第7-5話 出会いの魔術師

「イグニー! 起きて!!」

「んあ……」


 寮の一室。

 もはや半年にもおよぶ間、毎日行われているその光景は彼らの日常だ。


「あと5分。あと5分だけ……」

「だ、ダメだよ! ボク、用事があって今日は朝早く行かないと行けないんだから……」


 放課後の居残りが無くなったとはいえ、生徒会としての仕事が無くなったわけじゃない。

 ユーリは昨日、生徒会としての仕事を残していたが放課後は残れないので朝早く行くことで片付けようとしている。


 と、イグニは昨晩聞かされていた。


「だいじょーぶ……。ちゃんと、起きるから……」

「もう! そういってイグニがちゃんと起きたことないでしょ!」

「俺のことは……心配ないから……。安心して……くれ……」

「ダメだよ! 今でも半分寝てるんだから……。あっ」


 それだけ言って完全に眠りについたイグニ。

 ユーリはちらりと時計を確認して、青ざめる。


 このままだと、完全に仕事が片付かない。

 しかし、イグニは起きる様子がない。


「ほ、本当に起きるんだよね?」

「……任せろ」


 イグニのことを信じるように、ユーリは寮を後にした。



 

 ゴーン! ゴーン!! ゴーン!!


 朝の始まりを知らせる鐘の音が王都に響き渡る。

 寝起きには不快なその音に顔を歪ませながら、イグニは目を見開くと……部屋の中にある時計を見た。


「…………あれ?」


 時間を確認する。

 一瞬、理解ができなかった。


 なんでこんな時間なんだ?

 もしかして、時計が壊れたか??


 にしては、さっき鳴った鐘の音は……。


「……やべッ!」


 窓からは太陽の光がさんさんと差し込み、イグニの頬を照らす。

 その太陽の角度がいつもとは違うことが、何よりの証明だった。


「遅刻だッ!!」


 いつもならいる白髪のルームメイトがいないことに疑問を覚えるが、そういえば昨日の夜に『ボク、明日はちょっと早く出なきゃいけないから』なんてことを言っていたことを遅れながらに思い出す。


 そして、自分が朝に寝ぼけながら『大丈夫』を連呼していた事実も。


「遅刻はダサい! 絶対にモテない!!」


 もう商人たちの仕事は始まっており、往来にはかなりの人々がいる。

 その間をイグニは走った。それはもう全力で走った。


 空を飛んだ方が早いことは確実なのだが、そんなことを思いもしないくらい走った。


「やばいやばいやばい!!」


 血相抱えて走りながら全力で角を曲がった瞬間、その向かいにいた少女とぶつかった。


「……ッ!?」


 両者が同時にバランスを崩す中、イグニは体幹をバネのように使って身体を起こすと……倒れこむ少女を抱きかかえた。間一髪セーフである。


「大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……」

「って、ローズ!」

「い、イグニ? ぐ、偶然ね……」


 曲がり角でぶつかった少女は空色の髪を大きく揺らして、驚いた素振りを見せた。


「どうしてこんなところに?」

「イグニこそ。どうして、この時間にこんなところにいるのよ」

「いや、俺は遅刻しそうで……」


 普段ならカッコつけた言い訳の1つも思いついたものだが、焦りに焦っていたイグニの未熟さか……本当のことを言ってしまった。


「……? 飛べば良いんじゃないの?」

「た、確かに……ッ! ありがとう、ローズ。間に合いそうだ」

「ううん、気にしないで。イグニ」

「じゃあ、悪いが俺は学校に行くから!」

「ええ! 気をつけてね!」


 イグニはローズを離すと、『装焔機動アクセル・ブート』で空に浮かび上がる。

 そして、そのまま学校に向かって飛んだ。


 それを見送ったローズの影から、フローリアが現れる。


「流石だわ、フローリア! ここで待ってればイグニと出会えるなんて!」

「私も上手く行って一安心です」

「これまでいくつも恋愛小説を読んできた貴女に相談してよかったわ!」

「何を言ってるんですかローズ様。物語で行ったら出会いは始まったばかり! ここからが本番ですよ!」

「そ、そうよね! ふう。ちょっと上手く行ったからって調子に乗ってたわ。それで、これからは……」

「大丈夫です、ローズ様。私にお任せください」


 そういって胸に手を当てるフローリアを、ローズは頼もしい瞳で見つめていた。


 ――――――――――


「ま、間に合った……」


 全力で走って空を飛んで、何とかイグニは教室に飛び込んだ。


「今日は遅いわね、イグニ」

「寝坊した」

「ユーリは?」

「生徒会の仕事で先に出てたんだ」


 待ちくたびれた顔のアリシアに、イグニは答える。


「ふうん。……言ってくれればユーリが居ない時は起こしに行ってあげるわよ?」

「ありがとう。でも、男子寮に女子生徒は入っちゃダメだから、気持ちだけ受け取っとくよ」

「あら? 前に入った時は何も言われなかったわよ」


 そういえばそんなこともあったな。

 と、イグニは思い返すと微笑んだ。


「じゃあ、今度から頼むよ」

「ええ、任せて」


 モテの作法その13。

 ――“困った時はちゃんと相手を頼るべし”。


 イグニは特に朝が激弱なので、お願いした。


「イグニさまー! 何の話ですか?」

「俺が遅刻しそうになったって話だよ」


 離れた席にいるイリスがちょこちょことやって来る。


「そういえば今日は珍しく遅かったですもんね!」

「ああ、俺は朝が弱くてな……」

「そうなんですね! そんなイグニ様も素敵です!!」


 イリスはイグニを全肯定してくれる。

 朝が弱いのが本当に素敵なのかはこの際問題ではないのだ。


「あ、そうだ。イグニ様。転校生の話聞きました?」

「転校生? この時期に?」


 『魔王』軍がこちらに攻めてきており、多くの人が疎開しているという中でやってくる転校生とは一体何者なのだろうか?


 イグニがそんなことを考えていると、イリスが続けた。


「なんかそんな話を聞いたんです」

「それどこから聞いたのよ」

「今日、教職員室の前を歩いていたら聞こえてきたの!」


 アリシアの疑問にイリスが答える。

 教師たちが話していたということは確定だろうか?


 イグニは可愛い女の子だったら良いなぁ……といつものように考えていると、ガラガラと音を立てて教室の扉が開いた。


「はーい、みんなぁ。席についてぇ」


 エレノア先生だ。

 イリスはイグニのところに来た時のようにちょこちょこと自分の席に戻っていく。


 ……あれ? ユーリは??

 

 だが、ユーリが教室に入ってくることはなくエレノアが口を開いた。


「今日はなんと転校生がいるわぁ。こんな時勢だから、みんなも友達になってあげてねぇ。じゃあ、入ってきて」


 そういって部屋に入ってきたのは、水色の髪と蒼い瞳の少女。


「自己紹介してねぇ」


 彼女はそう言われると、花のような笑顔を浮かばせてにこやかに微笑んだ。

 そして、自らの名前を名乗った。


「ローズ・アクルマルンよ。ちょっと前まで『神聖国』にいたけど、元は王国の生まれだから、仲良くしてね」


 彼女はさらに、自らの素性を連ねる。


「適性は『聖:S』。命を司る【生】属性じゃなくて、聖女の【聖】。あと、そうね」


 聖女ローズの瞳がイグニを捉える。


「イグニの婚約者よ! よろしくね!」


 これには、イグニは何も言えなかった。

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