第4-22話 呪いと魔術師

 ハウエルさんは俺を地面に下ろすと、再びどこかに消えてしまった。


 イグニは歩いて小屋に向かうと、3人を待たせているので扉をノック。ニエが扉を開いてイグニを招き入れてくれた。机の上にはカードがいくつか散らばっていた。3人で遊んでいたようである。


 うわ、エリーナぼろ負けしてるじゃん……。


「い、イグニ! 良いところに帰ってきたな!!」

「ど、どうした。エリーナ」

「絶対にこの2人に勝てないんだ! 助けてくれ!!」


 ちょっと涙目でイグニのもとにやってくるエリーナ。

 しかし、ここでは先に今あった情報を共有することが大切だ。


「お、落ち着け、エリーナ。とんでもない話がある」

「とんでもない話?」


 イグニはエリーナを落ち着かせて、ハウエルとともに見て来たことを全て伝えた。


「つまり、ユーリちゃんはその『蟲毒』の被害者ってこと?」


 最初に口を開いたのはラニアだった。


「そういうことになるな」

「……そうか。だから、ユーリは攻撃魔術が使えないのか」


 エリーナも聞いたことを消化するために腕を組んで唸る。


「だとしたら、あの人の澱みたちの言っていることも……分かる。分かるが、恨むなら村人ではないのか?」


 そして、ぽつりと正論を吐いた。


「そ、それはそうだけどさ! ユーリちゃんの方が、狙いやすいからとかじゃないの!?」


 ラニアもエリーナから吐き出された正論にちょっと困惑。


「多分、な。ラニアさんの言う通りだ」

「ラニアお姉ちゃんで良いよ!」

「……あれはユーリへの逆恨み。けど、立派な恨みだ」


 イグニはスルー。


「あの恨みを晴らすためにはどうすれば良いんでしょうか?」


 机の上に散らかっていたカードをせっせと片付けていたニエが尋ねてくる。イグニはそれを聞いて、自分の考えを口にした。


「……澱みを晴らすのはな、俺もちょっと専門外だ。どう思う? エリーナ」

「む? 聞いてみれば良いんじゃないか」

「聞くって?」

「あの赤子は言葉通じるのだろう? ユーリを連れてきたら、どうするか聞いてみれば良いじゃないか」

「……ああ」


 なるほど。


 ふと、イグニはエリーナの言葉に感心した。彼は人の澱みのもとにユーリを連れてくれば殺すか、あるいはそれに似たような行動を取ると思っていた。だが、もし……そうじゃないのだとしたら?


 言われてみればエリーナの言う通り、『あれ』とは会話が通じる。


 なら、話してみるというのも1つの手じゃないか。


「うへぇ。もう私あれとは会いたくないよぉ」

「姉さま。私もそう思いますけど、ここはエリーナさんの言っていることも一理ありますよ」

「会わないでどうにかする方法ないの? イグニ君」

「……ん。無い事もないが」


 イグニはラニアの言葉に、人の澱みに関する知識を頭の中から引っ張り出す。


「俺たちには、無理だ。専門家がいる」


 魔力を主とする技を極めるのが魔術師であれば、人の澱みに関することにはその道の専門家を呼ぶのが一番だ。


「専門家って?」

「呪術師だよ」

「あぁ……」


 ラニアがイグニの言葉に変な声をあげる。イグニの呪術師の知り合いはヴァリア先輩だけだが、彼女は夏休みで実家がどうのこうのと言っていたから、呼ぼうにもここまで来れないだろう。


