第4-10話 子供と魔剣師

「わっ。エリーナねぇだ!」

「本当だ! エリーナねぇ!」


 修練場の端っこのほうでエリーナとわいわいやっていると、子供たちがエリーナに気が付いてこっちに走ってやってきた。


「いつこっちに帰ってきたの!? エリーナねぇ

「つい先ほどだ。レーナ」

「エリーナねえ。この人だれ!?」


 走ってやってきた子供たちがイグニとエリーナの周りを囲む。その中の1人がイグニを指さしてそう聞いた。


「イグニだ。イグニは私のこ、こっ……」

「恋人?」


 女の子がエリーナにそう聞いて、エリーナが顔を真っ赤にしてこくりと頷く。その反応が初心うぶすぎて可愛い……と、思っていたら女の子たちがきゃいきゃいと大声ではしゃぎ始めた。


「エリーナねぇ。もう手はつないだ!?」

「何言ってるの。エリーナねえだから、もうキスは済ませてるよ!」

「ほ、本当に? じゃあもしかしてその先も……?」


 女は何歳いくつになっても恋バナが好きと言ったのはルクスであったが、イグニからすると10歳にもなってない子供たちがこんなに嬉々とした表情でエリーナを囲んで恋バナをするのはちょっとしたカルチャーショック。


(……もしかして、サラもこんな子に育っちゃうのかなぁ)


 と、父親みたいな心配をするイグニを他所よそに当のエリーナは顔を真っ赤にしたまま何も言わない。エリーナはこういう話に弱いのだ。


「みんな。そういうことは人前でする話じゃないぞ」


 と、イグニが珍しく正論で子供たちを諭す。

 が、子供たちにそんな正論が効くはずもなく。


「じゃあ、みんなには言わないからこっそり教えて!」

「エリーナねえの恋人ってことはイグニにぃって呼べばいい?」

「ね、どこまで行ったの? キスは? キスはしたの??」


 と、逆に女の子たちに押し込まれる始末。エリーナをちらりと見ると、縋るような視線をこちらに向けて弱々しくイグニの袖を握る。そして、口パクで助けてと言う。


 モテの作法その5。――“困っている女性は助けるべし”だ。


 イグニはそっとエリーナの手を握ると、女の子たちに視線を合わせ……そして、唇に人差し指を当てる。


「悪いけど、2人だけの秘密なんだ」


 一瞬だけ、女の子たちはぽかーんとすると「きゃぁあああっ!!」と黄色い声を上げた。その隙にエリーナの手を引いてイグニは女の子包囲網を離脱。


 今の結構うまく行けたんじゃないかな、と自画自賛してちょっとドヤ顔を浮かべる癖はイグニの良いところでもあり、悪いところでもある。だが、今はそれに気が付ける人間アリシアが近くにいないので、ただドヤ顔を浮かべているだけだ。


「あ、ありがとう。イグニ。あの子たちは悪い子じゃないんだが……女の子だからな。恋バナが好きなだけなんだ。許してあげてくれ」

「気にしていないよ。それに、俺はエリーナから頼ってもらえて嬉しかったし」

「……もう」


 顔を真っ赤にして地面を見るエリーナ。可愛い。


「エリーナねえ。俺と戦ってくれ!」


 女の子包囲網を突破したら、今度は男の子たちがやってきた。


「久しぶりだな、レオ。強くなったか?」

「もちろん! エリーナねえにだって負けねえぜ!!」

「レオが終わったら俺とも戦って!」

「僕も!!」

「みんなまとめて相手してやる! そこに並べ!!」


 と、女の子よりも男の子扱いの方が慣れているのか、エリーナはそう言ってエリーナと戦いたい男の子たちを横一列に並べた。そして、女の子から練習用の木剣を手渡される。


「私はハンデとして魔術は使わない。全員で協力して私に一撃でも与えたら勝ちだ」

「今日こそ勝つぜ!!」


 そう言ってレオ君が構える。子供たちを指導していた監督官が『しょうがないなぁ』みたいな顔浮かべて審判を始めた。


 エリーナは子供たちに大人気だ。


「もう、男子って本当にバカなんだから」


 そう言ってイグニの隣にいた女の子がつぶやく。


「君はエリーナと戦わないで良いのか?」


 イグニが振り返ったら、さっきエリーナたちを囲んでいた女の子の1人だった。


「うん。だってエリーナねえに勝てるわけないもん」


 女の子がそう言った瞬間、審判が試合開始の合図。


「『ファイアボール』」

「『ウィンド・ブラスト』」

「『ウォーターボール』!」


 まだ魔術を習い始めた子供たちらしく、初級魔術がエリーナに降り注ぐ。だが、エリーナは飛んでくる魔術を全て剣で持って受け流すと、まっすぐ子供たちの中に飛び込んだ。


 そして、優しく木剣を当てていく。それはまるで、何かの演舞のようで。


「ほらね。エリーナねえは強いんだから」


 イグニの側にいた女の子がドヤ顔でそう言う。戦い始めて、わずか1分。エリーナは10人以上いた子供たちの誰からも一撃を貰わず、逆に全員に一撃を与え終わってそこに立っていた。


「ははっ! まだまだだな!」

「くっそー。エリーナねえ強すぎ!」

「こんなの勝てねえよ!!」


 男の子たちは負けたというのにどこか嬉しそうに言い合う。エリーナも誇らしげに胸を張る。


「流石はエリーナだな」

「でしょ!? エリーナねえはカッコイイんだから!!」


 いくら学びはじめの子供たちとは言え、10人以上を相手にして魔術も使わず一撃も貰わないというのは並大抵のものではない。エリーナの才能と努力がなせる技に他ならないからだ。


 イグニが感心していると、ふと隣にいた女の子がイグニに尋ねた。


「イグニにいとエリーナねえどっちが強いの?」

「どっちだろうな」


 いつもなら、イグニは『俺だ』と答えていただろう。だが、ここでそれを言うのは非モテである。真にモテる男というのは空気を読んで最適な言葉を吐く。しかし、だからと言って、『エリーナの方が強いよ』と答えるのは一度イグニに敗北しているエリーナに対する侮辱だ。


 だから、イグニは誤魔化した。


 そう。 “空気の読める男はモテる”である。

 こんなものは極意にも作法にも乗らない基本のキ。


「きっとエリーナねえの方が強いよ!」

「ああ。そうかもな」


 女の子はエリーナを憧れの瞳で見つめながら、自信満々にそう言った。


「エリーナのこと、好きか?」

「うん! 大好き! 強いし、かっこいいし、優しいし! みんなのお姉ちゃんだもん!

 」


 女の子はそう言ってエリーナを褒める。

 凄い好かれてるな、とイグニがエリーナのことを見なおしていると、


「イグニ! 私が一番だぞ!!」


 と、満面の笑顔でエリーナがこっちに走ってきた。


(……それで良いのか、みんなのお姉ちゃん)


 というツッコミは、やはりモテる男になるために飲み込んだ。

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