第4-26話 依頼と魔術師

「……村まで、ユーリを送っていくよ」

「ああ、そうだな。私たちも途中まで同行しよう」


 イグニは泣き止んだユーリの背中にそっと手を置いて、坑道を戻る。外にでると、すっかり夜になってしまっており、夜空に無数の星が煌めいて見えた。


「綺麗だな」


 ぽつりとイグニは呟く。


 後ろにいた3人が、その光景に圧倒されるままに頷いた。空はきっと、その日と変わらずにそこにあるけれどユーリの心はあの日とは違うのだ。自分の本能に突き動かされて、誰かを殺してしまった日とは違う。自分の力を恐れて、殺すしかできなかったあの幼き頃とは違うのだ。


「行こうか、ユーリ」

「……うん」


 このことを領主であるセッタに伝えれば、何かしらの対応がこの村にされるのだろうか。子供たちを儀式に使うなどとは、禁術に近しい。どこの国も秘密裡にやっていることとは言え、それは情報が漏れないことを前提に入れているからだ。


 こんな国境付近の村で堂々とやられてはたまったものじゃないだろう。

 だが、それは後だ。今はとにかく、ユーリを休ませることが先である。


「ユーリ、身体は大丈夫か?」

「う、うん。動くよ」

「痺れは? 動かしづらいところとかはないか?」

「大丈夫、だと思う」


 ゆっくりとユーリを連れて歩きながらイグニは何度も確認。それもそのはず。ユーリは数年間使えなかった攻撃魔術を人に向かって使ったのだ。どこかしら、体調に不備が起きていてもおかしくはない。精神の不備は、肉体にも伴う。


 だから、いつユーリが体勢を崩してもいいようにそっと後ろで支えながらイグニはエリーナに言った。


「エリーナ」

「どうした」

「もちろんだ」


 そして、そっとイグニたちはそこを後にした。

 エリーナたちは村に降りていく彼らに踵を返すように坑道に向かった。


「ごめん、イグニ。迷惑をかけて」

「良いって。友達だろ」

「うん。友達。そうだね」


 ほっと溜息をつくユーリ。


「今日は、どうする? どこで寝る?」

「……ん。今日は、もう順番が決まってるから、のところで寝るよ」

「その……良いのか?」


 イグニは心配そうにユーリを見つめる。あんなことがあった後だ。いくら村の風習で決まっているとは言え、流石にそれは辛いだろうと心配してのことだったが。


「うん。大丈夫だよ」


 泣きはらして、目の周りが赤くなった様子でユーリはイグニに伝えた。


「ボクは、あれを生き残ったんだ」

「…………」

「だから、みんなの分も生きないと」


 そう言ってほほ笑むユーリは今までのような気弱な笑いではなく、気力に満ち満ちた微笑みで、


「そうか」


 イグニは安心して、首肯した。


 それは、ユーリが選んだことなのだ。

 彼自身が悩んで、悔やんで、それでも掴んだことなのだ。


「じゃあ、そこまで送っていくよ」


 それを祝福するのが、友人としての務めだと思ってイグニはユーリを見送った。



 ――――――――――――――――


「その、良いんですか?」


 坑道を再び下に降りながら、ニエがエリーナに尋ねた。

 その問いには多くの意味が含まれていて、エリーナはニエがどのことを聞いているのか、全てを掴むことは出来なかったけれど、頷いた。


「問題ない」

「でも……その……」


 坑道を下りながら、渋い顔のニエ。


「ユーリについてはイグニがいる。私たち以上に安心だというのは、分かるだろう?」

「ま、それはそうだよね。イグニ君あんなに強いと思わなかったよ」


 エリーナの言葉に、頭の後ろで手を組んだラニアが気楽に返す。

 彼女たちがつい先ほどみたばかりの魔術の極み。魔術師の最奥の御業を見せつけられて、それに震えない者はいない。


 そして、だからこそ彼に託されたことはやるべきなのだ。


「……本当に、やらないと行けないんですか」


 ニエが聞く。エリーナは剣を抜きながら頷いた。


「勿論だ。父上からのクエスト内容は何だった」

「『鉱山を使えなくした元凶を取り除け』」


 ニエの代わりにラニアが吐き出す。


 そして、そっと腰の短剣を抜いた。


 ジ、と音を立てて剣に刻み込まれているラインがぼんやりと青に光り始める。ダンジョンより算出した魔剣たる『断剣ウルネス』。それに魔力を流し込みながら、敵に備える。


「エリーナちゃん。本当に良いの?」

「何がだ?」

「だって、相手って……」

「構わん」


 エリーナは静かに吐き出す。


「これは父上から受けた依頼であり、イグニから託されたことだからな」

「カッコつけてるけど後ろ半分でしょ? そんなにやる気なってるの」

「ん゛ん゛っ」


 エリーナは咳払いでそれを払うと、魔力を熾して広間に出た。


 一日のうちに2度もそこにたどり着くとは思っていなかったが、こうなってしまっては致し方ない。


「んで、今回の条件はどうするの?」

「殺害、だ」


 ラニアの問いにエリーナが答える。


「ほ、本当に言ってるんですか!?」

「……それくらいで挑まねば、こちらが死ぬ」


 そして、対敵した。


「む? 何だ。エリーナではないか! その後ろにいるのは……むむ! 知っているぞ。今を時めく“白夜しろくろ姉妹”ではないか!!」

「……なぜ、ここにいるんですか。ハウエル兄さん」

「何故、とは不思議なことを聞くな! 俺がここでしていることなど、説明しなければ分からないほどではないだろう!!」


 『人の澱み』は人の負の感情よりにじみ出て、ものを指す。それは強いマイナスのエネルギーであり、強い負の力だ。だが、そうであるが故に、自然にを持つなど


 それこそ、誰かが人の澱みの中に指向性を与えない限り、だ。


 だが、坑道の中にいた『人の澱み』は意志を持っていた。

 ならば、誰かがそれに餌を与えたのだ。


「なに、ただの経過観察だ! 呪いが酷く弱まってしまってな。このままでは、消えてしまうものでな。それは、から餌を与えにきたというわけだよ!」

「……それは鉱山を使えなくしているんですよ。兄さん」

「うむ! だからな、これを外に出そうと思っているのだ」

「…………なぜ?」

「ある程度の自律思考が出来る呪いなど、使い道はいくらでもあるではないか! エリーナ、お前はもう少し魔術師よりの思考をしていると思ったが……やはり駄目だな。なにも分かっていない」

「ラニアッ!」


 エリーナが叫ぶと同時にラニアが短剣を抜いて、横一文字に切り裂いた。


「『万象断つは我にありポロス・ウルティネス』ッ!」


 それは魔剣の権能解放。

 ラニアの視界に入っている全てが、その剣の射程となる。

 

 バヅン!! と、ハウエルが上下の真っ二つに裂ける。


「『岩石鎧テツラ・アムド』」


 だが、ハウエルの身体が地面に落ちてしまうよりも先に詠唱が間に合った。

 凄まじい勢いで岩がハウエルの身体を覆いつくすと、ハウエルが詠唱。


「『治癒ヒール』」


 そして、ちぎれた身体は岩の鎧というギプスの中で再生開始。


「反応は良し。だが、追撃が無いのが駄目だな!」


 そう言ってハウエルは笑うと、戦闘態勢ファイティングポーズを取った。

 

 クエストの最終目標達成のために、エリーナが動いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る