第4-7話 依頼と魔術師

「はい。じゃあ構えて~」


 ミラ先生の声が模擬戦場の中に響く。期末試験の最終日。イグニたちの残った最後のテストが、ミラ先生の授業だった。


「い、イグニ。お手柔らかに頼むぞ!」

「任せとけ」


 イグニたちが履修しているのは、対人戦闘を実際に身体を動かして学ぶ実技。クラスメイトたちが1対1で向かい合って、互いに戦いあう。模擬戦なのでやりすぎはアウトというものだ。


 初戦のイグニの相手はエドワードだった。


 エドワードは適性が【生】属性。

【生】属性の魔術師には身体強化や植物などを活用してアクティブに戦う者もいるが、エドワードが得意とするのは治癒ヒール。はっきり言って、戦闘は得意ではない。


 だが、いくら治癒師ヒーラーだからと言って戦えないですとは言っていられない。ロルモッド魔術学校に入ったのであれば、なおさらだ。


「開始!」


 ミラ先生の言葉と同時にイグニはエドワードに肉薄。そのまま、軽くひねって地面に転がした。あまりの速さにエドワードは何が起きたか分からずに目を丸くしたまま地面で大の字になった。


「ほら。優しかっただろ」

「い、痛くはなかったぞ」


 地面に倒れたままエドワードはそう言った。イグニはエドワードに手を貸して起き上がらせる。エドワードは既に降参のポーズを取っており、監督役の教員が終了の合図を出しているので、エドワードはここで終わりである。


 エドワードは負けたので模擬戦場の端っこに歩いて向かう。


「初回でイグニが相手なのは不公平じゃないか。僕じゃ絶対勝てないぞ」

「痛くなかったんだから、それで当たりだってことにしようよ」


 ユーリも初戦敗退したらしく、エドワードを慰めていた。


「勝った人はこっちで次やるよ~」


 ミラ先生はそう言って、勝者に次を促す。初戦でクラスの半分が減ったので、一気に模擬戦場が広く使えるようになった。とは言っても、元々大きな建物なのだが。


「あ、イグニ君はシードね」


 次もさくっと終わらせようとしていたイグニはミラ先生にそう呼び止められて、振り返った。


「シードって、一回休みですか?」

「うん。だってそうしないと、残りが奇数だから1人だけになっちゃうし」


 というわけでイグニは一回休み。イグニはクラスメイトたちの戦いを眺めることにした。残っているメンバーは、授業中からそれなりに頭角を現していたクラスメイトたちだ。中にはアリシアやイリス、リリィも残っている。流石だ。


 2回戦もさっと終わって3回戦。残りはイグニも含めて8人だ。

 

「じゃ、それなりに頑張ってきてね~」

「それなりで良いんですか?」

「だって、イグニ君が一番強いでしょ?」

「そりゃそうですけど」

「本気でやられて模擬戦場壊されちゃたまったもんじゃないよ~」


 ミラ先生はそういって手を振る。


「それとも、7対1でもやる?」

「……流石にそれはやりたくないです」


 勝てるだろうが、それで勝ったところでモテる未来が見えない。っていうか、周りから引かれそうだ。なのでイグニは丁寧にそれを断って、おとなしく試合についた。相手はイリスだった。


 最初に壁を出してきたが、それを飛び越えて後ろから『ファイアボール』で狙うことで勝負あり。次がアリシアで、箒に乗っていたが『散弾ショット』で状況を有利に持ち込むと、そのまま『ファイアボール』連打で勝った。


 そして、決勝戦に残ったのがリリィだった。


「最後はリリィか」

「はい。本気で行きますよ」

「ああ。全力で来てくれ」


 クラスの中で最強を決めるということもあって、クラスメイトたちの視線が2人に寄せられる。


 リリィが取り出したのは模擬戦用の短い木剣。


「『風は踊りてダネット・ヴェントス』」


 轟、とどこからともなく吹いてきた風がリリィの身体を纏う。風による動きのアシスト。【生】属性の身体強化と違うのは、アシストの風がリリィを守るための鎧になっているところだ。


「じゃ、始めちゃって」

「ふッ!」


 先に地面を蹴ったのはリリィだった。イグニは『熾転イグナイト』で身体能力を強制的に跳ね上げると、リリィの木剣を回避。真横にいるリリィに向かって『ファイアボール』を展開。


「『撃発ファイア』ッ!!」


 指向性を与えて爆発。リリィの身体が後ろに吹き飛ばされるが、途中でその勢いが減速するとふわりと着地した。風の鎧がリリィを守っている。この程度では有効打に成りえない。


「『装焔イグニッション狙撃弾スナイプ』」


 生み出した『ファイアボール』に魔力が込められると、キュルキュルと回転し楕円状に変形していく。


「しッ!」


 再びリリィが地面を蹴ってイグニに向かってきた!


「『発射ファイア』」


 パァン! と乾いた音が響いて、狙撃弾がリリィに向かって、


「『爆発ファイア』」


 空中で爆発! 

 イグニはリリィの手前2m地点で爆発させることで、風の鎧を剥がした!!


 それとタイミングよくイグニは地面を蹴って、リリィに肉薄。伸ばした手がリリィに触れるか触れないかという直前で『ファイアボール』を生み出した。


 全ての勝敗がそこで着いた。


「そこまで!」


 ミラ先生の掛け声で、イグニは停止。遅れてリリィがぶつかってきた。


「ぐふ……ッ!」

「だ、大丈夫ですか!? イグニ!!?」

「大丈夫だ……!」


 想像していたより深く鳩尾にリリィが刺さったので青い顔してイグニは返した。だが、これくらい笑顔で返せなくてどうする……!


 ということでイグニはやせ我慢。モテは細部に宿ると言ったのは誰だったか。こういう細かい対応の違いがモテと非モテを分けるのだ……ッ!


 とか何とかかっこつけてたが、流石に顔が青いのでリリィが心配そうに、イグニの側につく。


「やっぱりイグニ君が勝っちゃったか」


 ミラ先生は一連の流れを見て「そりゃそうか」という顔をした後に「終わりだよ~」と言って解散させた。


「お疲れ、イグニ。リリィ」


 模擬戦場に立っていたイグニのもとにユーリたちがやって来た。


「これで前期が終わっちゃったね」

「ようやく夏休みだな」


 イグニたちはこれにて完全解放。

 これから1か月半という長い夏休みに入るのである!


「エドワード。予約してた店ってどうなってる?」

「予約したのは夜だ。まだ開いても無いぞ」


 確かに今が昼前なので、店は開いて無いだろう。


「なら、いったん帰ってまた集合する?」

「そうしよう」


 と、アリシアの案にエドワードが同調して、それに誰も異議を唱えなかったので、イグニたちも一度解散。夜に再び集まることにして、帰宅しようとした時に校門でエリーナが立っていた。


 どんよりと、暗い顔をして門の側に立っていた。


「あれ? エリーナ?」

「い、イグニ。ちょっと話があるんだが……良いか?」


 エリーナはイグニを見つけるなり、側にやってきた。


「話? 別に良いけど」

「すまん。ちょっとこっちに来てくれ」

「分かった」


 物分かりの良いイグニはエリーナの後ろをついていく。


「イグニ。明後日から1週間……暇か?」

「明後日から? ああ。暇だが」

「イグニ。お前に頼みがある。お前にしか頼めないことだ!」

「俺にしか……? ああ。何でも良いぞ」


 モテの作法その5。――“困っている女性がいたら助けるべし”。


「明後日から1週間。私の恋人になってくれ!」


 そう言ってエリーナは頭を下げた。


「喜んで」


 イグニは秒で快諾した。

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