第3-16話 禁句と魔術師
「リリィ、こっちだよ」
「ここは?」
「最近、流行ってるお店なんだって」
イグニがしっかり事前リサーチを済ませておいたパンケーキ屋に2人はいた。
「パンケーキ……ですか?」
「食べたことある?」
「ううん。ないです」
「俺もなんだ。リリィと一緒に来ようと思って」
「本当ですか?」
「本当だよ」
イグニはほほ笑む。
パンケーキ屋は並んでいたので、イグニたちはしばらく待つ。
「イグニって夢はあるんですか?」
「夢っていうのは?」
「学校を卒業した後です」
「……んー」
イグニはリリィの問いかけにしばらく考えて、
「フリーの魔術師になろうかな」
「魔術師、ですか」
「うん。『大会』で優勝してるし、知名度はあるかなって」
フリーの魔術師は、冒険者のようなものだ。
傭兵と違うのはギルドにて舞い込む依頼が違うという点にある。
冒険者というのは……文字通りの
即ち、人類の未踏破地点や『魔王領』などの人類の手が届かない領域に手を伸ばし、新しい大地を見つけることが生業であるのに対し、魔術師はもっと生活に根差している。
「リリィは?」
「私は……。分からないんです。きっと、エルフの国に戻るのでしょうけど」
リリィは暗い顔を浮かべて、うつむいた。
「昔はそれで良いと思っていたんです。でも、今はそれじゃあダメだと思って」
「うん」
こくりと、イグニは頷く。
「だから、今は夢がないんです」
「じゃあ、ゆっくり決めていこうよ」
「ゆっくり?」
「だって、あと2年くらいはこっちにいるんだろ?」
「はい」
「なら、その間に見つければ良いんじゃないかな」
「そう……なんでしょうか?」
「俺だって、すぐにやりたいことを見つけられたわけじゃないしね」
家から飛び出て、何もできなかったイグニが夢を持てたのはルクスがいたからだ。
「大変お待たせ致しました! こちらにどうぞ」
雑談しているとイグニたちの順番が回ってきたようで、2人は店の中に入った。
座席につくと、メニューを手渡された。
「わっ。すごい値段ですね」
「良い値段するな」
パンケーキ1つで銀貨1枚である。
銅貨100枚で銀貨になり、銅貨30枚あれば1食分は賄えるので相当な値段だ。
「リリィはなに食べたい?」
「えー。イグニは何が良いですか?」
「なん――」
なんでもいいよ、と言おうとした瞬間に、イグニの時間が強制的に圧縮される。
それは、人間が危機的状況において強制的に引き出される生物の本能……!
イグニの根底にある本能がその返答を危険と判断して、脳裏に過去の映像を強制的に流す……!!
――――――――――
『イグニよ』
『何だよ。じいちゃん』
それは、『魔王領』にやって来てすぐのことだった。
『そろそろちゃんと、具体的なテクニックを伝えておくべきかと思っての』
『具体的なテクニック? 『ファイアボール』の??』
『ワシは使わん。それは自分でどうにかしろ。ワシが教えるのは『モテ』についてじゃ』
『おお! マジか!! 教えてくれ! じいちゃん!!』
『ここがデートじゃとしよう』
『なんかテンション上がってきなぁ~』
イグニは基本的に単純である。
『飯屋に入った時に女がお前に聞くじゃろう。『何食べたい?』とな。何と答える?』
『んー……。『なんでもいいよ』かな』
『甘いッ!!』
バチン!!
