第3-18話 遠征と魔術師
「海だー!!!」
イグニたちは馬車から降りるなり、走り出してビーチに向かった。
「海じゃないですか! ミル会長!!」
「そうだよ! 毎年ここなの!」
目の前にいっぱいに広がる大きな海にイグニたちは感激。
だが、サラとリリィが海を見たまま固まった。
「ど、どうしたんだ? 2人とも」
「みずが……いっぱい……」
「こんなに大きい湖は初めて見ました……」
「これは湖じゃなくて海だぞ。リリィ」
「海?」
「ああ。湖よりもずっと大きな水溜まりだ!」
水溜まり、という表現があっているのかどうかは置いておいて、イグニは説明しやすいであろうその言葉を選んだ。
「皆さま、荷物を運びますわよ。今回の遠征では同じロッジを別の部活動の方も使われるそうなので、失礼のないように」
と、ヴァリア先輩が馬車に残っている荷物を地面におろし始めたので、イグニは荷物を掴んでロッジに向かう。
「他の部活動って、同じ時期に遠征やってるってことですか?」
イグニはヴァリア先輩の隣を歩きながらそう聞いた。
「そうですわね。あちらの部活動も毎年この時期に遠征を行っていますわ」
「どこの部活なんです?」
と、イグニが尋ねた時、目の前に見知った顔があった。
向こうもイグニを見て驚いた顔。
「えっ!? アリシア??」
「あれ、イグニじゃない。どうしてここに?」
「俺は生徒会の遠征だけど……」
「私は占い部の合宿よ?」
アリシアはそう言って水晶を見せた。
「あら、説明が省けましたわね。今回、同じロッジを使うのは占い部の皆さまですわ!」
ヴァリア先輩はそう言って、目の前にいるアリシアたちにほほ笑んだ。
「あ! イグニ様! イグニ様はどうしてここに!?」
シュタタ、と走ってくるイリス。
「俺も合宿なんだ」
「わっ! 運命ですね! よろしくお願いいたします」
ぺこり、と頭を下げるイリス。
「ではイグニさん、行きましょう」
「はい」
「んーっ!」
ヴァリア先輩と一緒にロッジに向かおうとしていたところ、イグニの隣をその身にあまる大きな荷物を持って歩くサラが隣を歩いていく。
「さ、サラ? そんなに荷物を持って大丈夫か?」
「へーき!」
「ほ、本当に大丈夫かなぁ……」
ちょっと心配になるイグニ。
結局、サラはロッジに向かう途中で荷物が持てなくなり、代わりにイグニが持つことになった。
「よし、全員そろったね」
ロッジの大広間を借りてイグニたちはミーティング。
「まず、この遠征の目的はまず何よりも生徒会メンバーが仲良しになること。同じ場所で同じ時を過ごせば仲良しになれるからね!」
そう言ってにこっと笑うミル会長。可愛い。
「でもまずは、お昼ご飯から作りましょ!」
「「「はい!」」」
一同は持ってきた食材を取り出しにかかった。
「イグニくん、火の調整お願いね」
「任せてください」
自信があるイグニは胸を張って答える。
「ユーリ君は食材を切って」
「はい」
「お手伝いする!」
「じゃあサラちゃんは水で食材を洗ってもらおっかな」
「うん!」
サラは頷いて水で野菜を洗う。
「わっ!」
ぼと、とサラが食材から手を離してしまった。
刹那、瞬きする間だけ莫大な魔力が溢れて……。
「どうした?」
「ビリってしたの」
全ての魔力が、消えた。
そういってサラが指さしたのは……魔導具である腕輪。
「ビリってしちゃったか。痛くなかった? 大丈夫だった?」
「うん。痛くなかったよ。びっくりしただけ」
サラの魔導具は、サラの溢れ出る魔力を押さえつけている魔導具。
それがあることでサラは普通の生活を送れている。
それがビリっとしたってことは……。
(水に弱いのか?)
イグニは首を傾げる。
「サラ、包丁もったことあるか?」
気を利かせたミコちゃん先輩がサラを水から遠ざける。
まだ壊れていないだろうが、もし腕輪型の魔導具が壊れたらここら一体が『魔王領』と化してしまう。
それだけは避けなければならない。
(予備持ってきておいてよかったぁ……)
アリシアが念のためにと持たせてくれた予備の腕輪型魔導具の存在を思い出し、イグニはほっと安堵の息を吐いた。
――――――――――
同時刻、『魔王領』。
「いま、いたな」
そこにかつての『魔王領』の面影はない。あふれ出る魔力が消えモンスターたちの大部分が弱体化しており、魔力による大地の浸食も無い。
ただの、未踏破の大地だけがそこに広がっていた。
「方角的には帝国か、王国の方向だな」
“深淵”のアビスが得意とする『異界渡り』を終えた直後の出来事だった。
「魔力が出現して消えたってことは、誰かが魔力を抑えてんのか。それとも魔導具か」
アビスが息を吐き出すと同時に、上から蛇が落ちてきた。
全長30mはある大蛇が。
「ふむ……」
音もなく落ちてきた大蛇が、空中で固定される。
「『遺体』じゃないのか……。もしかして」
アビスは自分の頭を、こんこんと指で叩きながら思考する。
「明らかに魔力が無秩序ではなく、整えられていたな。思考があるのか、それとも兵器転用か」
アビスのすさまじい感知能力と、今まで築き上げてきた実験結果からひたすら考察していく。
「『遺体』だとして兵器転用するか……? あの王国と帝国が……?」
『魔王領』に大地を変換する兵器。
確かに敵国を落とすときには必要だろう。
だが、その結果として『聖女』や『聖人』による浄化を行わなければ大地は使えない。
そして、敵国を非人道的兵器によって落とした国に『聖女』や『聖人』は向かわないだろう。
それに何よりも王国と帝国は、
「せっかく落とした国だって、そこが使えなきゃ意味ねェしな。わざわざあの2国が兵器転用するとは思えねぇ」
アビスは捉えた大蛇をゆっくり捻じりながら、思考する。
本当に必要ない。
王国も帝国も、敵国を落としたいのであれば“極点”1人を派遣すれば良い。
それだけで、ほとんどの国は成されるがままになるだろう。
魔法使いに対抗できるのは、魔法使いだけだからだ。
「だとしたら、生きている……。『魔王』が?」
ぶち、と大蛇の筋肉が弾性限界を超えてちぎれ始めた。
「まさか。それはあり得ない。『魔王』は死んだはずだ」
大蛇の血で大地が染まっていく中、アビスの影がぼこりと沸き立った。
「……まあ、見つけるまで考えたってしょうがねえか」
影から現れたのは、黒い人型。
「よし、行け行け。探し出せ」
人型はアビスの指示に従って、『魔王領』から駆け出した。
アビスはそれだけ言うと、大蛇の死体を放置して再び闇に消えた。
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