 そして、イグニにはその他の呪術師の知り合いがいない。


「んー。妹ちゃん、呪いの方は詳しくないんだよね?」

「……はい。私が得意なのは魔術だけです。姉さま」

「だよねぇ」


 それは、再確認だったんだろう。ラニアの方もそこまでニエには期待していないようだった。


「そもそも、どうして魔術じゃ『あれ』を祓えないの?」

「ん? ああ、だってあれは人の負の感情が寄り集まったものだからだな」


 ラニアの言葉にイグニは返す。


 彼には1年間のどぶさらいでつちかった人の澱みに関する知識がある。とは言っても、他の人間よりわずかに詳しいだけだ。何しろ彼の専門はそれではないのだから。


「例えば人を殺したいほど憎んでる奴がいたとして、そいつを殴ったら殺意って消えるか?」

「うむむ……。消えない……」

「そういうこと」

「なるほどぉ。難しい問題だなぁ」


 ラニアが両手を上にあげて、降参のポーズ。

 しばらくその場に沈黙が舞い降りる。


 こればっかりはイグニとしてもすぐに解決策を思いつくようなものでもなく、あーでもない。こーでもないと考えていると、突然ニエがぱっと窓の外を見た。


「……あれって、ユーリさんじゃないですか」

「え?」


 ニエが指しているのは窓の外。坑道の入り口に周囲を警戒しながら、中に入っていく白髪の姿が。


「な、なんでユーリが!?」

「追いかけよう!」


 ぱっと跳びあがったのはラニア。イグニもそれに首肯。

 4人で転がり出る様にして小屋を出ると鉱山に向かう。


「……っ! どこに!?」


 中を見ると、すでにユーリの姿が無い。


「落ち着いて。この道は基本的にあの大広間に繋がるようになってる。だから、そこに行けば良いんだよ!」

「分かった」


 ラニアはそう言ってイグニたちを先導。イグニは自分の五感を信じて耳を澄ましてみたが、ユーリの足音は聞こえない。かなり先に行っているみたいだ。もしかしたら、走っているのかも知れない。


「近道しよう。こっちだよ」


 ラニアはそう言って坑道の中でも折れ曲がっている道を進み始める。坑道特有の空気と、暗闇に目が慣れ始めたころに、イグニたちはそこにたどり着いた。


「……いた」


 エリーナがぽつりと漏らす。

 彼女の言葉通り、坑道の中にある巨大な空間の中にユーリはいた。


 彼はおっかなびっくりと言った様子で周囲を警戒していると……『それ』が出た。


「……行こう」


 イグニがまず先陣を切るように、ユーリの元に向かう。


『来たな』『来た来た』『変わってないね』

『変わりすぎだろ』『分かんねぇよ』『偽物だ!!』


 頭が異常に肥大化した胎児。頭には無数の口と目だけが埋め尽くして、体からはへその緒が伸びている。


「……来た、よ」


 ユーリの震えている声が坑道の中に響く。


『よく来たな』『殺してやる』『お前が死ね!』

『ダメだ。殺すな』『やり直しだ』『そうだ、やり直しだ!』

『やり直しだ!!』


 数多の口が好き勝手に叫ぶ。


「……やり直しって、まさか。あれをやり直すの!?」


 ユーリの目が驚愕に見開かれる。


『そうだ!』『俺の方が強い』『いいや、俺だ』

『ここで殺せ!』『向こうで殺せばいいだろ!』

『うるさい黙れ。始めるぞ』


 刹那、打って変わったかのように口たちが閉じて、ぞっとするような闇が地面を覆った瞬間、どぷんとユーリの身体が闇に落ちた。


「ユーリ!」


 イグニが叫んで地面を踏み込んだ瞬間、


『乱入者だ!』『参加させよう』『参加させよう!』

『面白いぞ』『殺せるぞ』『殺そう』『殺そう』

『『『始めよう』』』


 刹那、イグニの身体もどぷんと闇に落ちた。


 いや、イグニだけではない。その後ろを歩いていたニエもラニアもエリーナも同様に闇の底に落ちた。


 そして、すぐに身体を打ち付ける激しい雨で目を見開いた。

 夜、生暖かい雨が振り続いている。


「……ここは?」


 そこにはあったのは、無数の木々と傾いた傾斜。おそらく山のどこか。

 息ができないほどに濃密な『人の澱み』。そして、どこかで戦っているのか魔力の熾りだけが周囲で感じられた。


「い、イグニ! あれ!」


 エリーナが指さした先にあったのは、ぼんやりと光る巨大な魔術陣。


 いや、


「……これは、どういうことだ」


 エリーナの呟きは雨に飲まれて、消えた。

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