第4-8話 当主と魔術師
「それじゃあイグニ。ボクは行ってくるよ」
「ああ。行ってらっしゃい」
荷物をまとめたユーリがそう言って、イグニと道を違える。ユーリが向かうのは王国の端っこに向かう馬車だ。途中で何度か乗り換えが必須になるが。
イグニはユーリと別れて、エリーナと待ち合わせしている場所に向かう。
向かう途中で、イグニは数日前にエリーナから言われたことを思い出していた。
――――――――――――
「明後日から1週間。私の恋人になってくれ!」
「良いよ」
イグニは快諾。
「ほ、本当か!?」
「ああ。でも、詳細を教えてくれ。なんかわけがあるんだろ?」
「明後日から1週間、私はアウライト家に帰宅する。その時に……恋人を連れて帰ると約束したんだ」
「誰に……?」
「父上だ……」
エリーナの顔色は暗い。アウライト家は騎士の一族。
有名な英雄を何人も輩出している有名な貴族だ。
「父上は強い男じゃないと許さない。イグニは強い。それに、こんなこと親友のイグニにしか頼めないんだ」
そう言ってエリーナが頭を下げる。
「分かった。俺に任せてくれ」
イグニがそう応えると、エリーナの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとう。本当にありがとう!」
そう言って何度も何度もエリーナがイグニの手を強く握って、激しく振った。
――――――――――――
「よう、エリーナ」
「き、来てくれたか。イグニ」
そこにいたのはガチガチに緊張したエリーナ。それに顔色も悪い。
「顔色悪いな、エリーナ。大丈夫か?」
「も、もちろん。大丈夫だ」
エリーナは気丈にそう振る舞って、イグニの手を取った。
「あくまでも恋人の振りだ。悪いが、こうさせてくれ」
「気にするな。俺とエリーナの仲じゃないか」
そういってイグニはエリーナの手を優しく握りしめる。
「わぁ……」
すると、自分から手を握ってきたのに顔を真っ赤にしてイグニからエリーナが目をそらした。
「行かないのか?」
「い、行く!」
エリーナがイグニの手を握ったまま硬直してしまったので、イグニが先を急かす。エリーナはガチガチに固まった動きで、出来の悪いゴーレムみたいにガクガクと動きながら向かったのは竜車乗り場。
竜車とは馬車と違い、歩竜という地面を走る竜を馬がわりにした馬車のようなものである。当然、速度は早いが竜のメンテナンスに多額の費用が発生するため庶民が乗れるようなものではない。
「お嬢様。お待ちしておりました」
「あ、ああ。よろしく頼む」
そこで待っていたのは、一人の女性だった。
「そちらの方が」
「う、うむ。私の
恋人と自分で言って顔を真っ赤にするエリーナ。大丈夫かなぁ……と思いながら、イグニは礼をした。
「よろしくお願いいたします」
「いつもお嬢様がお世話になっております」
「い、イグニ。乗ってくれ」
御者さんと頭を下げあっていると、エリーナに馬車に乗るように急かされたのでイグニは馬車に乗りこんだ。
「では出発いたします」
御者さんがそう言って、竜車が進み始めた。王都の中はゆっくり進んでいたが、街道に出た瞬間にもう加速。凄まじい速度で進み始めた。
「速いな」
「うむ。そうだろう。アウライト家の竜は速いのだ」
エリーナはそう言ってどや顔。
少しいつもの様子を取り戻してきたみたいだ。
その時、イグニはエリーナに言っておかないといけないことを思い出して口を開いた。
「そうだ、エリーナ。首席おめでとう」
「ま、まぁ。私だからな! 当然だ」
「これ、気に入ってもらえるか分からないけどプレゼントだ」
そういってイグニが差し出したのは最近はやっている紅茶だった。こういうちょっとしたプレゼントがモテへとつながるのだ。
そうモテの作法16。――“小さなサプライズを積み重ねるべし”だ。
「い、良いのか!?」
「ああ。エリーナのおかげで俺もそれなりの点数が取れたからな」
ちなみにイグニのそれなりとは平均点のことである。
「ありがとう、イグニ。嬉しいよ」
「どういたしまして」
エリーナはその時初めて笑顔を浮かべて、イグニからのプレゼントを受け取った。
「……イグニ。その、ここまで来て言うことじゃないかも知れないが」
「どうした?」
「本当に……良かったのか? 私の恋人の振りなんて」
「何言ってるんだ。エリーナの頼みだろ? 引き受けるさ」
「い、イグニ」
「むしろ嬉しいくらいだよ。エリーナが俺を頼ってくれて」
「あ、ありがとう。イグニ」
イグニに向かって何度も礼を繰り返すエリーナ。しかし、先ほどからエリーナの家に対する負の感情が凄い。全体的に家の話をするときのエリーナが暗いのだ。
そんなイグニの心配を知ってか知らずか分からないが、エリーナは震える手を押さえつける様にイグニに言った。
「……イグニ。迷惑をかけるが、一週間だけ頼む」
「気にするな」
だから、イグニは笑顔でそれを受け止めた。
――――――――――――
「到着しました」
「ありがとう。エラ」
どうやらここまで送ってくれた御者さんはエラというらしい。イグニも礼を告げると、竜車を降りた。
「……こっちだ。イグニ」
「デカいな」
「無駄に、な」
目の前にはアウライト家の屋敷がでかでかと鎮座していた。下手をするとタルコイズにいた時よりも大きいんじゃないのかと思うほどである。流石は有力貴族の一家だということか。
「付いて来てくれ。イグニ」
「おう」
口を堅く結んで、いつにも増して真剣な表情をしたエリーナが扉の前に立つとエラさんが扉を開いてくれた。
「こっちだ」
エリーナは荷物をエラさんに預け、イグニも預ける様に指示されたので2人して何も持たずに屋敷の中を歩いていく。
「どこに行くんだ?」
「……父上のところだ」
「なるほど」
つまりはアウライト家の当主様ということだ。
屋敷を奥に奥に歩くこと数分。エリーナが最奥の部屋で足を止めて、扉をノック。
「誰だ」
部屋の奥から聞こえてくるのは低く、重たい声。
「エリーナです。父上」
「入れ」
エリーナが扉を開けた瞬間、ピリとした嫌な空気が部屋の奥から漂ってきた。
「……ほう? そいつが」
中にいたのは初老の男性だった。僅かに白髪が混じった髪の毛を束ね、大きな椅子に深く腰かけている。身体はひどく大きく、普段から徹底して鍛えていることが伝わってきた。そして、その手の届く範囲には1本の長剣がある。
……魔剣師だ。
「はい。お約束していた……こ、こっ、恋人です」
途中で鶏みたいになりながら、エリーナがそう言った。
「こいつはとんでもない奴を捕まえてきたな。エリーナ」
「と、とんでもないとは……?」
アウライト家の当主は笑いながら、イグニを見た。
「なんだ。気が付いてないのか? まぁ、良い。お前にはそこまで
当主が剣に手を伸ばす。
「少し、手合わせしたいほどだ」
「御冗談を」
剣に手を伸ばしたアウライトの当主にイグニが両手を挙げて、先に降参のポーズを取る。
「私では不満かね。……名前は?」
「……イグニです」
「良い名前だ。機会があれば、手合わせ願うよ」
「……“刹那”のセッタと学生が、ですか」
「私のことを知っているか。イグニ君」
“刹那”のセッタと言えば、男の名前をろくに憶えないイグニですらも名前を知っている怪物だ。かつて、“剣の極点”に最も近い男と言われながら魔法にたどり着けずに一線を引いた男。
「
「いえ。
かくて、2人は手を握りあった。
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