第4-19話 澱みと魔術師
「いっ、今の何なんだ!? イグニ!!」
「そ、そうだよ! お姉ちゃんにちゃんと説明して!」
「エリーナは知ってると思うぞ。あと、君は俺のお姉ちゃんじゃないから……」
赤子の姿は既にそこには無かった。
イグニに対して、『ユーリ』と言った瞬間に消えたからだ。
「あれは……多分だけど、人の澱みが意識を持ったやつだ」
イグニは頭の中の考えをまとめるために、言葉を吐き出す。
「人の澱み……って、あれですよね? 恨みだったり、妬みだったりが魔力とともに身体から排出されるやつですよね」
いつの間にかイグニの後ろに立っていた妹のニエが言う。
イグニはその言葉にうなずいた。
「うん、そう。だから、あれは人が持ってる本来の感情……が、寄り集まって形を持った形だ。噂には聞いていたが、本当に出るとはな」
「イグニ君はどうして条件を聞いたの?」
ラニアの問いに、イグニは答える。
「人の恨みとか辛みが固まったものだから、それらには元となる人の感情があるんだ。つまり、あの寄り集まった恨みは一体
「え……っていうことは」
ラニアがあることに気が付いたのか、瞳を大きく見開きながら自分の考えを口にする。
「あの赤ちゃんは、ユーリちゃんに恨みを持ってるってこと?」
「そういうことになるな」
イグニは深く首肯した。
しかも、あそこまで大きくなり意識を持つほどの恨みと言えば相当のものである。
「じゃ、じゃあユーリちゃんが何かをしたってこと? ユーリちゃんってそんなに危なっかしい人なの!?」
「いや、ユーリは……」
イグニは今までのユーリを頭の中で思い出しながら言葉にする。
「ユーリは良い奴だ。俺が知ってる中で、あそこまで恨まれるようなことをするような奴じゃない」
イグニがそう言うと、エリーナも深くうなずいた。
「イグニの言う通りだ。ユーリがあそこまで恨まれるとは、私もちょっと考えづらい。あいつらが勘違いしているんじゃないのか?」
「あれを見た限り、相当な数の恨みが固まってたからな……。勘違いだとは考えにくい……」
「ということは、何らかの理由でユーリは恨まれるようなことをしたということか」
「ああ。そうだろう。ただ、恨みすぎということは考えられる」
それはあくまでもイグニの推論ではあったが、3人はそれに納得した。
「あ、あの!」
ニエが手をあげる。
「あの……赤ちゃんを消そうと思ったらユーリさんを鉱山の中に連れてこないとダメってことですか!?」
「……そうなるな」
イグニは肯定。
「ね、姉さま! どうしましょう!?」
慌ててニエがラニアを見る。
「落ち着いて、妹ちゃん。それをやったら血も涙もない“
ラニアがニエを落ち着かせるようにゆっくり語る。
「それはダメ。血も涙もない傭兵なんてごまんといるし。差別化にならないもん!」
「ということは……?」
「ここはユーリちゃんを守るために動いた方が私たちの得になるの」
どんな理由だよ、とイグニは自分を棚に上げて突っ込んだ。
もはや恒例のことである。彼もそろそろ自分を鑑みた方が良い。
「イグニは……どう思う?」
エリーナがイグニを見る。
イグニは深くうなずいて、自分の意見を語り始めた。
「……ユーリをここに連れてくるのは反対だ」
「理由を聞かせて欲しい」
「恨みは……本人を前にすると急に膨らむことがあるんだ。だから、本人を前にしない方が良い」
「なるほど……」
「なら、どうすれば良いと思う?」
「……ん。それはな」
イグニは対処法を考える。
恨みの解決策。
どこかにその糸口が無いかとイグニは思考を底へ底へと静めていく中で、
――――――――――――
『イグニよ。この世の中には絶対に触れてはいかぬ物がある』
『なに? 怒ってるドラゴン?』
『んなわけなかろう。魔法を使えば即殺じゃよ。もっと恐ろしいもんじゃい』
最強種たるドラゴンを即殺と言えるのは世界広しと言えどもこの男を含めて数人だけなのだが、それを知らないイグニは真剣にドラゴンよりも怖いものを考えた。
『……分かんない』
『女の恨みじゃ』
『……は?』
『良いか、イグニ。世の中で一番恐ろしいものは女じゃ。特に、痴情のもつれというか……相手を恨む女は恐ろしい。男は浮気されたとき、浮気した女を責めるが……。女は浮気相手の女を
『……女の人の……恨み……っ!』
幼きイグニはドラゴンよりも恐ろしいものがあると知って震えた。
瞬間、脳裏にモテるのやめようかな……と思わなかったと言えば嘘になる。
それくらい怖かった。ガタガタと震えた。
『ど、どうすれば良いの……!』
だから、イグニはルクスに尋ねた。
ルクスは大まじめに頷いて言った。
『うむ……。時が解決するのを待つんじゃ』
『……は?』
『1年ほど待てば……まあ、恨みも消えとるじゃろう』
『…………』
『なんじゃその目は。しょうがないじゃろう。時間が最高の解毒剤……』
『じいちゃん最低だよッ!』
イグニ渾身の頭突きは見事ルクスの鳩尾に直撃して、数メートル吹っ飛ばした。
――――――――――――
チッ。ジジィのやつ使えねーな。
と、イグニは掌をくるっくるひっくり返しながら悪態をつく。
こんなにルクスに対して負の感情を抱いたのは入学式の時以来である。
「時間が解決……とは行かないしな」
イグニは言葉にしながら考える。
……ん? 待てよ??
毒を以て毒を制すという言葉があるではないか、とイグニは心の中で閃いた。
「エリーナなら、どうする?」
「私なら、か?」
「そうだ。相手を殺したいほど恨んでて、その恨みはどうすれば消える?」
女の子の恨みが怖いというのであればその女の子に聞けば良いではないか。
モテの作法の13だ。
「……私か? ん、そうだな。とにかく話だな」
「話?」
「ああ。全部吐き出してみれば意外とすっきりすることも少なくない。……『あれ』に使えるかどうかは分からないが」
『あれ』とは、気持ち悪い胎児のことだろう。
「……話か。そうだな。確かに、何が起きたのかは知らないと行けないよな」
イグニはエリーナの言葉に深くうなずいた。
そして、それは思いのほかイグニにとっての指針となった。
「ユーリに聞いてみよう。何があったのかを」
「……その、イグニさん」
「ん?」
イグニがとりあえずの方針をまとめた瞬間、ニエが尋ねた。
「もし、ユーリさんが何もしてなくて……ただの逆恨みだったら、それはそれでいいかも知れません」
一息。
「でももし、ユーリさんが……その本当に恨まれるようなことをしていたら、どうしますか?」
「どうしますかって」
イグニはすぐに答えた。
「何があっても、俺とユーリは友達だよ。そういうものだからな」
良い男は女の過去にこだわらない。
ま、ユーリは男なんだけどな!!
イグニは一人でツッコんだ。
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