第5-2話 ギルドと魔術師

「よし、観光に行くぞ! ユーリ!!」


 いざケモ耳観光に行かんとイグニはたぎる血に身体を任せていたが、それをユーリが止めた。


「待って、イグニ」

「ん?」

「先に帝都を案内してくれる人を探さないかい?」

「むっ!! 確かにユーリの言う通りだなッ!」


 と、テンションがおかしいイグニ。


 何故ならそれはイグニにとって渡りに船。

 これはもう可愛いケモ耳少女に案内してもらわないと気が済まんと言わんばかりにテンションを1人上げる。


「よし、そうと決まれば冒険者ギルドに行くぞッ!」


 冒険者とはモンスターを倒したり、厄介事を解決したりするのが仕事ではあるが、駆け出しや怪我をしておりモンスターの討伐で生計を立てられない場合、案内人などをやることもある。


 何しろ異国の地にやってくる者はいるが、初めてやってきた者は地図を見たところで地図のどこにいるのか分かる物でもない。そのため、現地のことを知りつくした案内人というのはそれなりに重宝されるのだ。


 それに加えて冒険者ギルドという絶対的な仲介者付き。

 変なことをしようものなら、冒険者たちにもデメリットが降り注ぐので安全性も担保されている。


 しかし、テンションだけで行動しているイグニは根本的なところを忘れていた。


 そう。冒険者は男が大半である。

 はて、彼が女性の冒険者……それも獣人を引く確率たるや。


「え、帝都の案内ですか? 依頼を出してみますけど、Fランク冒険者しか来ませんよ?」

「大丈夫です。旅行なので」


 受付嬢の言葉にユーリが返す。


 彼らはさっそく冒険者ギルドにやってきて、クエストの依頼を出そうと依頼。帝都の冒険者ギルドと言えば、もっと活気のあるものだとイグニは考えていたのだが、それを裏切るようにギルド内は死んだような目をした冒険者や若い冒険者しかいない。


 不思議なことに熟練の冒険者たちがいないのだ。


「旅行? ああ、皇帝生誕祭がもう控えていますもんね」


 さらっと知らないワードをぶち込んでくる受付嬢。

 え、そうなの? みたいな感じでお互い顔を見合わせるイグニとユーリ。


「それにしても、こんな時期に旅行なんて物好きですね」

「えっと、何か不都合があるんですか?」


 ユーリが尋ねる。

 その言葉に受付嬢は目を丸くして驚いた。


「……まさかとは思いますけど、先週ここで何があったのかご存じないんですか?」

「は、はい。今日ここに来たばかりで」

「じゃあ、本当に知らないんですね」


 受付嬢が、ふぅ、と息を吐く。


「来たんですよ。竜が」

「……え?」


 ユーリが聞き返す。

 これは言葉が聞き取れなかったというよりも、言葉の意味が分からないと言った顔だな。


 と、思いながらもイグニは受付嬢の続きの言葉を待った。


「ドラゴンが来たんです。帝都に」

「ど、ドラゴンがッ!?」


 ユーリが素っ頓狂な声をあげて、ギルドにいた冒険者たちの視線を集めた。


 ドラゴンと言えば問答無用の最強種。

 賢く、強く、そして長くを生きる。


 冒険者ギルドの中でSSS指定されている数少ないモンスターだ。


 SSS指定モンスターは、冒険者たちでは手に負えない。

 そうであるが故に、SSS指定モンスターは“極点”が出る。


「今はいないということは、セリアさんが倒したんですか?」


 イグニの問いかけに受付嬢のお姉さんがこくりと頷いた。


「はい! セリアが撃退されました!!」


 受付嬢のお姉さんがドヤ顔で頷く。


 流石というか、なんというか。

 イグニは感心。


 セリアは“生の極点”。

 第一皇女にして、“極点”という高みに手を伸ばした彼女は帝国民からの人気は高い。


 “極点”の話をするときに出てくる『誰が一番強いのか』は、他の国なら雑談になるが帝国では一瞬で終わるという。皆がセリアと答えるからだ。


「しかし、ドラゴンは帝都を諦めて東の港町エスポートに今は居座っちゃったんです」

「……なるほど?」


 しかし、その言葉でイグニは首を傾げた。


 確かにセリアは“生の極点”。瞬間最大火力で言えばルクスやイグニには届かない。

 故にドラゴンを討伐できず、撃退したというのは分かる。


 だが、港町エスポートはイグニでも知っている帝国の重要拠点。

 帝都と距離の近いそこは、物流のかなめだ。


 帝国の経済にも関わっている。そんな場所に居座ったのに、撃退していない?


