第5-12話 夜と魔術師

「……良い考え?」


 夜の街の中、アリシアは不思議そうにイグニを見つめてそう言った。


「ああ、取っておきの方法だ」


 イグニが自信満々にそう言う。

 それは、彼がこれまで培ってきた帝国の知識とセリアを見た上での判断。


 だが、それが何か分からずにアリシアは首を傾げる。


「アリシア。これは俺の考えだから、何かおかしいところがあったら教えて欲しい」

「う、うん」

「まず、帝国は実力主義だ」

「そうね。間違いないわ。生まれがなんであれ、帝国は実力さえあればのし上がれるもの」

「そして、それは皇族でも変わりはない」

「……ええ。あってるわ。姉さんが、そうだもの」


 その“姉さん”が、セリアを指していることはイグニにも分かった。


「だから、アリシアも結果を出せばいい」

「……結果?」

「そうだ。帝国が、皇帝が、アリシアに口を出せなくなってしまうような……そんな結果を」

「そ、それは…………。確かに、それが出来たら凄いわよ。でも、それが出来ないから……」


 アリシアの表情が歪む。

 けれど、イグニは続けた。


「いや、あるんだ。今に限って、絶好のものが」

「……それって、まさか」


 その時、アリシアの表情に納得が走った。

 ここまで言えば、誰でも分かるだろう。


 誰も文句が言えないような、大きな結果が必要だ。

 皇族であろうとも、皇帝であろうとも、アリシアに対して何も言えなくなってしまうような、そんな結果が必要だ。


 例えば、“生の極点”が討伐しきれなかったドラゴンを討伐する――そんな、結果が。


「そうだ。“ふゆ”のハイエム。それを、アリシアが討伐する」


 古くより、竜殺しは英雄譚である。

 最強種と名高いドラゴンを討伐すれば、その名誉は一生ついて回るのだ。


「む、無理よっ! 相手は『大戦』も生き残った古い竜よ!? それに、姉さんと戦って生き残ってる……! 撃退止まりだったのに……っ!」

「違う。なにも、アリシアが倒す必要はないんだ」


 イグニの言葉で、アリシアはわずかに困惑。


「で、でも……。それは」

「良いかアリシア。よく聞いてくれ」

「……う、うん」


 何か言いたげだったアリシアの瞳を、イグニが覗き込むと彼女は静かになった。


「俺が竜を討伐する。その時、アリシアがちょっとだけ……。ほんのちょっとだけでも魔術を使ってくれればいい」

「そ、それで……?」

「その後、俺が少しだけ口添えすれば良いんだ。あの時、アリシアの助けが無かったら……倒せなかったって」

「だ、ダメよ! すぐにバレるわよ! 姉さんたちに誤魔化しが……」

「いや、セリアさんは信じる」

「ど、どうして?」


 イグニが自信ありげに言うものだから、それに飲まれつつあるアリシア。


「あの時、1倒せなかったからだ」


 アリシアがわずかに息を飲んだ。


 あの時、セリアがイグニの脚を切り落とした瞬間、アリシアはイグニの脚を補助した。

 彼女の魔術によってイグニはセリアから逃げ切り、魔法を使えた。


「俺が魔法を使う時に、魔術を使えないことをあの人は知っている。だから、倒すときに補助をした……なんてことは、嘘じゃないんだ」

「そ、それって…………あり、なの?」


 そして、すっかりイグニに飲まれてしまったアリシアは、そう尋ねた。


「アリシアは、良い娘だ。優しいし、誠実だ。だから、何事も真正面からぶつかってしまうんだ」

「う、うん」


 イグニにまっすぐ見つめられながらそう言われて、悪い気はせず顔を赤らめるアリシア。


「だから、ちょっとくらいくっても良いんだよ」

「……そ、そうかな?」

「そんなアリシアも、可愛いと思うから」


 イグニの言葉に、アリシアはわずかに悶えて、


「わ、分かった。ちょっと考えてみる」


 と、前向きな姿勢を見せるのだった。



 ――――――――――


 さて、アリシアを城まで送り届けたイグニは1人サラとユーリが待っている宿へと帰還。


 しかし帝都の道に詳しくない彼は、とりあえず大通りを通り宿を目指した。

 変なところで迷ってしまっては、宿に帰るに帰れないからだ。


 だが、時刻は夜。

 そして、帝都は多くの人間が集まる場所である。



「ねえ、お兄さん。ウチのお店で遊んでいかない?」

「こっちこっち。安くしておくよ」

「お兄さん、どんな女の子が好き?」


 かくてイグニは、客引きの餌食になっていた。


(……すごい)


 イグニは客引きに寄ってきた女の子たちを相手に息をのむ。


 噂には聞いていた帝都の娼館。

 その客引きたるや、凄いものである。


 まず、その格好。ほとんど裸同然。

 それもそのはず。客引きを制限するような法律は無いし、口コミと看板以外に宣伝方法も無い。


 ならば、路上で目立って客を引っ張らなければならないのだ……っ!


 従ってその格好が派手になっていくのは当然の摂理。

 最初はちょっとはだけたものだったのに、それが進みに進んで今では裸同然ながら大事なところは隠すといった格好になっているのだ……ッ!!


(で、でかい……ッ! 会長くらいあるんじゃないのか……!!)


 間違ってそんな場所に入っちゃったとは言え、イグニも所詮は年頃の男の子。


 そりゃあ見ちゃう。

 ちらちら見ちゃう。


(……だ、ダメだ。落ち着け)


 夜の街特有の香の匂いを鼻孔に焼き付けていると、ふと昔のことを思い出した。


 ――――――――――

『じいちゃん!』

『なんじゃ?』

『何事も練習が大切なんだよね? だから、俺女の子と話す練習したいんだ!』

『どこで?』

『大人のお店!!』

『この間抜けッ!!』


 凄まじい勢いでビンタされるイグニ。

 勢い良すぎて、一瞬痛みを認識できなかった。


『よく聞けェッ! あそこにおるのは熟練者……ッ! 生半可な男が行けば……やられるぞ……ッ!!』

『や、やられ……?』

『確かにああいう店では気持ちよくなれるじゃろう……! 向こうもプロ……! こちらを楽しませることに長けている……ッ! じゃが、こちらから楽しませることはできぬ……ッ!!』

『……ッ!?』

『コミュニケーションは両者いてから成り立つもの……ッ! あそこでできるのは……上級者だけ……ッ!!』

『そ、そんな……』

『何事にも甘い事は存在しないッ! 分かったら修行に戻れッ!!』

『……分かったよ』


 かくてイグニは夢をへし折られて、ついでに心もちょっと折れた。


 ――――――――――


(大人のお店でモテるのは上級者だけ。上級者だけ……)


 当然、向こうはプロだ。接客技術で男をおだてるスキルを磨いている。


 例えばそれは、初心者冒険者がゴブリンを倒せるからと言って調子に乗るようなもの……!

 それも、ゴブリンがわざわざ倒しやすく接待してくれているだけなのに……っ!


(……まだまだ、だ)


 イグニは気合いを引き締めると、急いで宿に帰った。


 部屋に帰ると、既にユーリとサラは眠っていた。

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