第5-3話 猫耳と魔術師

『じいちゃん!!!』

『なんじゃ朝っぱらから大声だして……』

『俺、ケモ耳っ娘と仲良くなりたいよ!!』

『はぁ』

『なんだよその気の抜けた返事は! じいちゃんは知らないの!? あのふわふわしてる耳が女の子についてるんだよ!? 最強と最強が組み合わさってさらに最強になってるんだよ!?』

『甘いな』

『……ッ!?』

『獣人の良さを耳だけに見出すとは……ッ!』

『な、何が……ッ!』

『獣人の真の良さは……その筋肉ッ!』

『き、筋肉!?』

『そう! 人よりも筋肉の付きやすい種族が故に細マッチョの女も少なくない……ッ! しかも、良い筋肉とはしなやかな筋肉……ッ! 筋肉の見た目と柔らかさを兼ね備えたコントラストこそが獣人の良さ……ッ!』

『……そ、そんなことが…………』

『イグニ、若いお前にはまだ分からんだろう。じゃがな、分かる時がくる。6つに分かれた女の腹筋の良さに、な』

『うおおおおおっ!!!』


 訳も分からずイグニは叫ぶ。

 理性ではとらえられなくとも、本能がそれを理解するのだ。


『でも、なんで王国に獣人はいないの!』

『そりゃあ、獣人の母国から遠いからじゃよ。帝国は近いから出稼ぎで何人かおるという話は聞いたことあるが……』

『そんなのおかしいよ! じゃあ俺は王国にいる限り、ケモ耳っ娘と仲良くなれないってこと?』

『この間抜けッ!!』


 バチン!!!


 びっくりするほど急にビンタが飛んできたので、イグニはツッコミよりも驚愕が勝った。


『な、何すんだよ!!』

『環境のせいにするなァ! 王国にも獣人はおるわッ!!』

『え、そうなの? 見たこと無いけど』

『そりゃそうじゃ! お前がおったのは貴族社会! 王国の貴族に獣人はおらんッ!!』

『は、はぇ……』

『お前が強くなればどこかで出会える! そのために強くなれッ!!』

『わ、分かった……』


 ――――――――――


 じいちゃん……ッ!

 俺、強くなったよ…………ッ!!


 それは在りし日の思い出。

 無数に存在するイグニのモチベーションを向上させた出来事である。


 その過去を思い返しながらイグニは心の中で涙を流した。


 良かった……ッ!

 生きてて良かった……ッ!!


「ぼ、ボクはユーリって言います! よろしくお願いします!!」


 ガイドであるエリィに自己紹介をするユーリ。

 

「私はサラ!」


 いつでも元気いっぱいなサラの挨拶でエリィもニコッと笑った。


「俺はイグニだ。よろしく」


 そして、カッコつけて挨拶する男こそ我らがイグニである。

 いつもならスルーされるところだが、しかし一発でケモ耳っ娘冒険者を引いた今日のイグニは運が付いているのか、エリィは目を丸くした。


「へー。君が噂の」

「……噂の?」


 え? なに? 

 俺どっかで噂になってんの!?


 と、聞きたくなるのをぐっとこらえて、イグニは静かに問い返す。


「うん。王国の『大会』で優勝した上に、公国の『聖女争奪戦』で魔人を捕まえた人っしょ?」

「そ、そうだけど……。よく知ってるな」

「有名人だからね」


 よっしゃぁあああッ!!!

 来た来た!! 俺のモテ期が来てるッ!!!


 イグニのテンションはここにきて自己記録を更新。

 可愛い女の子に有名人と言われて悪い気になる男はいない。


 だが、ここで天狗になるほどダサい行為はない。

 イグニはぐっとこらえた。


「そんな有名人のクエストを受けられるなんて光栄ね。帝都なら私に任せてよ。案内なら誰にも負けない自信があるから」

「そ、そっか。なら、頼んだ」

「うん。じゃあ早速行こうか。まずは有名どころから回ってみようよ」


 そう言ってエリィは3人を連れて店を出た。

 

 店を出る前にエリィはフードを被る。

 日よけだろうか?


「君たちは帝国の歴史について詳しい?」

「いや、全然なんだ」


 3人を代表してイグニが答える。


「そっか。じゃあ、先生が教えてあげるよ」

「お願いします」


 上機嫌なエリィにユーリが頭を下げる。


「帝国はね、『魔王』を倒した勇者パーティーにいた剣聖ケイン・エスメラルダが作った国なの。だから、エスメラルダ帝国っていうわけ」


 『魔王』、という言葉が出た瞬間にサラの身体がぴくりと動く。


「旧来の制度を使って復興しようとした王国と違って、帝国は徹底した実力主義をしいたの。ここら辺は有名かな?」


 こくり、と3人が頷く。

 サラは分かってるかなぁ、と心配するイグニ。


「だからね。帝国は人種関係なく生き残った多くの種族を取り込んだってわけ。実力さえあれば、誰でも関係無いんだよ。例えそれが皇族でも、ね」


 それが誰の事を指しているのか分からないイグニたちではない。

 第一皇女にして、魔法使いたる“しなず”のセリアだ。


「というわけでまずはここ! 帝都と言えばここを見なきゃね!」


 そう言ってエリィが前を指さす。


 前方には巨大な城。皇族たちが住んでいるのだろう。

 その城の前は大きな広場になっており、中心には10mを超えんばかりの銅像が立っていた。


「初代皇帝ケイン・エスメラルダの像! 凄いでしょ!!」

「……大きい」


 見上げながら、ポツンとサラが呟いた。

 確か王国にも勇者たちの像はあるが、ここまで大きくは無い。


 剣を地面につき、それに両の手をのせている剣聖の姿はまさに英雄と言わんばかりだった。


「生誕祭だとこの広場でパレードするんだよ。すっごいから、絶対見ていってね」

「ああ。その時も案内を頼んでも良いか?」

「悪いね。もう、別の依頼が入ってるんだ」


 そう言ってニコッと笑うエリィ。


 ……あれ? 

 この笑い方どっかで見たことあるような……。


「さ。この周りで剣聖グッズが買えるよ。どうだいお兄さん。お姉さん。買っていかない?」


 そういって、周りの露店を指さすエリィ。

 だが、それにユーリが首を傾げた。


「お姉さんはいないよ?」

「いやいや。君がお姉さんでしょ」

「ボクは男の子だよ?」

「え゛……?」


 エリィは膝から崩れ落ちた。



 それから、イグニたちを連れまわすようにして帝都を案内して回ったエリィは、日没にさしかかった辺りでお勧めの酒場を勧めると、今日の案内はここまでと言って切り上げた。


 イグニたちから礼を告げられながら、夜の闇に溶け込むようにそっと路地裏を駆け抜けて、地下に入ると迷いもせずに最短で目的地までたどり着く。


「……ちょっと臭うかな」


 いつもの隠し通路からこっそり城の中に戻ったエリィは、フードを脱ぐ。

 そして、隠し通路の入り口になっている掃除道具が入っている小屋に隠していた自分の服に着替えて、何食わぬ顔で城の中に戻った。


 そして、毅然とした顔で廊下を歩いていると、向こうから妹が従者を連れてこちらにやってくるのが見えたので、ニコッと笑う。


「……エリナ姉さん」

「あら、。顔色が悪いわよ」


 それは、アリシアの愛称。

 親しい者しか呼ばぬその名前を呼ぶ彼女こそ、


「いえ、大丈夫です。心配をおかけしました」

「かしこまらなくても良いわよ。姉妹なんだから」


 エリナ・エスメラルダ。

 エスメラルダ帝国2である。

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