第5-13話 向かう魔術師
鋼の意志をもってして帰宅した翌日。
朝早く、というイグニにとっては最悪のコンディションの中、なんとかユーリに起こされてイグニは城に向かった。
最初はサラが付いて来たそうにしていたものの、ドラゴン討伐なんていう危ない場所に連れて行くわけにはいかないので、ユーリに頼み込んで何とか抑えてもらった。
後でどこか楽しい場所に連れて行ってあげたいなぁ、と思いながら出発した彼は堂々と正門から入るとセバスチャンと合流して、帝国が用意した馬車に乗りこんだ。
「アリシアと2人きりなんだな」
「中はね」
城の中で着ていたドレスではなく、ロルモッドの制服に着替えていたアリシアがそう言う。イグニも、念のため持ってきた制服に着替えている。
ロルモッドの制服は魔術学校ということもあり、戦闘服としての使用も念頭に置かれている。
対刃、対魔術に優れた素材を優れた技術で縫製したこの服は、中途半端な防具よりも軽く、防御性能が高い。しかし、そうは言っても所詮は服。打撃や、重い斬撃などには意味をなさない。
魔術師とは後方にて戦うものであり、前線でドンパチやるようには作られていないのだ。
「出して」
アリシアの言葉で御者が馬に鞭を打つと、ゆっくりと馬車が進み始めた。
かくて2人きりになった車内では、しばらく沈黙が降りる。
だが、すぐにイグニが口を開いた。
「竜は……ハイエムの、情報は?」
「そうね、情報共有から始めましょうか」
少しだけ緊張した面持ちのアリシアは、ほっと息を吐くと口を開いた。
「まず全長が50m。全身は青白く、銀にも近い体色。どこの鱗にも目立った外傷は無し」
「外傷なし、か。厄介だな」
竜は長くを生きる。
そして、長くを生きるのであれば当然他の種族や他の竜との戦いにもなる。
栄誉を欲した人間が、
住処を求めた吸血鬼が、
そして、ただ気の向くままにドラゴンが、
それら全てが竜の相手となる。
長命であればあるほど、戦闘の回数は必然的に増えその分、古傷も増える。
だからこそ、竜のどこに傷があるのかは大事な情報なのだ。
それは、そこが弱点であるからこそ。
「先遣隊が残した情報によると、傷をつけてもしばらくすれば傷が消えていたそうよ」
「治癒魔術も使えるのか、厄介だな」
「あと、喋るわ」
「喋る? 竜が?」
「ええ」
「そんなに長く生きているのか」
長命の種族である竜は、単一の【属性】を極めている内に寿命が来てしまう人間と違って、数多くの【属性】を極めることも不可能ではない。
“
そして、人語を介す竜となれば、それは高い知能を有していることになる。
「……なるほど、厄介だな」
色々と相手の強さを考えてはいたが、どれだけ下に見積もっても“極点”級はありそうだ。
「他に大事な情報はある?」
「吹雪で視界が絶望的になるそうね」
「それは『ファイアボール』で吹き飛ばせば何とかなるから問題ない」
さらっと『天災魔術』を使おうとするイグニ。
とんでもないことをやっているのだが、当人からすればそれはまだ序の口だ。
「あと、ハイエムの性別は……
「……えっ!?」
一瞬、イグニの思考が過去に飛ぶ。
――――――――――
『じ、じいちゃん! この本すげえよ!!』
それは、ルクスがイグニにせめてもの教養を身に着けさせようと町で買ってきた絵本を読ませている時だった。
『なんじゃ? ああ、赤竜と黒騎士の絵本か』
本を読む習慣がないイグニにはまず絵本から。
ということで、ルクスが買ってきたのは有名なおとぎ話である。
中身を簡単に説明すると、心優しき黒騎士が親に捨てられた子竜と心を交わし、最後に子竜が女の子の姿になって終わるという話である。
『こ、こんなことって本当にあるのかな?』
『イグニ。そりゃあおとぎ話じゃ。本当の話ではない』
『……そ、そうなのかな』
と、ショックを受けるイグニ。
『まあ、しかしドラゴンには未だ謎なことも多いとは聞くの』
『……そ、それって…………?』
『可能性が、あるってことじゃ』
『じゃ、じゃあ俺もいつかドラゴンの女の子と仲良くなれるかな?』
『ドアホッ!!』
バチンンンン!!!
と、勢いよく吹っ飛ばされるイグニ。
『な、何すんだよ!!』
『人の女と仲良くなれんで、竜と仲良くなれるかァ!!』
『……っ!?』
『幻想を抱くのは良い! じゃが、それはあくまでも幻想……ッ!! 現実を見て、その上で抱けッ!!』
『…………ッ!!』
イグニはルクスの言葉を噛み締めた。
『確かに幻想を抱くのは自由じゃ! 好きにすると良い! じゃがの、イグニ! 幻想は人の目を曇らせるッ!』
『く、曇らせる……?』
『そうじゃ! そしてこれは、モテにも通じる……ッ!』
『え、マジで?』
『女に幻想を抱くのは良い。じゃが、それはあくまでも幻想……ッ! 勝手に幻滅するモテない男は少なくない』
『うッ!?』
自分のことを言われているのかと思って、ビビるイグニ。
『大切なのは、現実を見ることじゃ。そのことを
――――――――――
じ、じいちゃん。
まさか、あの時の
と、1人拳を握って気合いを入れるイグニ。
「な、なあ。アリシア」
「どうしたの?」
「竜が喋れるなら、会話とか出来ないのか?」
「……会話? ちょっと待ってね」
そういってアリシアは鞄の中から資料を取り出すと、馬車の中で目を通し始めた。
しかし、どこにもその情報が載ってないと知ると息を吐く。
「会話したって記録は……どこにも残ってないわね」
「なら、話し合いで解決できることなんじゃないのか?」
竜と会話しそれで国難を退けたというのは、それはそれで英雄譚になり得る。
無駄な戦闘で、お互い疲弊するよりはよっぽど得策だ。
と、カッコつけて色々と論理を組み立てるものの普通に女の子と仲良くなりたいだけなのがイグニである。
「うーん。竜が話を聞くなんて思えないけど」
アリシアはそう言いながら、困ったように頬杖をついた。
「でも、誰もやってないなら、やってみる価値はありそうね」
そして、少しだけ楽しそうにほほ笑んだ。
それからしばらく走ったころだろうか。
ふとイグニは、全身を包む肌寒さに気が付いた。
吐いた息が白く染まり、外を見ると曇天に包まれている。
時々外を歩いている村民の格好は長袖の上にさらに重ね着をしているなど、真夏の格好とは思えない。
「イグニ。これ、防寒着。あったかいわよ」
「ありがと」
そう言ってアリシアから防寒着を受け取ったイグニは、馬車の中でそれを着込んだ。
紺色の素材のそれは、雪の中では目立つだろう。
一方のアリシアが着込んでいるのは白くふわふわした素材の防寒着。
帝国がハイエム討伐のために用意したものなので、戦闘用ではあるはずなのだがお洒落だ。
「可愛いな、その格好」
「え、そ、そうかしら?」
イグニの純粋な褒め言葉に、アリシアは少しだけ照れた。
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