第7-6話 極点と魔法

 『聖女』がロルモッド魔術学校に転校してきた。

 その噂は、あっという間に学校中に広まった。


 休み時間には教室にいた生徒たちが、こぞってローズの周りに集まると彼女に質問を投げかける。それに笑顔で対応しているローズ。そんな様子を廊下から眺めながら、アリシアがそっとイグニに聞いた。


「なんで『聖女』様がうちの学校にいるのよ」

「『魔王』が現れたことで、浄化ができなくなったんだと」

「……なるほどね」


 アリシアはため息をつきながら、納得した。


「サラがこっちにいるから、『魔王領』の侵食はこれ以上広がらないしね」

「ああ」


 イグニは深く頷いた。


「この状況で『魔王領』の浄化を優先するよりも、ローズを無事な場所に避難させた方が良いってことなんだろうな」

「それにしては……」


 アリシアが首をかしげる。


「変なタイミングね」

「……まぁな」


 既に公国にまで『魔王軍』の手が伸びているという状況で、わざわざ『王都』に避難させるなんて、何を考えているのだろうか。アリシアはそう言いたげだった。


「もしかして、王国ここを反撃の拠点にするつもりなのかしら?」


 ぽつりとアリシアが呟く。


「王国の国境で『魔王軍』を抑えるってことか?」

「そうなんじゃないかしら? 王国は“極点”の最大保有国。風と、地。そして、光の極点が盾と矛になるのよ。これ以上の安心感があるかしら」

「それに、ローズがここにいるってことは」

「ええ、いるでしょう? “海”のフローリアが」

「呼びましたか?」

「んんっ!?」


 アリシアがそういった瞬間、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ふ、フローリアさん!?」


 イグニが驚くと、ローズの護衛である彼女はこくりと頷いた。


「先日ぶりですね、イグニ様。……そちらは、公国の時の」

「アリシアよ。得意なのは【風】属性。よろしく」

「ええ、よろしくお願いします」


 フローリアと握手をしながら、イグニは気になったことを聞いた。


「フローリアさんは何故ここに?」

「ローズ様の護衛としてこの学校にいるのですが、何もしないというのは抵抗感があり……学長に相談した所、教師をやってみないかと言われまして」

「教師を?」

「ええ。どうでしょうか? 昨日、教師をやるということで眼鏡を買ってきたのです。こうすれば、多少は賢く見えるでしょうか?」


 そういって、フローリアが眼鏡をかける。

 その時、イグニに雷撃が落ちた。


 ……っ!?

 こ、これは……っ!!?


 ――――――――――

『なぁ、じいちゃん』

『どうした?』

『この間、俺がメガネはダメって言ったじゃん?』

『うむ? ああ。じゃが、あれはありのまま愛せぬお前の未熟さが招いたこと……。別に恥じることでは……』

『でも、俺思ったんだよね』

『聞こう』

『眼鏡って外すためにあるんだって』


 それは、幼きイグニに訪れた閃きであった。


『…………何?』

『だってさ、考えてみてよ! 眼鏡って外すことで可愛くなるための前フリなんだよ! 眼鏡を外したら可愛くなってた……それが、眼鏡の役割なんだよ!』

『この……馬鹿たれがッ!!』


 パァン!!!


 と、響いたのはイグニの頬と同時にルクスの腕だった。


 それは怒りか、あるいは呆れか。

 少なくとも、ルクスの腕が魔術も使わず音の速さを超えるほどの激情がそこにあった。


『馬鹿も馬鹿……! 大馬鹿者じゃ……ッ!!』

『な、なんでだよ! 事実だろ!?』

『この大馬鹿者っ! ワシはそんなお前のために魔術を教えとるんじゃないわい!!』

『……っ!?』

『お前の未熟さ故に、眼鏡を愛せないのは……良い。それはしょうがない……ッ! じゃが、眼鏡は外すためにあるものじゃと……ッ!? お前はなんにも分かっとらんッ!!』

『わ、分かってないのはじいちゃんだよ! あれがあるから、女の子は可愛くならない……』


 バチコーン!!!


『ぐ、グー……?』

『イグニッ! よく聞けぇッ!!』

『な、何だよ……』

『眼鏡とは、ステータスの付与なのじゃ……ッ!!』

『す、ステータスの付与……? 何を言ってんの……?』

『イグニよ。眼鏡と聞いたらどんなイメージがある』

『え? うーん。そりゃ、勉強できるとか……頭良いとか……真面目とか……?』

『そう! それじゃ!!』

『え、どれ?』

『良いか、眼鏡とは付けるだけその要素をプラスできる! 普段はふざけている女が眼鏡をつけたときの破壊力……ッ! 普段は男勝りな暴れん坊が眼鏡をつけたときの攻撃力……ッ! お前には、そのギャップが分からんか……ッ!』

『……眼鏡を、付けることで……現れる……ものがあるって、こと……?』

『そうじゃっ!! それこそが、眼鏡の本来の価値ッ! 外すことで女の可愛さが出るなんて言っとるうちは2流! いや、ド3流!!』

『……ッ!』

『ちょっと引き算の美学を学んだからと、何でもかんでも減らせばいいというものではない……ッ! むしろ、加えることで引き立つ王道を忘れておるッ!!』

『……そ、そんなことが……ッ!!』

『基本に立ち返り、我が身を振り直せ。イグニ』

『……そ、そうするよ……。じいちゃん……!』


 ――――――――――


 あ、あの時……! じいちゃんから教わったのが全てだと思ってた!

 でも、違ったんだ……ッ!!


 確かにじいちゃんが言ったのは要素の足し算。

 あらっぽい子が、ふざけている子が眼鏡を付ける。


 そのギャップを引き立たせる足し算としての要素……!!

 だが、今のこれは違う……!!


 普段から真面目なフローリアさんが眼鏡を付けることで、その真面目さが2倍……いや、10倍ほどは際立つ……ッ!!


 それはつまり、要素の掛け算ッ!!

 真面目な人に、眼鏡という要素が掛けられることによってその良さというのは何倍にも膨れ上がる……ッ!!


 さ、流石は……“極点”……ッ!!!


 これは……『魔法』だ……ッ!!!!!


「ど、どうでしょう? 似合っていますでしょうか?」

「に、似合ってます……っ!」


 イグニがそう答えると、満足げにフローリアは頷いた。


「ありがとうございます。では、私は隣の教室で授業ですので」


 そういってフローリアが少しだけ上機嫌になって、隣の教室に入っていった。

 それを眺めていたイグニだったが、ふと思いっきり腕をつねられた。


「いっっ!? どしたんだよ、アリシア」

「……別に」

「いや、別にって……」


 な、なんで急に不機嫌になったんだ!?

 俺がフローリアさんを褒めたから……?


「イグニって、ああいうのが好きなの?」

「……いや、まあ」


 好きか嫌いかで聞かれたら好きである。

 というか、大好きである。


 と、その時イグニはふと気がついた。


「アリシア。帽子変えた?」

「そ、そうだけど……。何?」

「悪い、気がつくのが遅くなった。似合ってるよ」

「な、なんかそれ……私が言わせたみたいじゃない……」

「いや、本当に。可愛いよ」

「……ふん」


 アリシアは静かに鼻をならすと、わずかに顔を赤くして教室の中に入っていった。


 その様子をクラスメイトたちと受け答えしながらじぃっと見つめていたローズには、ついぞイグニは気が付かなかった。

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