第4-25話 理不尽と魔術師
イグニが花火……に見せかけた『ファイアボール』を打ち上げると、すぐに近くから花火があがった。ということは、そこに3人がいるということになる。
イグニはユーリを抱きかかえて『
空中を直線で移動すると、3人が待っている場所にたどり着いた。
「……うーわ」
エリーナたちのところにたどり着いたユーリが漏らしたのは、何とも言い難いドン引きの声だった。
かつて木々があった場所は焼け野原となっており、さらに奥にあった周囲の木々は鋭利な刃物で切断されたのか半径100mほどが、すっぱりと斬られている。
周りを見ると、3人を子供たちが取り囲んではいたものの、一歩も踏み込めないで遠方から見ているだけ。
エリーナたちは、その中心部で周囲を警戒しながらイグニたちの到着を待っていた。
そこに着地したイグニはユーリを放す。
「わわ……っ」
少し驚いたように地面に着地したユーリは、イグニ以外の3人の顔を見た。
「……みんな、来てくれたんだ!」
「当たり前だ、ユーリ」
エリーナが納刀しながら、ほほ笑んだ。
「私たちは友達だろ?」
「そうだよ! ユーリちゃん! それに、これをどうにかするために来たんだから、もっと私たちを頼ってくれてもいいのに!」
エリーナとラニアの励ましに、ユーリはほほ笑む。
「ありがとう。みんな」
そんなユーリを励ますように、そっとイグニはユーリの肩に手を置いた。
「無事ユーリも戻ってきたってことで、帰るか」
「イグニさん。そのことなんですが」
ニエが言いづらそうにイグニに伝える。
「先ほどから少し
「ああ、だろうな」
子供たちからすれば、ユーリを捕まえて『蟲毒』を再現すること自体が念願だったはずだ。
せっかく捕まえたユーリがこの空間から逃げないくらいの細工はしているだろう。
「その……どうやって出るんですか?」
「
「……え?」
こてん、と首を傾げるニエ。
「全員、俺の側から離れないでくれよ」
イグニは胸に手をあてる。
普段であれば、ただ心臓の鼓動しかないそこに強く意識を向けると、感じるものがある。
(……サラ、借りるよ)
見えないところで繋がっているそれは、魔力の
深い信頼関係の上でしか成り立たないそれを、イグニは優しく受け止めると『ファイアボール』を生み出した。
「『
ユーリの身に降りかかったものは、理不尽だ。
生まれ育ちが、ユーリを歪ませた。
その儀式が、ユーリを
そして、呪いが彼を縛り付けた。
だから、イグニは同じように
「『
イグニが持つ第二の魔法。
四次元構造体を三次元に落とし込むことによって、無限を内包した最強の『ファイアボール』は、複雑な煌めきを保ったまま、イグニの身体から全ての魔力を持っていく。
だが、それを補うように端から莫大な魔力が注ぎ込まれ、イグニの魔力を補う。
「『
誰も彼もが、その魔法に釘付けとなった。
無限を持つそれは、残っていた少年少女の心を折るには十分すぎる。
彼らを支えていたのは数年にわたる殺し合いによって得た自信。
そして、やり直せばユーリに勝てるだろうという歪んだ希望。
けれど、そこにあったのは
彼らがどれだけ手を伸ばしても、願っても、羨んでも。
魔術と魔法は根本的にあり方が違う。
それと同じように魔術師と魔法使いもあり方が違うのだ。
人の道を外れ神の道理に手を伸ばし、魔術原理の根本を蹴り飛ばして鼻で嗤う。
相対するのが神だろうが悪魔だろうが、委細の関係なしに彼らは戦うだろう。
それが、人類の到達点。魔術師として行き着いた限界点であるからこその暴虐。
ユーリは魔術師だった。
だから、彼らは勝てると思った。
だが、イグニは魔法使いだった。
「……こんなのって、ありかよ」
誰かがそう言った。誰もがそう思った。
暴力に暴力を。理不尽に理不尽を。
そこに居たのは、純然たる最強だった。
煌めく『ファイアボール』が世界に激突した。
かくて、世界は崩壊した。
目を開くと、イグニたちは最初に飲み込まれた場所に戻っていた。
『違う』『違う!』『聞いてない』
『ずるい』『もう一度だ!』
赤子はただ、震えていた。
そして口々に暴言を吐いた。
『お前だ』『お前が居なければ!!』
『死ね!』『誰がこいつをいれたんだ!』
『やり直しだ!!』
赤子たちに向かって、イグニはため息をつきながら聞いた。
「じゃあ、もう一回やるか?」
『……』『……』『……』
『……』『……』『…………』
それが、答えだった。
赤子の口は完全に閉じ切ってしまい、静寂だけがあとに残った。
「……みんな、ごめん」
静寂を砕いたのは、ユーリだった。
「……ボクが、みんなを」
刹那、それを叱咤するように赤子が叫んだ。
『謝るな!』『謝るなッ!!』
『馬鹿にするな!』
イグニはそれを察して、そっとユーリの肩に手を置いた。
彼らが欲しいのは謝罪では無いのだ。
それは、彼らの実力を馬鹿にしていることになるのだ。
だから、
「悪いな、ユーリは強いんだ」
だから、イグニは誇らしげに、彼らに自慢するように言った。
『ああ』『そうだな』
『知ってるさ!』
赤子の口から出てきた言葉は同じように突き放すような言葉だったけれど、どこか声色が変わっているように思えた。
ユーリもイグニのやりたいことを察して、こくりと首を縦に振った。
「……ぼ、ボクは強い」
そして、ゆっくりと喋り始めた。
「そして、もっと強くなる。だから、見ていて欲しい」
『……ああ』『もちろん』
『次は負けねぇよ!!』
彼らが欲しいのは、納得なのだ。
自分が負けた相手が、何よりも強いんだという納得感。
それなら自分が負けても仕方ないという納得感。
ただ、ユーリがそれだけ強い相手だと誰かに言って欲しかったのだ。
そして、それは他ならぬユーリ自身からも。
「だから、みんな。
ユーリがそういうとともに、赤子の身体がゆっくりと小さな粒子になって消えて行く。淡く発光している姿は、まるで天国に召されているかのようにも見えて。
『『『またな』』』
それだけ、残して赤子は消えた。
イグニは震えるユーリの肩にそっと手を置く。
ユーリは反射的にイグニに飛び込むと、声を上げて泣いた。
それを咎める者などいるはずもなく、ただユーリの泣き声だけが鉱山の中に響いた。
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