第4-27話 一番の魔術師

「私が前に出る。二人は後方から支援してくれ!」

「わ、分かった!」


 ラニアの返答を待たず、エリーナは『身体強化アクティブ』を発動。ハウエルの魔術のほとんどは【地】属性の魔術である。当然、彼にとって治癒魔術は得意とするそれではなく、故にそこに好機がある。


「『浸食蔦弾プラント・パラサイト』ッ!」


 エリーナの詠唱と同時に、地面から4つの花々が芽吹くと同時に、ハウエルに向かって種を射出。だが、それと同時に地面から現れた壁がそれを防ぐ。


「……シィッ!」


 飛び込んだエリーナの一閃。身体強化を載せて、速度も維持した状態での一撃だが、それでもハウエルの岩の鎧に傷を1つ付けたに過ぎない。


「『蠢く者は捉えて伏せよ』」


 どろり、とハウエルの影が形を変えるとハウエルの両足を縛った。


「むっ! 『強磁力テツラ・マグネティカ』ッ!!」


 バジッ! という鋭い音とともにハウエルの身体空中に跳びあがり、


「うむ! うむうむ! なかなか良きチームワークだな!!」


 そして、天井に地面をついて3人を見下ろした。


「……追ってっ!」


 ラニアの合図とともに、球状の物体が3つ。彼女の周りに一瞬ふわりと浮かび上がると、次の瞬間凄まじい速度で天井にいるハウエルに肉薄――爆破ッ! 岩石が大きくめくれて落ちてくる。


「うむ! 知っているぞ! 『ホーミングボム』だな! ダンジョンの比較的浅い階層で産出するのに対して、高い火力を持っている迷宮潜りの必需品だ!!」


 だが、果たして爆炎の中から無傷のハウエルが姿を見せる。

 そこには、天井と一体化するように黒い岩で覆ったハウエルが居て、


「『茨棘槍プラント・ランス』ッ!」


 エリーナの詠唱。


 キュドッ!! と、鉄すら簡単に貫通する硬度を持った棘の槍が天井から生えるとハウエルを貫く。


 ギギンッ! 激しく火花を散らして、植物と岩がぶつかったとは思えないような衝撃音と火花を散らして両者の魔術がぶつかり合った。


「……うぅむ。足りぬな」


 ハウエルは困ったようにそう言うと、


「弱くはないが、強くもないな」


 そう言って、地面に降りた。


「だが、俺としては君たちを攻撃する必要が無いのだ! ははは!」


 それだけの攻撃を全てしのぎ切って、ハウエルは笑った。


「ね、姉さま。この人何なんですか!」

「……分かんない」


 “白夜しろくろ姉妹”が、震える声でそう言った。


「……なんというか、強いって話じゃないですよ」


 ニエはぐるぐると腕を回し続けるハウエルを見て、そう言う。



 ニエは震える手で触媒たる杖をぎゅっと握りしめた。

 ラニアもまさか上半身と下半身を切り分けてもすぐに戦線に復帰してくる化け物がいるとは考えたこともなく、ただ状況を理解するので精一杯だった。


「俺としては、ただこの場をなにも無かったことにしてくれるのが助かるのだが!」

「……そうすると、兄さんはあの『呪い』を復活させるだろう」

「うむ! それが俺の研究だからな!」

「……ダメだ」


 過去に『もしも』はあり得ない。

 どれだけ縋っても、結果は変えられないからだ。


 だが、人であるならばそれを考えてしまう。

 

