第7-7話 狼狽える魔術師たち
「あ、あれ? なんで『聖女』様がここにいるの?」
「転校してきたんだ」
2限目の授業が終わったタイミングで戻ってきたユーリの質問に、イグニが答える。
「転校……。ああ、それで昨日学校に来てたんだ」
「そういうことらしい」
「でも、『聖女』さまが学校で勉強することなんてあるのかな?」
「……どうなんだろうな」
ロルモッド魔術学校は
だが、多くの魔術師たちの属性は基本属性……つまり、【聖】属性のような上位属性のを持っている生徒への指導方法は整っていないのだ。
だが、もともと学校に来ている目的が勉強ではなくモテであるイグニはユーリの問いに困った。
そもそもこの男も、『ファイアボール』しか使えないので学校に来てまで魔術を学ぶ理由がないのである。
「そういえば、随分と長引いてたみたいだけど生徒会の仕事は終わったのか? ユーリ」
「……う、うん。まぁね」
やけに歯切れの悪い返答。
「……終わってないなら、手伝うぞ?」
「ううん! 大丈夫だよ! ボクの仕事だから、ボクが終わらせるよ」
「困ったら、いつでも頼ってくれ」
「うん! その時は、お願いね」
そういって、ユーリが上目遣いでイグニを見つめてきて、思わずイグニはドキッとしてしまった。
……っ!!!
な、慣れないな……っ!!
全くもって油断していたところに仕掛けられた伏兵に思わず討ち取られそうになったイグニは
昼休み、授業が終わって早々にローズがイグニの元へやってきた。
「イグニ! お昼にしましょう!」
「そうだな。一緒に食べるか」
「普段はどこで食べてるの?」
「食堂か……弁当だな」
「え、イグニがお弁当を!? 作れるの?」
「いや、俺じゃなくてユーリが作ってくれてるんだ」
そう言ってイグニがユーリを見ると、恥ずかしそうに顔を赤く染めて微笑んだ。
「そ、そんな……。普段から女の子の手作り弁当を食べてるなんて……。だ、ダメよイグニ! 私以外の作ったもの食べちゃダメ!!」
「ユーリは女じゃないぞ」
「……え?」
「ボクは男だよ」
「えぇッ!?」
ローズはユーリを上から下まで何度も見直すと、
「うーん……?」
両腕を組んで深く考え始めた。
「……うーん」
「ちょ、ちょっと本当だよ……!」
ユーリの必死な弁明はあいにくと、ローズの右耳から左へと流された。
「そ、その手には乗らないわ! どうせ男と偽ってイグニの側に近づく作戦でしょ! ダメよイグニ! 冷静になって!!」
「落ち着け、ローズ。ユーリは本当に男だ」
「確認したの?」
「……え?」
イグニは固まった。
いや、固まったのはイグニだけではない。
イグニの前の席に座っているアリシア。
昼食に誘いに来ていたイリスとリリィ。
そして、後ろの席にいたエドワードまでが、固まった。
「ちゃんと、この娘が男の子だって確認したの!?」
「……い、いや……それは……」
確かに言われてみれば、ちゃんとユーリが男だと確認したことはなかったような気がする。今の今まで、本人が男だと言い張っていたから、男だと思っていたが……実際にユーリは男なんだろうか?
周囲の視線がユーリに集まると、彼は慌てたように立ち上がった。
「ほ、本当だよ! だって、ほら! 見てよ! どこからどう見たって男じゃないか!」
「どこからどう見たってあなたは女の子よ!」
「ち、違うよ! ね、イグニ!」
「…………」
「なんで黙っちゃうの!?」
なんとも言えない。
「そういえばユーリが男って、本人からしか聞いたこと無かったわ」
「……だよな」
アリシアにうなずき返すイグニ。
「……べ、別にユーリさんが男でも女でもどっちでも良くないですか?」
だが、そこに飛び入ってきたのはリリィだった。
「り、リリィさん!? 問題あるよ! 大ありだよ!!」
必死に弁明するユーリを無視して、リリィは続けた。
「それに、さっきからイグニイグニって、あなたの頭の中はイグニしかないんですか」
「何か問題あるの? 私とイグニは婚約者なんだけど」
「元、ですよね」
リリィが静かに尋ねると、ローズは首を横に振った。
「家同士が決めた約束は確かにそうかも知れないわ。でも、私とイグニは小さい時に約束したのよ。大人になったら結婚するって!」
「それは婚約者って言わないです」
「え、そうなの? でも、結婚の約束してるから婚約者だわ!」
リリィの問いかけに一瞬挫けそうになったが、ローズはすぐに体勢を立て直す。
流石のメンタリティだが、リリィはさらに続けた。
「大人ならまだしも、子供の結婚の約束なんて誰でもやってるやつじゃないですか」
「そんなことは無いわ! イグニは私としか約束してないわよ! ね、イグニ!」
え、ここで俺に飛んでくんの?
「あ、ああ。まあな」
「ほらね」
ドヤ顔で答えるローズ。
「つまり、他の女は必要ないのよ。ほら、あっちいって」
「……はぁ」
リリィが静かにため息を付いた。
「束縛する女は嫌われますよ」
「ぴッ!?」
ローズがよく分からない声を出して、固まった。
「で、でも……。イグニは私のこと嫌いにならないわ。だって、約束……」
「その約束、ローズさんにしかメリットないじゃないですか」
「……え?」
「イグニは優しいですから、例えローズさんのこと嫌っていても顔には出さないですよ。でも、本心はどうでしょうね」
「……そ、そんなこと…………」
明らかにうろたえ始めるローズ。
それを見かねて、イグニが口を開いた。
「いや、俺は嫌いだなんて……」
「イグニは黙っててください」
何でだよ。
「逆の立場で考えてみてください、ローズさん。昔、ちょっと仲の良かった男の子……A君としましょう。そのA君が貴女の前に現れて昔結婚する約束をしたと言いふらして、自分の友達を遠ざけてるとしたら」
「私、友達いないわ」
「…………じゃあ、知り合いでも良いです」
「それとこれとは話が別よ! だって、私はイグニのことが好きなんだから」
「さっきの話の途中に出てきたA君も貴女のことが大好きと言いふらすでしょうね」
「……そ、そんなこと…………」
ローズの顔が段々と青ざめていく。
だが、ふとローズの瞳が鋭くなった。
「……あなた、イグニのことが好きなのね」
「ぴッ!?」
今度はリリィが変な声を出した。
「だから、嫉妬してるんでしょう! 私に!!」
「そ、そんなこと……」
「別に良いわよ。少しくらいイグニを貸してあげても」
俺って貸し出し制だったの?
「い、イグニは物じゃないです!!」
というリリィの返答は、しかしドヤ顔のローズには届かなかった。
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