第4-11話 味方と魔術師

 カチャカチャと食器が触れ合う小さな音が食卓に響く。外は闇。食卓を灯りの魔導具で照らし、薄暗い中で食事を取るものが3人。エリーナとイグニ、そしてエリーナの父親である“刹那”のセッタである。


「イグニ君。口には合うか?」

「はい。大変おいしいです」


 と、イグニは数年前に叩きこまれた貴族のマナーを思い出しながら食事を取っていた。そもそも食事1つを取っても、アホみたいな量のマナーがあるのが貴族社会の嫌なところである。


 イグニはそれを窮屈に感じながら、それを隠してセッタに笑顔を見せた。


(……そりゃじいちゃんも貴族をやめて良かったって言うわけだ)


「それは良かった」


 セッタはそう言ってワインを口に運んだ。エリーナは静かに食べている。食事が始まってからセッタはイグニにしか話しかけない。エリーナに関しては1つも触れないのだ。だから、イグニにはそれに少しの気持ち悪さを感じる。


「ち、父上」


 家族で食事を囲んでいるというのに、エリーナはひどく緊張した声でそう言った。イグニはそれを見ながら、貴族はどこの家も父親が絶対なのかなぁ……と考えた。


「どうした?」

「こ、今期の成績は首席でした」

「そうか」


 セッタは興味も無さそうにそう言った。エリーナは、セッタの言葉に意気消沈して下を向いてしまう。ちょっと泣きそうだ。イグニはセッタに対して声をかけるべきか、声をかけないべきか考えた。


 普通はここで黙り込む。家族のことに口を挟むのはNGだ。

 だが、普通ではモテない。普通では普通のままなのだ。


 食卓を照らしている魔導具の灯りが揺れる。


 そう、それはまるであの暑い夏の日のように……。



 ――――――――――――

『問題じゃ。イグニ』

『なんでも来い!』


 炎天下の中、滝に叩き落とされる特訓をしている最中でルクスが急にそう言いだした。もはやいつもの事なのですっかり慣れたイグニは大声で返した。


『モテ始めると、避けては通れぬ道がある』

『さ、避けては通れぬ道……!?』

『それが、お家デートじゃッ!!』

『お、お家デート……ッ!?』


 イグニはルクスの口から飛び出した見知らぬ言葉にテンションを挙げた。


『そうじゃ! 相手の家に行って、両親と顔を合わせることもあるじゃろう……! じゃが、その時に訪れる……試練……ッ!』

『し、試練……ッ!?』

『そう! お前もよく知っている通り、万人が万人とも家族と仲の良いわけでは無い……!! そんな時に訪れる……不仲な親子の顔合わせ……ッ!』

『不仲なのになんでお家デートを?』

『それが貴族の流儀じゃからじゃッ!!』


 ルクスがそう言ってイグニを滝に放り投げた。


『うぉおおおおっ! 油断してた!! 『装焔イグニッション』ッ! 『装焔イグニッション』ッ!!』


 数十メートルの高さから落下する身体を必死に支えるイグニの隣を同じ速度で落ちながら、ルクスは続けた。


『食事をするときに家族で顔を合わせることもあるじゃろうッ! そんな時、父か母が娘に嫌味なことを言うッ! さぁ、お前ならどうする! イグニ!!』


 イグニは弱々しい『ファイアボール』で何とか減速しながら考えた。


『別の話題にする!!』

『それでモテるかァッ!!』


 ばちこーん!!! と、ルクスのビンタがイグニを垂直に川へと叩き落とした。



 ぼっちゃーん!! と水柱をあげてイグニの身体が川へと飲み込まれる。

 

『何すんだよ! 死ぬわッ!!』

『ワシがやっとるんじゃ、死ぬわけないじゃろう』


 ふわりと水面からわずかに浮かびあがるルクスと、大瀑布の流れに逆らえず下流に流されていくイグニ。


『イグニよ。大事なことが1つある』

『……知ってるよ。人が練習してるときにビンタしないってことでしょ』

『女の味方になれ』

『……………』

『話題をそらすな。話をスルーするな。何よりも真剣に女の味方になるんじゃ』

『…………じいちゃん』

『なんじゃ』


 イグニの身体が巨大な岩に引っかかったので、彼は自力で陸地に上がった。


『…………それ、じいちゃんが言うの?』

『当たり前じゃろ。ワシはいつでも女の味方じゃぞ』

『……………………』


 ――――――――――――


 ……そうだ。ここで黙ってはいけない。

 ここで話題をそらしてはいけない……ッ!


 俺が今やるべきなのは……! 

 何よりもエリーナの味方になること……ッ!!


 イグニは静かに息を吐くと、セッタを見た。


「エリーナが、一番ですよ?」


 と、エリーナみたいなツッコミになってしまったが、これに関しては事実なのでイグニは悪くないと自分を慰める。


「……ふむ。イグニ君の前でこれを言うのもはばかられるが、アウライト家に取って首席とはなのだ」


 静かにそう言う。だが、イグニはここで引き下がらなかった。

 まだ引き際ではないと判断したのだ。


「今年は『黄金の世代』ですから。“よろず”のエスティアや“ゆがみ”のエルミーも抑えて、首席は凄いと思います」


 そうイグニがいった瞬間、エリーナがキラッキラの瞳で顔をあげた。


 なんかもう1人いたような気がするなァ……と、男の名前を覚えないイグニは頭の奥でそれフレイを流してセッタを見る。

 

「エリーナには数人ほど兄がいるのだが、優秀でな。全員ロルモッド魔術学校を首席で卒業している。そして、誰も1度も首席から落ちたことがないのだ。イグニ君、君も知っているんじゃないのか? エリーナの中間成績が次席だったことを」

「はい。聞いてます」

「だから、駄目だ」


 イグニはその言葉にどう返すか脳みそをフル回転。モテるためなら無限に活性化する脳は0.5秒ですぐに次の言葉を導き出した。


「でも、それはあくまで中間です。エリーナは最終的に首席を取ってます。はどちらも、同じですよ」


 セッタはイグニの言葉に少しだけ目を丸くして、そして笑い始めた。


「はははっ! なるほど。なるほど。そう来たか!!」


 セッタが楽しそうに呟く。


「それは確かにそうだ! イグニ君、君はなかなか食えない男だな」

「ありがとうございます」

「確かに結果だけ見ればエリーナは首席。はははっ。そうだな。まさにその通りだ」


 セッタが将軍にいた時、誰よりも結果を重視していたという話は有名だ。『過程は要らない。結果だけで良い』と言ったのは他ならぬ彼自身。


 モテるために活性化したイグニの脳みそはルクスから聞いたその話を呼び起こし、エリーナと結び付けて言葉を吐き出す。今のイグニは過去一で賢かった。


「くはは! よくやったな。エリーナ」

「……は、はいッ!!」


 エリーナが笑顔でセッタを見た。


 イグニは『決まった……』と、過去一のドヤ顔を浮かべていた。

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