第4-21話 神童の真実

「イグニ君、手を差し出したまえ!」

「手、ですか」

「うむ」


 ハウエルの言葉に流されるようにイグニはハウエルに手を差し出す。すると、ハウエルがその手をがしっと握った。正直男と手を繋ぐのはどうかと思うイグニだが、ハウエルの話に乗っかると決めたのだからこれはちゃんと指示に従うべきだろう。


 彼はその手を取って、地面に魔力を向けた。


「『強磁力テツラ・マグネティカ』ッ!」


 バジッ!! と、周囲の岩石から激しい異音が鳴ったと同時にイグニとハウエルの身体が空へと吹き飛ばされたッ!!


「うお……ッ!」

「ふはは。すごいだろう! 俺の魔術は!!」

「……【地】属性ですか」

「うむ! 【地:S】だ!!」


 奇しくもそれはイリスの適性と全く同じ。だが、イリスの魔術が大地そのものを操作するような魔術であることが多いのに対して、ハウエルの魔術はそうではない。巧緻こうちな魔術だ。


「よし、そろそろだろう。見たまえ、イグニ君」


 次の瞬間、ぴたりと空中で動きが止まる。


 そして、イグニは下を見下ろして……息をのんだ。


「……これは」


 鉱山を中心にして、いくつも円形の道が走っていた。放射状の道もあった。イグニも、その道の1つを歩いたことがある。どこからでも鉱山にアクセスできる、便利な道だなとしか思ったことがないその道は、明らかに異質な形をしていた。


 ……もちろん、歩いている時に鉱山を取り巻く道の多さを不思議に思わなかったかと言うと嘘になる。


 だが、それはあくまでも鉱山から出るミスリルを効率的に運搬するためだとしか思わなかった。


「うむ。やはり何時いつみても異色だな!!」


 ハウエルの言葉がイグニの耳を打つ。


 そこにあったのは、鉱山を取り囲む道で構成された

 巨大であるが故に、現地にいたのに気が付かなかったそれがイグニの目の前にさらされていた。


「……これは、何なんですか。ハウエルさん」

「これはな、とある『儀式』をより強力に行うための陣だ!」

「儀式?」


 イグニの問いかけに、ハウエルは頷いた。


「イグニ君! 君は『蟲毒』という言葉を聞いたことはあるかな!」

「あります。どういうものかも、ある程度は」


 隠れ巨乳のヴァリア先輩に教えてもらったのだ。忘れるわけがない。『蟲毒』とは壺の中で毒虫を戦わせて残った一匹が強力な呪いを持つという呪術だ。忘れるわけがないといえば海で見たヴァリア先輩の巨乳も忘れられない……。


「それなら説明は早い! これは、『それ』を行うための陣であるっ!!」

「……はい?」


 巨乳のことを考えていたら、思わずハウエルの説明を聞き逃してしまったのでイグニが問い返す。


「イグニ君が見ているこれは、ここで『蟲毒』を行うための陣ということだ」

「ここで? 『蟲毒』を??」


 イグニは意味が分からず首を傾げた。


「どういうことですか? 『蟲毒』は壺の中で虫同士が殺しあうものでしょう? どうして、ここまで大きくする必要があるんですか??」

「その質問も最もだ!! だが、大丈夫! 俺が全て解説しよう!!!」


 ハウエルがドンと胸を張る。

 手を握っているイグニまでびりびりと震える衝撃が伝わってくる。


 何なんだこの人。


「イグニ君! 君が知っている『蟲毒』は『蟲毒』の中でも基礎の基礎! 魔術で言えば『ファイアボール』のようなものなのだ!!」

「……つまり?」

「『蟲毒』を行うための条件を、正しく言うとこうだ――“限定された空間内で唯一の生き残りをかけて殺しあう儀式”」

「…………」

「だからイグニ君。この眼下に広がる大きな魔術陣は魔術陣! 正しくは呪印、あるいは呪刻というのだ」


 刹那、イグニの中でピースが繋がっていく。


「……まさか」


 子供がユーリだけの村。ユーリを狙う人の澱み。通常ではあり得ない白い髪の毛。何かのトラウマによってユーリは攻撃魔術を使えないこと。村からの手厚い支援。そして、入学当初の成績上位を焦るような言動。


 似ていない祖父。ユーリのころころと変わる服装。

 問い詰められて何かに焦るようなユーリ。


「ほう! 流石はイグニ君!! その様子だともう気が付いたようだな!!!」

「……ここで、行われた蟲毒って」


 ピースだけが、ただ組み合わさっていく。


「この村の伝統なのだ! 優れた魔術師を排出するために、数十年に一度ある年齢以下の者たちが集まってこの山で『蟲毒』を行う! 前回は3年前に行われて、勝ったのはあの白髪の子だ!」

「…………んな、馬鹿な」


 イグニは思わぬ衝撃に言葉が紡げずに、かすれた声でそう漏らした。


「生き残ったものには、『蟲毒』の影響で何かしらの身体的特徴が現れるのだ! 例えば髪の毛が白くなったりだな!!」


 大きな声でハウエルが言う。


「そして『蟲毒』の呪いを引き受けた者は異常な才を引き継ぎ、村では神童として扱われる」


 イグニの脳裏に、ユーリと最初にあった日の出来事が流れる。


『ユーリは……これ、全部荷物か?』

『う、うん。“学園”に合格したって言ったら村のみんなが色んな物をくれたんだよ!』

『へえ。良かったじゃないか』

『……神童だ。神童だってみんな言ってくれてさ』


 その時、ユーリの顔は暗かったではないのか。

 どうして喜ばないのかと不思議に思ったではないか。


「神童は村の子として、皆の子供として育てられる!!」


 ハウエルの声が、イグニの思考のピースを埋めていく。


 あの日、大会が終わった後にセリアから逃げたアリシアが、イグニたちの部屋に入って来た時にユーリが言っていた。


『ボクが村のみんなからもらった服の中に女の子の服があるからそれ着ていいよ』


 この村に来た時、女の服を着ていた次の日に普通の格好をしていた時にユーリは言っていた。


『あれ……。今日は男の服着てるんだな』

『うん。順番だからね』


 この村でユーリに話しかけた老人は、ユーリに似ていないのに言っていた。


『孫をよろしく頼む』


 と。


「うむうむ!! 素晴らしい思考力だイグニ君!」


 ハウエルのイグニを褒める言葉が聞こえてくる。


「この村の真実がようやく分かっただろう! イグニ君!!」

「……ユーリは」

「この村の子供たちを殺し、そして生き残ったのだ!」


 ……ああ、やはりそうなのだ。

 イグニは静かに目をつむった。


「……なら、鉱山の澱みは」

「呪いは人の澱みを集めやすいものだからな!!」


 イグニは目を見開いて、息を吐き出した。


「だから、ユーリを狙うのか」

「そういうことになるな!!」


 全てのピースが頭の中で組み立てられたイグニはハウエルを見た。


「……どうして、ハウエルさんはこれを?」

「3年前と言えば俺がギリギリ学生の時でな! 面白い研究が出来ないかと各地を飛び回っていた時、偶然見つけたのだ!」

「偶然?」

「うむ!」


 この人も大概おかしな人だなぁ、とイグニは溜息をついた。

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