第4-33話 夏と冬と最強種
「うわ……っ! あっついね、この部屋! あれ!? なんでイグニ、冷房つけてないの!!?」
村からロルモッド魔術学校の寮に戻ってきたユーリがルンルンで部屋の扉を開けたら、信じられないほどの熱気が襲ってきた。部屋の中では床の上で大の字に寝るイグニ。
夏休みも始まってから二週間足らず。
暑さはこれから本番だというのに、部屋の中は尋常ではないほどに暑かった。
「おう……。ユーリか……」
「窓は……開いてるんだね。風が全然吹いていないから、こんなに暑いんだ……」
「冷房は……壊れた……」
床の上で沈黙するイグニが呟く。
イグニも先日こちらに戻ってきたばかりであり冷房の魔導具を使って、部屋の中で快適に過ごしていたのだが、今日の朝に煙を吹いて壊れた。教員に相談しに行ったら、技師が明後日まで来れないだとか何とかいわれてしまい、こうしてせめてもの冷を取るためにひんやりとする床に身体をつけていたわけである。
「ボクがなんとかするよ」
ユーリはそう言って、水の球を生成すると風をふかして外の空気と部屋の空気を入れ替える。それで、部屋の中が凄まじく涼しくなってきたので、イグニはぬっと身体を起こした。
「……助かった」
「うん。それなら良かった」
ユーリがにっこり笑う。
「イグニは今日、何してたの?」
「サラと一緒に遊んでたぞ」
ずっと地下にいると彼女も気が滅入るだろうと思って、今日はサラと一緒に遊んだ。サラもどこで覚えたのかずっとデートデートというもので、周りから暖かい目で見られたのである。
ふと、そのタイミングでイグニはあることを思い出した。
「あ、そうだ。ユーリ。手紙を貰ってるぞ」
「手紙? 誰から?」
「“
イグニはアウライト家で姉妹から預かった手紙をユーリに手渡す。ユーリはそれを開くと、中には村での生活への感謝とまた会おうという言葉だけが端的にまとめてあった。
「何だか凄いね。こうやって、ちゃんと手紙をくれるなんて」
「ちゃんと覚えてもらおうとしてるんだな」
手紙1つあるだけでも、人が感じる気持ちはかなり違う。
こうした細かな気遣いはきっと彼女たちを他の傭兵とは違う場所へ連れて行くんだろう。
「あ。手紙なら、ボクもさっきもらったよ。イグニにって」
「俺に?」
ラブレターか? と、大真面目にユーリから手紙を受け取ったイグニは、その場で取り出して中身を確認。
「……じいちゃんからだ」
珍しい相手から手紙が来たものだと思いながら、イグニは手紙の中身に目を通す。独特ながらも読みやすいその文字を全て読み切って、ため息をついた。
「じいちゃんらしいな」
「どうしたの?」
「3日後、迎えに来るって」
「実家に帰るの?」
「いや、
「それって……サラちゃん?」
「だろうな。どこで知ったんだか……」
「その、どこに行くの?」
「行き先はな」
と、イグニが言おうとした瞬間、部屋の扉がバーン! と空いた。
「イグニ! 夕食に行かないか!!」
中に入ってきたのはエリーナである。
「エリーナさん!」
「ユーリ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うん。ボクは元気だったよ。それにしてもエリーナさん。大丈夫なの? ここ女子禁制だよ?」
「そうなのか? 下でイグニに会いたいと言ったら通してくれたぞ」
そう言って胸をはるエリーナ。
往々にして女の子の規制が緩いというのはよくある話である。
「ああ、そうだな。飯に行こうか。ユーリも来るだろ?」
「うん。邪魔じゃなかったら」
「もちろんだ。行こう」
エリーナがそう言うので、イグニはそっと手紙を机の上に置いた。
そこには『行き先はエスメラルダ帝国』との文字が、踊っていた。
――――――――――――
「ねぇ、イリス」
艶やかな金の髪が月光に照らされ、静かに光る。普段は帽子によって隠れているそれを、むしろ見せつけるかのように周囲に開いて声の主はまっすぐ歩く。
そして、彼女の側に仕えた従者が彼女の2歩後ろを歩きながら、目の前を歩く第三皇女に付いていた。
「……はい。アリシア様」
「アリシアで良いわよ」
「ここで呼び捨てにしたら殺されます」
「じゃあ、部屋に入るまで話を聞いて」
「……はい」
イリスが
自分が地方3流貴族の実家に帰っている時に皇女からお付きの者に指名された喜びも、その皇女がアリシアだった衝撃も、すでに2週間以上も前のことだ。
「イリスは、英雄を信じる?」
「英雄、ですか?」
アリシアは敬語など要らないと言ったけれど、城の中で皇女にため口など使えるはずもなくイリスは尋ねる。
「そう。物語の英雄」
彼女は月明かりだけが差し込む廊下を歩きながら、歌うように口ずさんだ。
「しがらみなんて気にしないで、どんな理不尽にも砕けないで、ただ誰かを救うような英雄が」
「……います」
アリシアの問いに、イリスが答える。
「誰?」
「イグニ様です」
「……そう」
それは、アリシア自身が予想していた名前だった。
「でも、イグニはここには来ないわよ」
「そう、ですね」
彼女たちが居るのはエスメラルダ帝国帝都、その中心にある巨大な城。
「ですが、イグニ様ならきっと」
「不思議ね。どうしてあなたはそこまでイグニを信用するの?」
「私、人を見る目には自信があるんです」
「……そう」
アリシアはイリスの自信満々な顔を見て、ほほ笑んだ。
「それは、良いことね」
「はい!」
ふと、アリシアはその時に空に不思議なものを見た。
「……あれは、何かしら」
「どれですか?」
横からイリスが顔を出す。
「ほら、空に」
空から白いものが降ってきていた。
そして、気が付けば真夏だというのにぐんと気温が下がり2人の吐く息が白く染まっていく。
「……まさか、これって」
それは、到底この暑さでは考えられない異常気象。
「「……雪?」」
そして、2人の声が被った。
けれど、アリシアたちは知っている。
この世界には、理を書き換えてしまう存在がいることを。
この世には、国一つを破壊する魔術を常に動かし続けている存在がいることを。
天災魔術『冬』。
ただ1文字。ただ1つの名前を冠するその魔術は、しかしそれ以外の名前で形容ができず、それを使える唯一の個体と全く同じ名前を持っている。
「……なんで、ここに」
“
長きに渡り生き、かの大戦をも生き抜いた最強種。
ドラゴンたる彼女は、ただ帝都の空で雪を降らせる。
『良い土地ね』
そして、彼女はそこでほほ笑んだ。
To be continued!!!
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