第4-12話 当主と魔術師

 食事を終えてお風呂を終えたイグニが、客室で『ファイアボール』を練っていると扉がノックされた。


「どうぞ」

「夜分遅くにすまないな」

「どうした?」


 イグニは手元にある『ファイアボール』を解除して、客室に入ってきたエリーナを見た。


「……さっきは、ありがとう。イグニ」

「どういたしまして」


 さっき、とは食堂でのことだろう。

 イグニがエリーナをかばったことだ。


「その……さっき、私を庇ってくれて本当に嬉しかったんだ。イグニ」

「エリーナが頑張ってたのは本当のことだからな。俺はエリーナに助けられたから、エリーナが一番だってちゃんと言っておかないとと思って」

「ふふ、そうか。私が、一番か」


 エリーナはくすぐったそうに笑った。


「……もう分かっているとは思うが、私の家での立場はあまり良いものではないのだ。兄妹のなかでも、私に一番才能が無くてな」

「首席で?」

「そうだ」


 こくりとエリーナが頷く。


「父も言っていたが他の兄たちは、全員誰も首席から落ちたことが無いんだ。だから、私はせめて首席だけでも……と、思っていたんだが」

「……そうか」

「次席を取った時は本当に怖かったんだ。ついに私が家から追い出されるのかと思った。でも、イグニがあそこで私を庇ってくれて……嬉しかったし、父も私を受け入れてくれた。ありがとう。イグニ」


 エリーナがイグニを見つめる。

 イグニはそれを気取った態度で流した。


「気にするな。俺はエリーナの味方になりたいから、しただけだ」

「…………」


 エリーナが赤面したまま、固まる。


「そ、その……お礼が言いたかっただけなんだ。また明日な。イグニ」

「おう。また明日」


 エリーナが踵を返して外に出る。することも無くなったイグニが再び、『ファイアボール』を練ろうと魔力を熾した瞬間、再び部屋の扉がノックされた。


「イグニ様、いらっしゃいますでしょうか」

「はい。どうぞ」


 女の人の声。イグニが部屋の中に入るように言うと扉の向こうにいたのは、イグニとエリーナを竜車で運んでくれたエラがいた。


「旦那様がお呼びです」

「セッタさんが?」

「はい」


 イグニは少し考えたが呼び出されて困ることもないので、エラについて再びセッタの部屋に向かった。


「その……お話って何なんでしょうか?」

「さて。私には知らされておりませんので」


 灯りを照らす魔導具を手に持って、闇の中を歩いていく2人。だが、エラは流石慣れたもので、すいすいと廊下を歩いていくと「こちらです」と言って、イグニを部屋へと案内し終えた。


「やぁ、すまないね。こんな時間に呼び出して」

「いえ、することも無かったので」

「そうか。それは良かった」


 セッタは部屋の中でパイプを燻らせていた。

 そして、その側にはやはり剣がある。


「単刀直入だが、イグニ君。じつは君にお願いしたいことがあってね」

「頼みごと、ですか?」


 何を言われるんだろうかと身構えていたイグニにセッタがそう言ったので、少し拍子抜けしてしまった。


「うむ。イグニ君。君はアウライト家が何を主な収入源にしているか知ってるか?」

「アウライト領の端にあるミスリル鉱山から取れるミスリル、ですよね」

「そうだ。知っていてくれて嬉しいよ」


 セッタがパイプを口に咥える。


「それが近頃、鉱山の中に亡霊が出る……と、もっぱらの噂でな」

「亡霊? 幽霊ファントム系のモンスターですか?」

「分からんのだ」

「そんなことありますか?」


 セッタが困ったように煙を吐いた。

 イグニも、困ったように尋ね返す。


 ミスリル鉱山は金になる。ミスリルは『触媒』――魔術の行使をスムーズにする媒体、イグニの指輪がこれに該当する――には必須と言われている。魔力伝導率が異常に高く、聖銀ミスリルに銀が入っていることからも分かるように加工が容易なのだ。


 だから、狙われる。人だけではなく、モンスターにもだ。

 鉱山を巣穴とするコボルト。金属を主な食糧とするノーム。ミスリルだけを狙って食べるミスリルスライムなんて変わり種もいるくらいである。


 そのため普通は冒険者か傭兵を雇って鉱山を守る。

 だから、亡霊が出たという話が上がったらまずは現地にいる冒険者か傭兵が対処するのである。


「うむ……。現地で対応できない可能性も鑑みてもう1組、知り合いの商人から強く勧められた傭兵を雇って派遣したのだがね」

「どうなったんですか?」

「確認できず、と返ってきたのだよ」

「……ふむ」


 イグニは少し考える。幽霊ファントム系のモンスターであれば、それを見つけるために『霊視石』と呼ばれる鉱石があるのだが、


「……結局、噂だったんじゃないですか?」

「私も最初はそう思ったのだ。だが、それからしばらくして再び『亡霊』が出て……現地で雇っていた冒険者が軒並み死んでいる。雇った傭兵たちが善戦したらしいが、倒しきれずに追い返すのが精いっぱいだったそうだ」

「……なるほど。それを俺に倒せ、と?」

「そういうことになる。話が早くて助かるよ」

「別にクエストということなら、構いませんが」


 イグニはそう言って前置きを一度挟むと、


「君さえよければ、明後日にでもエリーナと出発して欲しいんだ」

「……ただ、1つ聞いてもよろしいですか?」

「うむ。報酬かね?」

「いえ、現地にいるという傭兵の情報が欲しいのです。名前を知っている歴戦の傭兵が追い返すだけで精いっぱいとなると、俺も覚悟をしていかないといけないので」

「なるほど。そういうことか。だが、名前で判断するのは危険だ。私はの魔術を目の前で見たが……無名ながらに中々のものだったぞ」


 セッタが褒めるとは中々である。


「そうなんですか。名前はなんと?」

「“白夜しろくろ姉妹”という」

「……あー」


 イグニの思考が一瞬、停止した。

 そして脳内データベースから瞬時に2人のことを思い出すと、思わず渋い顔をしてしまう。


「ほう? 知っているのかね?」

「ええ、まあ……」


 あの2人かぁ……。と、苦い顔をしたのはあの2人のキャラが濃すぎるというのもあるが、何よりも彼女たちの実力はだったと認めているからだ。


 そんな彼女たちが追い返すので精いっぱいだったとなれば、イグニとしても相応の覚悟をしなければならない。


「それが、1つ目のお願いなんだ」

「まだあるのですか?」

「ああ、もう1つある」

「お聞きしましょう」

「明日、三男が帰ってくるのだが――」


 セッタの続きの言葉を聞いて、イグニは少し困惑した。


「それを、俺に頼むのですか」

「君以外に適任がいないだろう」

「……2つ目のお願いに関しては、頷けません」

「構わないよ。あくまでも、お願いだからね」


 そう言ってセッタは再びパイプをふかした。


「今日の話はここまでだ。鉱山の件に関しては、明日のうちにエリーナに伝えておく。アレも実戦の中にいれば、それなりに育つだろう」


 イグニはそれに何も言わずに席を立った。


「イグニ君、娘のに付き添ってもらって、礼を言う」

「…………」


 イグニは扉に手をかけたまましばらくその言葉の意味を考えて、


ですから」


 と、返した。

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