第5-05話 恨みと帝国

 2日目も同じようにエリィが帝都を案内してくれることになった。


「ここが帝国の歴史が詰まった歴史博物館よ」


 そう言って連れてこられたのは城の隣にある大きな建物。

 ドームのような形をしているのが特徴的だった。


「帝国ができて100年とちょっと。その歴史が全部ここに詰まってるわ。初代剣聖が使ってた剣もあるわよ」

「見たい!」

「ふふっ。そういうと思ってもうチケットは買ってるわよ。入りましょう」


 エリィはそう言って胸を張る。

 イグニたちはエリィからチケットを受け取ると、歴史博物館の中に入った。


 中に入って、まず最初にイグニたちが出会ったのは巨大な地図だった。

 それも、帝国だけの地図ではない。世にも珍しいだ。


「なにこれ」


 サラが不思議そうに聞いてくる。


「これは世界地図よ」

「地図?」


 隣にいたエリィが答える。


「そう。この世界の形が載っているの」


 帝都のある場所に赤い丸が付けられており、王国や公国、そして神聖国など国として認められている場所は様々な色で国ごとに色塗りがされている。


 まだ取り返せていない『魔王領』は紫で、そして国々と『魔王領』の間の緩衝地帯は白く染められていた。


「この白いところなに?」

「国じゃない場所だよ。誰も住んでいないんだ」

「何で住まないの?」

「住めないのさ」

「どうして?」

「そこに人じゃない者たちがいるからだよ」

「難しい! 分かんないよ」


 サラの質問攻めにゆっくり答えるエリィ。

 だが、彼女の言っていることは間違いではない。


 そこに存在するだけで天候は勿論のこと、大地すらも歪めてしまうようなドラゴンが。

 小規模なコロニーを作り、多くの人類を自らの配下として国を自称する吸血鬼たちが。

 そして、人でありながら『魔王』に憧れてその高みに手を伸ばそうとする『咎人』が。


 多くの国ではない場所に割拠して、自らの領土を声高に主張する。

 そして、それら全てに対して人間の保有する最強の切り札が守護者たる“極点”なのだ。


「君たち。こっちだよ」


 地図ばっかり見ていたって面白くもないので、エリィに連れられるままに奥に入っていく。次に見えて来たのは家系図だった。


「これはね、皇族の家系図だよ。上が初代皇帝の剣聖。そして、下が今の子たちだね」


 下を見ると、セリアの絵と見たことの無い少女の絵、そしてアリシアの絵が一番下に飾られていた。


「3姉妹なんだ」


 そしてユーリがぽつりと呟く。


「そうだね。基本的にはこの3人の中から次の皇帝が出るよ」

「どういう風に決めるの?」


 と、聞いたのはユーリ。


「基本的には実力だね。誰が一番政治を上手く行えるのかで決めるよ。もし3人ともダメなら、お飾りとして適当に1人選ばれて優秀な側近が何人も付いて政治を回すかな」

「へー。じゃあ、お姉さんだから決まるってことはないんだ」

があの調子だからね」


 そう言ってエリィは肩をすくめる。

 帝国で大人気のセリアに対して呼び捨てで呼んでいるのが意外過ぎて、イグニはそれを強く印象に残した。


「次はこっちだよ」


 エリィについて歩くと、今度は一際大きな部屋に出た。

 そして、中心には透明なケース。


 その中に鎮座するように、1本の剣がまっすぐ台座に突き立てられていた。


「どうだい。これが剣聖ケインの使っていた聖剣だよ」

「……!!」


 かっこいい!!