『もし』ハウエルが意思を与えなければ、人の澱みとして彼らは長くを保たず消えていたのではないだろうか。

『もし』ハウエルが意思を与えなければ、数年間も蟲毒を続けることもなかったのではないだろうか。

『もし』ハウエルが意思を与えなければ、この鉱山で人が死ぬことも無かったのではないだろうか。


 限りない『もしも』がエリーナの頭の中を抜けていく。


「ふうむ。どうして、駄目なのだ? この儀式を行ったのは俺じゃない。鉱山で犠牲になったのも魔術師じゃない。構わないじゃないか!」

「死者への……冒涜だ」


 エリーナはハウエルにそう言うが、彼はきょとんと首を傾げた。


「何を言っているんだ? 死者は何も語らない。死者は何も言わない。それは俺たちのエゴだ」

「だが、鉱山で死亡事故も起きているんだぞ!」

「うむ。だが、まあ鉱山での死亡事故は珍しいことじゃない」


 ハウエルが真正面から吐いた言葉にエリーナは困惑した。


「何を……言ってるんだ。兄さんは」

「鉱山では死ぬのだから、事故で死のうが呪いで死のうが関係ないだろう?」


 エリーナはその言葉を聞いた瞬間、自分は兄と分かり合えないことを理解した。


「……分かった。もういい」

「おお! 理解してくれたか!!」

「兄さんとは、分かり合えないことが分かった。だから、兄さんをここで捕縛して父上に差し出す」

「……ううむ。それは困るな。そうすると研究が続けられなくる」


 ハウエルが、ひとり呟く。


「だが、まあ捕縛されなければ良いだけか」


 幸いにして、記憶をある程度操作するくらいのポーションであれば手持ちにある。エリーナたちを捕まえて飲ませれば、事足りるだろう。


「うーむ。このような状況で手合わせなど、やりたくは無かったのだがなぁ」


 ハウエルは深くため息をついて、手をあげた。


 ――――――――――――


 ただ、圧倒的だった。


 最初の10秒でニエを無力化したハウエルは、カバーに入ったラニアを次の2手で鎮圧した。そして、最後に残ったエリーナに15秒かけて1人そこに立ち尽くした。


「うむ。弱くはないな。流石だ」


 そして、先ほどからずっとかけ続けてきた『治癒ヒール』を解除。ようやく上半身と下半身が繋がった。


「……つよ、すぎ」


 右腕と左足を折られ、痛みで魔術を詠唱できなくなったニエがつぶやく。

 ラニアは肺をやられており、浅く呼吸を繰り返していた。


 最も傷が深かったのは、エリーナだった。


 まず、最初の3秒で両目を潰された。次の7秒で、四肢の骨を全て折られた。

 そして、最後の5秒で背骨を折られた。


 全ては彼女が【生】属性の魔術師だからである。


 ニエの傷も、ラニアの傷もポーションや治癒師にかかれば一瞬で完治するだろう。

 だが、それらがここに無いため、それで足りる。


 だが、エリーナは違う。

 エドワードと同じ適性の【生】の名を冠する属性魔術は、その名の通り傷を癒す。


 故に、ハウエルはそれだけの傷を負わせたのだ。


 エリーナは最初に目を癒した。

 次に背骨を治している途中で、ハウエルがそれに気が付いてエリーナを見下ろした。


「……む。治さない方が良い。それは俺に対して戦闘継続の意志があると言っているようなものだ」


 ハウエルはエリーナのことをそう言った。


「死なないように傷は手加減してある! 記憶を無くした後に治癒ポーションを飲めば、痛みも少なくてすむぞ!!」


 だが、エリーナはそれを聞かず両足の治癒に転じた。


「……む? そう頑固だったか。エリーナ」


 そう言って、ハウエルは治癒途中のエリーナの脚の骨を折った。


「……ッ!!」


 声なき悲鳴がエリーナの喉からついて出た。


「エリーナ、お前では俺に勝てないのだ。勝てない戦をするな」


 それは、兄としての説教だった。

 ハウエルの愛情としての言葉だった。


 だが、エリーナは痛みに耐えながら両足の治癒に取り掛かった。


「……頼まれた、のだ」


 そして、剣を杖にして起き上がる。


「イグニからッ!」

「……む」


 音もなく生み出された岩石がエリーナの右足を貫いた。


「ッヅ!!」

「まだだ……ッ! まだ、私は戦うッ!」


 エリーナの未完成の魔術がハウエルに炸裂。

 だが、彼はそれを難なく防いで次の魔術を紡いだ。


「……イグニだけが私を認めてくれたんだ」


 エリーナの体勢が崩れる。

 それを脚の傷と判断したハウエルは接近。


 そのを、エリーナは逃さない。


「私が、一番なんだッ!!!」


 破れかぶれの特攻。右足を犠牲に、左足に身体強化を集中させたエリーナの斬撃は過去最高と言っても良いものだった。魔術と剣術を一体化させ、それらをともに組み合わせて戦う魔剣師としての彼女のベスト。


 例えそれが、左足の骨が砕けるために一度しか放てない斬撃であろうとも。

 彼女はイグニに応えるためにそれを使う。


「良い一撃だ! エリーナ!!」


 けれど、それでは卒業生ハウエルに届かない。


 エリーナはロルモッドの一年生。

 対するハウエルは、卒業生にして騎士団という前線で命を削る戦闘集団の出世街道を走る正真正銘の強者。


「だから、これで終わらせるぞ!」


 ハウエルの生み出した魔術は、エリーナの半身を吹き飛ばすそれ。しぶとい【生】属性の魔術師の魔術リソースを全て治癒に回すことによって戦闘不能にさせる一撃。


 それはハウエルの魔力を飲み込んで、




「『撃墜ファイア』ッ!!」


 初期魔術ファイアボールによって、砕け散った。


「流石は、エリーナだ」


 そして、そこにいるはずのない少年の声が響く。

 そう。エリーナの一撃はハウエルには届かなかった。


 けれど、それはただ1人に届いた。

 誰よりも何よりも、その場を変革しうるたった1人の存在に。


「ごめん。俺は治癒魔術を使えないから、君を治せない」


 ただ、赤髪の少年がそこにいる。

 エリーナとハウエルの間で、盾になるように両の脚を大きく広げて彼女の前に立つ。


「だから、代わりに全部を終わらせる」


 そして、彼は巨漢と対敵する。

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