第4-32話 父と魔術師
全てが片付いた翌日、午後。アウライト邸にて3人がセッタと対峙していた。
「ありがとう。イグニ君。そしてラニア君にニエ君」
セッタは意気消沈したハウエルを引き取りながら、そう言った。
「あの鉱山が元通りになって、これでアウライト家もしばらく安泰だ」
彼はメイドのエラに頼んで、報奨金を3人に渡した。
ずしりと重いそれは、並大抵の額ではない。
それだけ今回の依頼が本気だったということだろう。“
しかし、大会の優勝賞金がいまだに残っているイグニはそこまでお金に興味がない。そもそも稼ごうと思えば冒険者としていくらでも稼げるので、そこにこだわりはないのだ。
「礼なら、エリーナにも伝えておいてください。彼女がいたから、俺の参戦が間に合いました。もし、俺が間に合わなければ今頃彼女たちは記憶を改ざんされてあったことを忘れていたでしょう」
「……うむ。それについてなのだが、後で話そう」
セッタはそう言うと、ちらりとエラを見た。
「“
「はい。旦那様」
深く一礼すると、エラが“
「まさか、こうして2つの依頼を同時にこなすとはな。最初聞いた時、驚きが隠せなかったよ」
「……どこまで知っていたんです?」
「なにも」
そう言ってセッタがパイプを咥えた。
「……本当だ。ハウエルがちょろちょろと散歩をしているのは知っていたが、まさか鉱山の一件に嚙んでいるとは知らなかったな」
「そっちじゃないですよ。あの村の件です」
「……ふむ?」
数十年に一度、儀式と称して『蟲毒』を行いたった1人の子供だけを選抜する。それは、確かに優れた魔術師を生み出す方法としては間違えてないだろう。だが、問題はその頻度だ。数十年に一度、村からその年代の子供たちが居なくなる。
なら、どうしてあの村にはあそこまで人がいるのだろうか。
「あなたは最初から知っていたんでしょう。あの村のことを。あそこで行われている儀式を」
「……ふむ」
セッタが唸る。だから、イグニは続けた。
明らかにあの村は歪だった。
「あれだけ大きな呪刻もそうだ。あそこの村人だけで作ったと考えるのも不自然だ。不可能だとは思わない。けれど、やはり不自然だ。何らかの介入があると考えるのが……自然ですよ」
人の命を
「イグニ君。君は、アウライト家の歴史を知っているかね」
「……人並には」
「結構。ならば、よく知っているだろう。数多くの英雄を排出してなお、“極点”がいないということを」
「……ええ、それは」
しかし、それは数多の貴族の“普通”であり、だからこそ念願だ。
「あれは、私の祖父の代より前からあるらしい。古い古い遺産だよ。何でも大戦よりも前からあったらしいのだ」
「……大戦より前から?」
大戦、という言葉が指すのは一つだ。
人類がその数を大きく減らされた忌むべき厄災たる『魔王』との戦い。
「なぜ、その時代から……? 『魔王』より前の時代に、優れた魔術師を生み出す必要があったんですか?」
「あったんだよ。イグニ君は『
「……いえ」
「かつて、『魔王』との戦いよりも前にあった思想だよ。魔術師であらねば、人にあらず。優れた魔術師こそが、優れた人類であるという思想だ。今でも、一部の魔術師の間に残っている思想ではあるがね」
イグニは初めて聞いた言葉に黙った。
もし、それが今の時代に残っていればイグニは家から追放されるだけでは済んでいなかったかもしれない。
「イグニ君。『魔王』は魔術が使えなかったという話を聞いたことがあるかい?」
「……そうなんですか?」
「噂だよ。おとぎ話のね。だから、多くの国は『魔王』に油断した。魔術の使えぬ者が、どれだけ死力を尽くそうと魔術師に勝てるはずがないと踏んだわけだ」
「…………」
「けれど、実際に『魔王』は強かった。魔術師たちは何も出来ずに殺された。だから、『
セッタが深く息を吐き出す。紫煙が揺らいだ。
「話がそれたな。つまり、優れた魔術師を生み出すシステムは今や“極点”を生み出すためのシステムに組み替えられた。あれは“王家”も公認でね。しっかりと管理させてもらっている」
「……っ!? 王家も……!?」
流石にそこまでは予想していなかったイグニは困惑。
アウライト家が関与しているくらいだと思っていたが、まさかそれより上がいるとは。
「そうだ。我々は
「……前回は、いつ行われたんですか」
「30年ほど前だったかな」
「……勝者は」
「目の前にいるじゃないか」
「…………ッ!?」
セッタは少しだけ目を細めて、ほほ笑んだ。
「アウライト家には一人娘しか居なくてね。誰かが嫁ぐ必要があったのさ」
「……そんなことが」
「そんなに不思議なことでもあるまい。むしろ、
「……その名前は捨てました」
「君の父上には昔お世話になってね。貴族社会に踏み入れた私に、貴族の礼儀を教えてくれたのは他ならぬ君の父上だ。同じ“極点”の頂を狙う者として、互いに切磋琢磨しあったものだよ」
「俺に父はいません。いるのは祖父だけです」
「そうか。ふむ。まあ、それも悪くない。あの“極光”の孫というのであれば、その強さにも納得がいく。どうにもハウエルとエリーナが世話になってばかりだ」
セッタは再び紫煙を曇らせた。
「……エリーナにも、救われました。その旨はちゃんと」
「……ああ。そのことなのだがね」
セッタはその時、初めて困ったように眉を細めた。
「エリーナはな、駄目なのだ」
「何がですか?」
「甘やかすとな、あれはすぐに調子にのる」
「…………」
ちょっと理解できるイグニは閉口。
「その塩梅が難しくてな……。少し褒めただけでやれ自分は一番だと言い出して、手に負えんのだ……。しかも一度調子に乗ると私の話も、彼女の母の話も聞かなくなる」
「……あー。それは…………」
分からなくもないどころか、分かりすぎるのでイグニは言葉に詰まった。
けれど、やはりセッタはエリーナの父であるのだからこれだけはちゃんと言っておかねばならないだろう。
「……それは、エリーナをちゃんと見てないからですよ」
「…………ん」
今度はセッタが黙り込んだ。
「エリーナは、可愛い子です。一途で、まっすぐだ。そんな良い子なんだから、あなたもちゃんと……真正面から受け止めてあげるべきです」
「…………む。うむ」
セッタは本当に酷く困ったように眉をひそめる。
それは“極点”に手を伸ばした男ではなく、年頃の娘と向き合うことの難しさに直面する父親の顔であり、
「…………善処する」
とだけ、言った。
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