 と、イグニは剣を見てテンションをあげる。

 剣を得意としない彼も男の子。憧れはあるのだ。


「希少なオリハルコンを使って作られたこれは鍛冶の神と言われたドワーフ“鍛神てっしん”ヴェルナンドの作品だよ」

「「はぇ……」」


 おとぎ話でしか聞いたことの無い名前が出てきて、イグニとユーリは口をぽっかりと空けて驚愕。


「絶対に刃こぼれせず、折れもしないまさに聖剣だよ。国宝なんだ」

「凄いな……」

「ヴェルナンドの作品は多くないし生涯たった1人の弟子しか取らなかったから、その技術を解析することは難しいんだ」

「あ。ボクその話知ってる。“いかり”のクロワでしょ?」

「そうよ。よく知ってるわね」

「うん! 有名だからね」


 ……し、知らねえ。


 話に置いて行かれるイグニを知ってか知らずか、2人は続ける。


「“いかり”のクロワは気難しいドワーフの中でもいっそう気難しかったようで、自分の作品を知り合いにしか譲渡しなかったって言われてるわ。その内の1人が“剣の極点”クララよ」

「え?」


 知っている名前が急に出てきてイグニは反応。


「あら。知らないの? そもそも“剣の極点”であるクララの師匠が剣聖ケインなのよ!」


 そう言って自慢げに胸を張るエリィ。


「し、知らなかった……」

「エルフとドワーフの仲は悪いけど、師匠同士の仲が良かったから2人は友達になったって言われてるわ」

「そ、そうなんだ」

「だから、クララは帝国に恩義を感じてて、時々来てくれるの。人嫌いのエルフなのによ。凄いでしょ」


 セリアは呼び捨てなのにクララはさん付けなんだ。

 と、イグニが引っ掛かっていると、


「イグニ。貴方はクララさんに会ったことあるんじゃないの?」

「あ、ああ。あるよ」


 急に話を振られてびっくりしながら、イグニは答える。

 どうして知っているのかと思ったが、そういえば『聖女争奪戦』がどうのこうのと言っていたので、公国で起きたことを知っているのかも知れない。


「どうだった?」

「強かったな」


 イグニは頷く。


 色んな意味で強い人だった。


 剣の技術も、敵を欺く手段も、そして事後処理も。

 それになによりも、あの体に対してアンバランスな巨乳に対して目を覆っているというてんこ盛り具合。


 これが油ものなら翌日胃もたれを起こしているが、あいにくと巨乳という『最強』がそこにある限り、胃もたれなんて起きない。いくらでもいけちゃう。たまらん……!


「そんな強い剣士を育てた剣聖だけど、ちょうど90年前に勇者の後を追うように亡くなったの。今は帝都の端の静かな場所に埋葬されているわ」

「……そうだったのか」

「こっちは帝国が傘下にした国々の文化財よ」


 さらっと凄いことを言いながら、エリィが次の部屋に案内する。


「帝国はこれまで何度か侵略戦争を仕掛けて、それで領土を得ることで大きくなっていったの。そのあり方で勇者と剣聖は仲違いしたって言われてるわ」


 侵略戦争か……。


 ユーリが何か言いたげにエリィを見ている。心優しいユーリのことだ。侵略戦争のことで考えがあるのだろう。だが、イグニからすると別。自分の価値観と合わない人がいても、その価値観に対する理解を見せることは必要だと思っているからだ。


 勿論、その価値観に染まる必要はない。

 だが、理解をすることはできる。


 これこそまさにモテの極意その8。――“女性を受け入れられる男はモテる”であるッ!


 やれやれユーリ。お前もまだ若いな。

 だが、帝国の女の子と仲良くなるためにはその価値観を理解することは必須……ッ!


 俺たちの考えることは全て王国の価値観に染まっている。

 そんな俺たちが俺たちの考えで帝国の価値観に口を出したところでモテない……ッ!


 モテる男とは即ち器の大きな男だからこんなことで怒りを覚えてたら……。


「これは、南国にあった戦闘服だよ。女も戦士として育てられてて、結構強い国だったんだ」


 そう言ってイグニたちの目の前に置かれていたのは、ビキニアーマーよりもさらに布面積の小さなマイクロビキニアーマー……ッ!!


 隠れるものが本当に隠れるのか、戦っている最中に色々ぽろっと行っちゃわないのか。

 男の子としては疑問と夢が尽きないそれを前にイグニは立ち尽くす。


「え、こ、この服を着て戦ってたの?」


 ユーリは驚愕。


「そうだよ。この服にすると魔術の通りが良いとかで……。でも、今は帝国傘下に入ったから、この服を着ることは無いかな」


 ……ッ!!!


 ……ゆ…………。


 …………許さんぞ……帝国……………ッ!!

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