『叩くようなことかこれ!?』
『イグニ! いまお前が選択したのは悪手!! 『なんでもいい』はお前には良くても女にとってはよくないのじゃッ!!』
『そ、そうなの!?』
イグニとしては気を利かせたつもりだったのだが。
『どうせ気を使ったつもりなのじゃろうが、それをされても女は困るだけ! 逆の立場で考えろ! お前が女に食べたいものを聞いて『何でもいいよ』と帰ってきたら屋台の適当なもの食わせるかッ!?』
『た、食べさせない……!』
何でもよいと言われたらイグニは相当考えて、店を選ぶだろう。
『そうじゃ! 『何でも良い』と返答された側は答えに困る!』
『た、確かに……!』
『なぜお前はされて困ることを女に出来る……!』
『……っ! か、考えてなかった……!!』
そりゃビンタもされるわ……。
と、イグニは1人で納得した。
『相手の立場になって考えることは大切……! じゃから、こういう場合の答えがある……!』
『ど、どうすれば良いの!?』
『まず、選択肢を提示する……!!』
『せ、選択肢を……!?』
『そうじゃ! あくまでもお前が相手に気を使いたいというのなら、いくつか店のジャンルを提示し……それで向こうに選ばせる……!!』
『…………!』
『それだけで少なくとも相手が大きく困ることは無い……!』
『な、なるほど……!!』
『それだけじゃあないッ! そもそも……優柔不断な男はモテないッ!』
『ゆ、優柔不断な男はモテない……!?』
イグニは震えた。
『そうじゃ……ッ! 優柔不断ということは、頼りないということ……! 何か一部で抜けているなら、それも愛嬌になるが……! イグニ! お前に愛嬌は無いッ!!』
『ぐおおお……』
ビンタよりも心に刺さる言葉の棘がイグニの心臓に深々と刺さった。
『じゃから、お前の抜けているところはただの欠点……! モテにはつながらん……!!』
『こ、心が……痛い……』
『己を知り、相手を知るッ! 彼我の戦力分析は戦いだけではなく、モテにおいても必須ッ! 分かったら自分を知れッ!』
『わ、分かったぜ……! じいちゃん!!』
――――――――――
「どうしたんです? イグニ」
「い、いや。何でもないよ」
あ、危ない。
このままだと優柔不断な男になるところだった。
「これとこれなんか美味そうじゃない?」
イグニはメニューの中から2つほど指で選んで決めた。
「じゃあ、こっちにしましょう!」
そういってリリィがイグニの選んだ1つに決めた。
――――――――――
「あー! あのパンケーキ屋いつかイグニ様と行こうと思ってたのに!」
「でもあの店そんなに美味しくないって噂よ」
と、アリシア。
「そうなのか? クラスメイトは美味しいって言ってたが……」
と、困惑したエリーナ。
「美味しくないパンケーキ屋はこの間潰れたよ。あっちの方にあったやつでしょ?」
最後に呆れた表情のイリス。
向かいの喫茶店に入ってイグニたちを観察しているアリシアたちだが、イグニは一向にそれには気が付かない。
「わっ。『あーん』してもらってる! リリィが『あーん』って! 私だってまだイグニ様にされたことないのに!!」
「あんたは介抱してもらったでしょ」
「あれ水飲ませてもらっただけじゃん!!」
2人で盛り上がるのは入学式の日のあれである。
「2人とも、そろそろ行かないと部長が怒るぞ……」
エリーナは太陽の位置を見ながらそう言った。
そもそも3人は『占い部』の活動途中である。
「部長が?」
「うむ。何しろ今日は大事な発表があると言っていたからな」
「はぁ……」
アリシアは大きなため息をついて立ち上がった。
「何よ。せっかくこれから良いところだってのに」
「大事な発表って何か知ってる? エリーナ」
「毎年恒例の合宿じゃないのか?」
「合宿ぅ? 私たち授業で合宿したばっかりなんだけど」
「そういうな。恒例なんだから」
部長を怒らせたくない3人は渋々店を後にした。
イリスとアリシアは、どうやってイグニをデートに誘うかを考えながら……。
――――――――――
「今日は楽しかったよ。リリィ」
「私もです」
いつの間にか2人の手は結ばれており、夕日が優しくそれを照らしていた。
「また、デートしませんか?」
「リリィさえ良ければ」
「……ん」
リリィは自分から言っておいて、イグニからの返答が恥ずかしかったのか顔を少しだけ赤くした。
「ね、イグニ。目をつむってください」
「うん?」
イグニはリリィの言う通り、目をつむって。
ふと、柔らかいものが唇に触れた。
「へっ!?」
イグニが素っ頓狂な声を上げると、
「また学校で会いましょう!」
リリィは顔を真っ赤にして、寮へと帰っていく。
彼女から甘い匂いはしなかった。
惚れ薬の効果がとうに切れていることなど、イグニのあずかり知らぬ所である。
あずかり知らぬ所であるからこそ、イグニは死ぬほど喜んだ。
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