「セリアさんは、今なにを?」

「それが……と言って、どこかに行ってしまわれたんです」

「……なるほど?」


 “極点”の多くは国が所属し、その国の利点となる行動を取る。そのため、最優先事項は国に関わることであり、その国を維持あるいは拡大するための任務につくのだ。


 だが、それにしたってドラゴンよりも重要な任務などがあるのだろうか。


「ということは今、セリアさんは」

「帝国にはいないと思います。皇帝生誕祭までに戻って来るのかどうかも……」


 少し残念そうにそういう受付嬢。


 ああ、これセリアのファンだな……。


 と、イグニは納得。

 強い男がモテるように、強い女もモテるのだ。


 色んな意味で。


「貴重な情報ありがとうございます。ボクたちはあっちの喫茶店で時間を潰してますので」

「はい。クエストが受注されましたら、呼びますね」


 ギルドに内接された喫茶店はもとより、そのために時間を潰すためのものである。

 ということで、イグニたちは喫茶店に移動。


「サラ。好きなものなんでも頼んでも良いからな」

「イグニ。これなに?」

「ん? どれどれ」


 フロートなんとかと書いてあるそれは、最近はやりの氷菓子を飲み物と合わせたソレだ。

 デートの下見の時に、1人で長蛇の列に並んで買った思い出を脳裏によぎらせながら、イグニはサラに伝えた。


「これはな、冷たい氷菓子が飲み物の上にのってるやつだ。美味しいぞ」

「これにする!」

「じゃあボクも同じものにしようかな」「俺も」


 ということで3人そろって同じものを頼むと、イグニたちは顔を見合わせた。


「……ドラゴンか。まさかこんな所にいるとはな」

「イグニのお爺さんがここに来たのって……まさかドラゴン退治?」

「いや、だとしたら道中で倒すと思うぞ」

「ど、道中で……」

「わざわざ避けて来たってことは、何か理由があるはずだ」

「理由……?」

「まあ、そんなの考えたってしょうがない。俺たちは観光を楽しもうぜ」


 正直イグニの心はドラゴンなんかよりも、ケモ耳女の子に向けられている。


 流石のイグニもSSS級のモンスターとは対峙したことが無いが、何とかなるだろうとは思っている。


「イグニ。帝国って、なに?」


 注文した氷菓子を口に運ぶ前にサラがそう聞いてきた。


「帝国って何……か。難しい質問だな」


 とは言っても、女の子から頼られたので答えねばなるまい。


「帝国はな。剣聖が作った国で、アリシアの出身国だ」

「アリシア」


 ちょっと微妙な顔をするサラ。

 そう言えばサラはアリシアが苦手だった。


「ああ。サラの腕輪を作ってくれた国でもあるんだぞ?」

「そうなの?」

「ああ」

「じゃあこの国好き!」


 そう言ってほほ笑むサラは天使みたいだった。可愛い。

 そんなこんなで雑談をしていると、目の前にフードを被った女の子がやって来た。


「貴方たちが、この時期に帝都にやって来たお馬鹿さんたち?」


 そして、1つだけ空いていた席に座った。


「ギルドから聞いたわ。私が案内人のFランク冒険者。エリィよ」


 そういう女の子だが、イグニの視線は自然と上に向かう。


 ……っ!? 

 そ、その頭の形は……ッ!!


「あら、これが気になる? 帝都に来るのは初めてかしら」


 そう言ってフードを取った瞬間、はらりと金の髪が舞い降りる。

 乳白色の肌に、碧眼。アリシアと言い、エリィと言い、帝国には金髪碧眼が多いのか……ッ! と、イグニは突っ込みたくなるがそれよりも先に目に入るのはほかでもない。


 ね……っ!

 ね……ッ!!


 猫耳だーッ!!!!!!

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