第5-10話 酒場と魔術師

「今日はありがとね」

「ん? 何が?」

「ドラゴン退治を受け入れてくれて」

「良いよ。アリシアのお願いだし」


 イグニとアリシア、そしてユーリとサラはテーブルを囲みながら食事を取っていた。


 エリィは仕事があるとかどうとか言ってこなかったが、アリシア曰く「遊べなくなったから楽しくなくなったんでしょ」とのことだった。この姉妹は仲が良いのか悪いのか分からない。


 どこかドライなところがあるが、イグニもフレイに対してドライどころではないので、兄弟とはそういうものなのかも知れない。


「明日出発でしょ? 先遣隊から報告はないの?」

「……全滅したらしいわ」

「ぜ、全滅?」


 あっさりアリシアが言うものだから、ユーリは目を丸くした。


「そう、全滅。先遣隊の4割がやられたらしいわ」

「……それって全滅なの?」

「部隊の3割以上が戦闘不能に追い込まれると全滅よ」


 アリシアは果実酒を飲みながら、そう言う。


「姉さんはこんな時だって言うのにどこかに行っちゃうし……。ほんと、何考えてるのかしら」


 アリシアの愚痴にも力が籠る。


「まあ、良いじゃないか。俺がいるんだし」

「……それは、そうなんだけど」

「どした? 煮え切らないな」

「帝国のことを、帝国の人間でどうにかできないのは……やっぱり、恥ずかしいわ」

「何言ってるんだ。俺たちは友達だろ?」


 イグニはさらにつづけて、


「友達が困ってるから助けるんだ。そこに国は関係ないじゃないか」


 それを聞いたアリシアは静かにジョッキをテーブルに置くと、


「……そうね。そうかも、知れないわ」


 ただ、静かに納得したのだった。


「イグニ、これ食べづらい」

「切るからちょい待ちな」


 しかし、そんなこと気にしないサラが大きなかたまり肉を指さしてイグニに不満を言うのでイグニもナイフをもってそれに対応。傍から見れば仲の良い兄妹に見えることだろう。

 

 イグニはみんなが食べやすいようにナイフで肉をカットすると、サラのお皿に肉を入れる。ふと、その時後ろでドッと大きな声が上がった。


「何だ?」

「イグニ、あれ」


 声の中心をユーリが指さす。

 そこには厳つい男たちが両腕を組んでウンウンやっていた。


「なにあれ」

「腕相撲大会だって」

「へぇ」


 そういうものは、どこの酒場でもよく見るのだ。

 冒険者たちは力自慢だし、男たちが集まればその中で1番を決めたくなるもの。


 特に、酔っぱらった時などよくあるものだ。


「こいつに勝てば今なら飲み食い無料タダだぜ!」


 ごつい身体をした男が椅子にどっかりと座り、その後ろに立っている細身の男が騒がしくしている。


「客寄せ、か」


 ああして力自慢を集めて腕相撲でもすれば酒場は盛り上がるし、盛り上がれば人が集まる。そうなれば、見ている男たちがいろいろと店に金を落とすという寸法だ。


「イグニもでる?」

「いや、俺は良いや」


 ユーリの誘いにイグニは断る。

 

 こんなところでホイホイと他人に力を見せる男はモテない。

 モテる男とは、然るべきところで然るべき強さを見せるものなのだ。


 と、1人でカッコつけていると、見慣れた後ろ姿の男たちが腕相撲に参加していた。


「……ん」

「どうしたの?」

「いや、知り合いが……」

「もう知り合い作ったの? 女の子?」

「いや、男だけど……」


 さらっとユーリに女の子の知り合いを作ったと思われたのは心外であった。

 しかし、モテそうだと言われてるのだと考えれば悪い事もないのか……? 


 と、首を傾げながらも見知った男たちの後ろ姿を見守る。


 それは、イグニにとって初めて親近感を抱いた相手。フラムだった。

 イグニのような燃える炎髪の持ち主は、厳つい男に挑んで……負けていた。


「ありゃ」

「負けたわね」

「負けたな」


 それはもう、瞬殺だった。


「イグニが出たら勝てる?」

「どうだろうな? 魔術を使わないと負けるかもな」


 あっちは純粋な筋力を鍛えて普段から武器を振り回している連中である。

 鈍重であるが、堅牢で魔術師たちの壁になりながら時間とヘイトを買ってくれるのが前衛だ。


「イグニでも勝てないの?」

「そりゃあな」


 ただ、実戦で魔術を使わないという状況があり得ないためイグニは苦笑。

 もしこれが実戦だとすれば腕相撲という限定された空間に誘い込まれた時点で負けている。


 手ひどくやられたフラムは、涙目になりながらイグニたちの隣のテーブルに座った。


「お? イグニじゃないか」

「久しぶりだな。フラム」

「もしかして……見てたか?」

「バッチリと」

「うわ、そりゃあ恥ずかしい」


 そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめるフラム。

 そして彼はイグニのテーブルを見ながら驚いた。

 

「……って、イグニ凄いな。モテモテじゃないか?」

「友達だよ」

「いやいや、羨ましいぜ。俺たちは女っけが無いからな」

「フラムは冒険者なのか?」

「ああ。こう見えてもそれなりなんだぜ」


 そう言って腕をまくるフラム。


「やめとけやめとけ。Bランクがイキっても恥ずかしいだけだぜ」


 だが、それを後ろにいた黒髪の男が制した。


「いや、Bはすごくないか?」


 冒険者ランクの平均はCと聞く。

 Bと言えば、それなりの冒険者たちと言えるだろう。


「上には上がいるからな」


 そういって肩をすくめる黒髪の男。


「そういうお前らは……冒険者って感じじゃねえな」

「俺たちは学生だよ。魔術学校の」

「ああ、通りで女の子が多いわけだ」


 そういって黒髪の男がサラ、アリシア、そしてユーリを見た。

 それを見て気まずそうにするユーリ。


 いや、ユーリはどっからどう見ても女の子だよ……?


「……Bランクなら、どうしてドラゴン討伐に参加してないのかしら」


 ふと、アリシアがそう言った。


「ああ、フラムたちはこの街に来たばかりなんだ」


 イグニがその疑問に答える。

 だが、疑問はアリシアだけではなくフラムたちにも芽生えたようで、


「ドラゴン討伐?」

「何の話だ?」


 と、この街に来たばかりの2人は困惑。

 なので、イグニが話をかいつまんで2人伝えた。


「そうか。そんなクエストが」

「危ねぇな。俺は【火】属性の魔術師だから、相性最悪だ」


 と、黒髪の男とフラムがそれぞれ胸をなでおろす。

 Bランクならば、ドラゴン討伐は荷が重いだろう。


 しかし、フラムは【火】属性の魔術師なのか。

 何やら親近感を抱いていたのは、そこから来てるのかもな。


 なんてことを、イグニは考えて、


「まあ、これから先しばらく俺たちは帝都にいるから、何かあったら教えてくれ」

「おう。魔術学校の学生の力になれるかどうかは分かんねぇけどな」


 2人は気さくにそう言って笑う。


 イグニはそれに、悪い気はしなかった。

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