「あ、あのね。イグニはエスティアさんと相手じゃないと授業にならないんだ」

「ど、どうしてよ!?」

「イグニが強いからだよ」

「……そ、そうよね! イグニは強いもの! 仕方ないわ……」


 しょぼん、と肩をすくめたローズに帽子を被った魔女が近づく。


「じゃあ、『聖女』さま。私とやらない?」

「あなたは……。アリシア? で、合ってる?」

「合ってるわ」


 肩をすくめて、アリシアが答える。


「本当にイグニのこと以外には興味ないのね」

「ええ! 私にとってイグニは全てだもの!」


 ばちり、と2人の間で視線が交差する。


「ちょ、ちょっと? 2人とも喧嘩しないでね……?」


 2人の間を視線で行ったり来たりしていたユーリがそう言ったが、アリシアとローズは微笑んだ。


「何言ってるの。私たちが喧嘩しているように見えるの?」

「そうよ、ユーリ! 私とアリシアは出会った。別に喧嘩するようなことはないわ」


 そ、そうなのかなぁ……と、2人の勢いに気圧けおされるようにユーリの声が小さくなっていく。


「じゃあ、模擬戦始めて。ルールはいつものやつでいこー!」


 ミラ先生の声が響くと同時に、あちらこちらで魔術が弾けた。


「いつものって、何かしら」


 初めて授業を受けるローズが首を傾げると、箒に腰掛けたアリシアが答える。


「相手に触ったら勝ち。シンプルなルールでしょ?」

「私はあなたに触ればいいの?」

「そう。でも、近づいたところを私があなたに触るかもしれないわね」

「面白そうね! やってみるわ!!」


 ローズはそう言うと、ぽんと手を打った。


「まるで鬼ごっこみたいね」

「『聖女』さまも鬼ごっこをするのね」

「ええ、イグニと2人でしたわ」

「……それ、楽しいの?」


 満足気にいったローズに問いかけるアリシア。

 しかし、ローズは深く頷いた。


「ええ! 好きな人と遊べたら、何したって楽しいのよ!」

「ふうん。そう」


 アリシアは感情を宿さずにそういうと、


「ユーリ、審判お願い」

「う、うん。任せて!」


 白髪の少年に審判を頼んだ。

 ユーリもイリスと組んで模擬戦をしても良いが、頼まれた以上断れないのがユーリという人間で。


「じゃあ、2人とも準備は良い?」

「ええ、もちろん」

「私は良いわ」


 2人の返事を待ってから、ユーリは頷いた。


「じゃあ、始めっ!」


 先に仕掛けたのは、アリシアだった。

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