第5-4話 同士と魔術師

「エリィさん、詳しかったね」

「だな。やっぱり地元の人に案内してもらうのが一番だ」


 オススメの酒場に案内されて、イグニたちはそこで夕食を取っていた。


 サラは魚の炭火焼を前に、小骨と格闘していた。


「活気あるように見えるけど、これでいつもより人が少ないっていうんだから普段の帝都は凄いんだろうね」

「曲がりなりにも2大強国の首都だからな。普段は王都くらい人がいるんだろう」


 2大強国とは、イグニたちが普段暮らしている王国と、帝国を表す言葉。

 その名の通り、世界諸国の中において最も強い2国である。


「そう考えたら人は少ないのかなぁ。やっぱり港が使えないからかな?」

「だろうな」


 エリィ曰く、商人たちが全く入ってこないらしい。

 それもそのはずで、海路で莫大な貨物を輸送していた商人たちは、港が使えないため入ってこれない。

 

 今は馬車や竜車を使って陸路の輸送手段に切り替えてはいるものの、それでも海路と比べてしまえば運べる荷物など雀の涙にしかならない。


「セリアさんは国難かぁ。ドラゴンを放っておいて、どこにいるんだろうね」


 ユーリが果実酒を口に運びながらそう言う。


「……“咎人”」


 イグニの呟きに、ユーリは静かに手を下した。


「そんなまさか」

「冗談だよ」

「だよね」


 魔法使い、と呼ばれる人間がいる。


 1を10にする魔術と違い、0から1を生み出す神の領域に足を踏み入れた人間たちがいる。だが、その魔法使いたち全てが人類の味方であるわけでは無い。


 時として、強大な力は人を狂わせる。

 平凡な人間を、天使にも悪魔にもしてしまう。


 過去、無力の青年が悪魔の王となってしまったように、莫大な力を人類に仇なす手段として用いるものは決して0ではない。そして、“闇の極点”が『魔王』の強さに飲まれたように、『魔王』に憧れる者もいる。


 そして、憧れを以て人類の究極地点にたどり着いてしまった者たちがいる。


 その魔法使いたちは“極点”とは呼ばれない。

 人類に敵対し、世界に反逆する大罪人たちは“咎人”と呼ばれるのだ。


 “咎人”になった瞬間、全ての人権がはく奪され優先討伐対象となり莫大な賞金が掛けられる。だが、それが支払われることは無い。魔術師と魔法使いの間には絶対に埋められない壁があるからだ。


 そして、“咎人”たちは『魔王領』でも人類領でない場所に勝手に住み着き、そこを『国』と名乗る場合が少なくない。たった1人の国の王というわけだ。


 “極点”から“咎人”へと身を落とす者も数少ないがいる。

 その内の1人が“深淵”のアビスだ。


「最近、“咎人”たちは動いてないじゃないか」

「ああ。だから、冗談だって」


 人類に敵対した魔法使いとて、欲におぼれた人間である。

 ならば、命は惜しい。


 故に各国が“極点”を保有し、そして魔術学校で優れた魔術師を育成している現在において人類の敵対者たちもおいそれと国には手が出せない。それに加えて、彼らは各々が莫大な力を持った個人であるため、お互いに敵対関係になっている場合もある。


 だから、こちらに手を出してくることは少ない。

 そのため、“咎人”たちは半ばおとぎ話として語られているのだ。


 だが、彼らは決しておとぎ話の存在などではない。

 彼らを収容する刑務所こそ『地下監獄ラビリンス』。


 人権のない者たちを、するための監獄がそれだ。


「そういえばイグニのおじいちゃんは夜に戻ってくるって言ってたけど、戻らなくても大丈夫?」

「ん? ああ。大丈夫だ」


 ユーリがサラダを分けながら尋ねると、イグニは頷いた。


「じいちゃんが夜までに帰るっていったら、数日は戻ってこないから」

「えぇ……」

「“極光”の放浪癖は有名だろ?」

「う、うん。ボクでも知ってるくらい有名だけど。……あれでしょ? 家に帰らなすぎて家から追放されたっていう」

「それ、マジだから」


 イグニの言葉に、ユーリは何とも言えない顔を浮かべた。

 いくら“極点”とは言っても、優れた人格を持っているわけでは無いということだ。


「生誕祭まで戻ってこないんじゃね?」

「そうなの?」

「今までの流れで行くとな」

「そ、そうなんだ」

「見て、イグニ!」


 若干引いているユーリの隣から、サラが声をあげる。

 ちらりとそちらを見ると、綺麗に魚の骨を残して食べきったサラがドヤ顔をしていた。


「おお。綺麗に食べたな。偉いぞ、サラ」


 そう言ってイグニはサラの頭をなでる。

 むふー、とまんざらでもなさそうなサラ。


「わり、ちょっとトイレ行ってくるわ」


 果実酒を飲み過ぎたイグニは催してきたので、席を離れる。

 少し火照った顔に店内の熱気を感じながらトイレまで歩いていると、ちょうど死角にいた青年が席を後ろに引いて立ち上がり……それが、イグニにぶつかった。


「おわッ!」

「わわっ!!」


 イグニと青年がよろめく。イグニは何とか態勢を立て直したが、青年は立て直せなかったようで、手に持っていたジョッキごとこけてしまい中身を床にぶちまけた。


「あちゃー……」


 がっくりと肩を落とす青年に、イグニは近寄った。


「悪い。見てなかった」

「い、いや。良いよ。俺も悪かった」


 やれやれ、と言いながら立ち上がった青年がイグニを見る。

 同じようにイグニも青年を見た。


(……何だ? 俺に似てる??)


 そして、謎の親近感を青年に抱く。


 しかし、容姿が似ているわけでは無い。

 共通点と言えば、その燃えるような赤髪だけだ。


 だが、それでもイグニと青年はお互いのことを見つめあって、


「おい、フラム。お前らいつまで見つめあってんだ」

「あ、ああ。いや、似てると思ってな」


 フラム、と呼ばれた炎髪の青年が同席していた男に返事をする。


「……俺もだ。アンタとは、似てる気がする」

「お、おお。だよな。何だか似てるよな。俺たち」


 イグニが感じていたのは、これまでにない親近感。

 はっきり言って、フレイよりも自分に似ていると思った。


「俺はフラム。最近帝国に来たんだ」

「俺はイグニ。俺は今日ここに来たんだ」


 フラムの差し出してきた手を取るイグニ。


「おい、フラム。そろそろ出るぞ」

「ああ。分かってるよ。じゃあな、イグニ。またどっかで会おうぜ」


 そう言って、千鳥足になりながらも会計に向かったフラムをイグニは見送った。


(……あいつもモテたいのかな…………)


 と、意味の分からないことを考えながらイグニはトイレに急いだ。

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