第3-17話 歴史と魔術師
昼過ぎの教室。
昼食を食べ終わって次の授業が座学だというのだから、生徒たちが一番眠気と戦う時間だ。
「今日はいよいよ『魔王』の授業だ。ちゃんと予習はしてきたか?」
午後一の授業がまさかの歴史。
イグニはあくびを噛み締めた。
「『魔王』というのは……100年以上前に現れた災厄だ。最北の国をたった2週間で滅ぼした化け物だな。当時、“極点”はいなかったが『魔王』討伐のために天災魔術や大規模魔術は何度も行使され、今でもいくつか使えない土地がある」
教師が教科書を開いて、一方的に喋っていく。
イグニとて、その内容は知っていた。
いや、イグニだけじゃない。この場にいる全員が幼いころから、それを聞いている。
「北から南へ。『魔王』はわずか1年で10以上の国を落として、ひたすら南下した。そして、この『王都』以外の全ての大地が奪われた。文字通り、全ての大地が、だ」
イグニは2度目のあくびを噛み殺す。
ちらり、と隣にいるサラを見ると彼女は真面目に教師の話を聞いていた。
サラはかなり言葉が上手くなったので教師が何を言っているのかを聞いているのだろう。サラにとっては初めて聞く内容なのかも知れない。
「多くの国々が抵抗し、多くの魔術が生まれた。そして、禁術もな」
「きんじゅつ……?」
と、サラがイグニに振り返ったので「危ないやつだよ」と、教えてあげる。
「多くの種族が散っていった。
教科書に記された絶滅した種族の欄に書かれている種族を見て、全員が黙り込む。
その全てが100年前まで、いつもと同じような日常生活を送っており、そして100年前の戦争で全滅したのだ。
「『魔王』が原因で人類の90%以上が死んだと言われている」
教師はページをめくりながらそう言った。
「だが、我々人類が生き残っているのは、『魔王』が倒されたからだ」
教室の中の何人かのテンションが上がっている。
歴史マニア……というか、勇者オタクの連中だ。
「“万能”なるグローリアス。生まれついて全ての適性が【S】という天才。この名前よりも、“勇者”という響きの方がなじみ深いか」
サラは教師の話を熱心に聞いていた。
はぇー、という顔をしているのが可愛らしくてイグニは笑ってしまう。
「その勇者と、他の仲間たちが最後の戦いで『魔王』に勝利した。だから、こうして生きている。残りの2人は誰、と言わなくても知っているだろう?」
教師が生徒たちの顔を見渡した。
「エスメラルダ帝国初代皇帝である“剣聖”ケイン・エスメラルダ。ロルモッド魔術学校の学長である“
教師の話はそれからというもの知っていることばかりで、イグニは眠気と戦いながらなんとか授業を乗り切った。
「『魔王』はわるい人!」
授業が終わるやいなや、サラがイグニに向かってそう言ってきた。
「ど、どうした? サラ」
「『勇者』は良い人!」
「う、うん?」
急にテンションが上がっているサラに追いつけないイグニ。
「初めて勇者の物語聞いたからテンション上がってるのかしら?」
と、首を傾げたのはアリシア。
それにイグニは「あー……」と、唸った。
勇者の物語を聞いて勇者に憧れるのは、子供であれば誰でも通る道だ。
「むふーっ!」と、大きく息を吐いたサラにイグニは苦笑した。
この娘はどうして自分が『魔王領』にいたのかを語ってくれない。
いや、語れなかったのだ。
だが、この調子ならすぐにでも語ってくれるのかも知れない。
どうしてあんなところにいたのかを。
「イグニ、生徒会行こう」
「そだな」
「じゃあ私たちは部活に行ってくるわ」
アリシアが席を立って、イリスといがみ合いながら教室を出て行く。
仲良しだなぁ、とイグニは彼女たちを見ながら思った。
イグニも生徒会に向かった。
「よう! イグニ!!」
「お久しぶりです! ミコちゃん先輩!」
開幕デカい声で挨拶してきたミコちゃん先輩にイグニも挨拶を返した。
「あれ? ミル会長とヴァリア先輩は?」
「2人とも顧問のところに行ってんよ」
「顧問? 生徒会に顧問なんていたんですか?」
初耳の事実にイグニがそうミコちゃん先輩に聞き返すと、
「そりゃお前。一応、生徒だけの集まりで生徒会はできないだろ」
と、返ってきた。
確かにそれはその通りなのかも知れない。
「2人が返ってくるまで暇だからお茶でも入れてやんよ。そこ座ってな」
ガサツな喋りなのにめちゃくちゃ気が利くミコちゃん先輩はそう言って、ポットで水を沸かし始めた。
「おかし食べたい!」
「おっ、だいぶ喋れるようになってきたな。待ってな。奥の戸棚にクッキーがあったはずだから、出してやるよ」
サラが生徒会のメンバーで一番に懐いたのはミコちゃん先輩だった。
子供の面倒見が良いのが伝わるのかも知れない。
包帯でぐるぐる巻きのヴァリア先輩と、ミル会長には意外と懐かなかった。
「お待たせしましたわ」
そういって、聞きなれない声とともに生徒会室に誰かが入ってきた。
「あら、皆さん。もうお揃いで」
入ってきた女性がちらりと、イグニたちを見渡す。
「だ、誰ですか?」
「生徒会に用ですか?」
リリィとユーリが入ってきた女性に尋ねる。
だが、イグニは。
(き、きっ、金髪縦ロールお嬢様だっ!!?)
――――――――――
あれは珍しく、イグニたちが街にいた時だった。
『貴族は嫌いか? イグニ』
『嫌いだよ』
『そうか。じゃが、アレはどうじゃ?』
そう言ってルクスが指さしたのは金髪縦ロールのお嬢様!
『……あ、あれはッ!?』
『王国でちょっと前に流行った貴族の格好よ』
『あ、あのドリルみたいな髪の毛は……!?』
『魔力が制御しやすい……と、言われておっての。まあ、実際にはそんな効果はないんじゃが』
『……でも貴族なんでしょ?』
『ふむ、イグニよ。前に言ったことを覚えておるかの?』
『どれ? 貴族はモテないってやつ?』
『そうじゃ。貴族にはしがらみが多い。制約だらけで、普通に暮らしておっても息が詰まる』
『だよね』
『じゃが……それは、あのお嬢様も同じこと……っ!』
『……っ!?』
イグニは驚いた表情でルクスを見た。
『何も知らないお嬢様に……庶民の暮らしを教えるのは良いぞ』
『……ッ!! そ、それは……!?』
『無知ェーションの……応用編よッ!』
『いや、言いづら……』
『ワシに言うな!』
バチン!!
『うわっ。くっそ! 油断してた!!』
――――――――――
な、懐かしい……!!
久しぶりに見る……金髪縦ロール……!!
目の前にすると……かなりの……圧力……!!
「あら、そういえばこの姿で会うのは初めてでしたわね」
「おう。ヴァリア。帰ってきたか」
「えっ!? ヴァ、ヴァリア先輩!!?」
「ええ、そうですわ。
「あ、あのヴァリア先輩が……!」
包帯でぐるぐる巻きになっていたミイラみたいな先輩が、まさか金髪縦ロールお嬢様だったなんて……!!
たまらん……!!
「あ、みんな揃ってるね」
のし、とヴァリア先輩の後ろにミル会長がのしかかった。
「じゃあ、みんな座って座って。大切な話があるから」
「大切な話?」
「そう! 生徒会、毎年恒例のこの企画!」
ミル会長が全員に小冊子を配布する。
「生徒会の遠征だよっ!」
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