第3-12話 策士策に溺れる

「良い? イグニ。釣りは魚の気持ちになることが大切なんだ」

「魚の気持ち?」

「そうだよ。どういう場所に獲物がいれば食いつくか、それを理解しておくことが大切なんだ」

「な、なるほど」


 モテの授業でじいちゃんに同じことを言われたなぁ、とイグニは考えながら釣竿を振った。


 綺麗きれいな弧を描いて、ぽちゃん……と水面に波紋が広がる。


「あとはこのまま待つだけだね」


 ユーリがイグニの隣でほほ笑む。


 その反対側にはサラが水面をじぃっと眺めながら釣竿を手に握っていた。


「ユーリは釣りが得意なのか?」

「得意って言うか、村にいた時に何度かやったことあるだけだよ」

「それにしては慣れてるな」

「そうしないとご飯が食べられなかったからね」


 はかなげにユーリがほほ笑む。


 そんなに飢餓きがが酷かったのだろうか? 

 イグニは心の中で首を傾げた。


「おさかなさんがっ!」

「ん? あっ。引いてる!!」

「サラちゃん。踏ん張って!」

「んっ!!」


 ユーリの指示でサラが一生懸命に踏ん張って魚と悪戦苦闘する。


「サラ! 頑張れ!」


 イグニは自分の竿を放置して、サラを応援。


 サラは頑張って竿を持ち上げると……魚が食いついている!!


「つれた! つれた!!」


 まだ言葉がおぼつかないが、身体の全身を使って喜びを表現するサラが可愛くてイグニは頭をそっと撫でた。


「んふー」


 それに満足げな顔を上げるサラ。

 そのドヤ顔は若干イグニっぽいことも無いこともない。


「あっ! イグニ!! 竿がっ!」

「ん? おおおおっ!!」


 見るとイグニの放置している竿が凄まじい勢いで引っ張られていく。


「待て待て待てッ!!」


 イグニは慌てて釣竿を掴んで引っ張る。


「こ、こいつ……! すごい力だっ!」

「お、大物かも!?」

「わぁ……!!」


 イグニは何とか力を込めて……竿を持ち上げるッ!!


「わははっ!! 僕だっ!」

「どこに行ったかと思ったらエドワードじゃねえかッ! 何やってんだっ!」


 ざっぷんっ! 

 と、大きな音を立てて水面から持ちあがったのはエドワードっ!!


 これにはイグニもちょっとだけ素が出てリアクションを返した。


「驚かせてやろうと思ってな」

まぎらわしいことしやがって……」


 魚じゃなくてエドワードが釣れるとは。


 っていうか、こいつ長く潜ってたってことは『身体強化』魔術使ってたな。下らないことに魔術を使いやがって……。


 あきれ気味のイグニに対して、水面からの登場はサラに大受けだった。


「そういえば女子は何をしてるんだ?」


 身体の水を切りながらエドワードがイグニに尋ねた。


「なんか森の中に入ってったよ? 山菜を取りに行く……とか言ってたけど」


 ユーリがそういって森の奥を指さした。


 ――――――――――

「リリィ! 私たちは協力だよ!」

「もちろんです。イリス! アリシアに負けるわけにはいきませんからね!」


 2人の手が固く結ばれる。


「ふふっ。私の薬はもう『寝かし』の段階に入ってるわ」

「く……っ! イリス、急ぎましょう!」

「材料は私に任せてください!!」


 ドヤ顔のアリシアを残して、リリィとイリスが駆けだした。


「必要な材料は『好気茸』と『カタリ草』。あとは『アモの石』……だよね?」

「そうです! 『カタリ草』は大きな木々の根っこに良く生えている草です。大樹から栄養を直接奪う草だから、この近くにあるはずです……。あった!」


 森の中をイリスの【地】属性の魔術で地面を作りながら立体的に進む2人は凄まじい速度で材料を1つ見つけた。


「『アモの石』は魔力がよどんでいるうろの中に作られます。もっと奥に行きましょう!」

「任せて」


 イリスの適性は【地:S】。

 ここに来て、その才能を存分に発揮しながら森の中を高速移動。


「あ、待ってください! 『ネゴシオ苔』も必要ですから、もうちょっと高度を落としてください!」

「『ネゴシオ苔』? 解毒薬の材料でしょ。何に使うの?」

「何言ってるんですか! アリシアの『惚れ薬』を解除するために決まってるでしょう!」

「……っ! 流石はエルフ……っ!」

「ふふふっ。薬と森で私に勝とうなんて100年早いですよっ! アリシア!!」


 かくて、2人の姿は森の中へと消えて行く。


 一方、残されたアリシアは『寝かし』ておいた惚れ薬の原液を取り出して……それに自分の金髪を1本入れた。


 ぱっ! と、一瞬だけ明るく輝いて……髪の毛が薬の中に溶ける。


「どうせリリィは解毒薬を使って効果を消そうとするんだろうけど」


 アリシアはあらかじめ取ってきておいた『ネゴシオ苔』を惚れ薬の中に入れる。


「バレバレだわ」


 『ネゴシオ苔』は特定の薬物のを逆転させられる苔である。

 つまり、活性状態にある薬を非活性状態に。非活性状態の薬を活性状態に。


 アリシアの薬液はこれによって非活性状態になった。


 つまり、あと2人の薬をイグニが飲むことによってイグニの体内でアリシアの薬剤が活性化されるという目論見である……っ!!


「策略で私に勝てると思わないことね、リリィ」


 そして、ほほ笑んだ。


 ――――――――――


「イグニ、お椀取って」

「はい」


 イグニはアリシアの指示を受けて、自分のお椀を渡した。

 そうして、受け取ったお椀にアリシアがスープを注ぐ。


 既に日が沈みそうな中、彼らは夕食の準備をしていた。


 アリシアがスープの準備をしている間、イグニはメインディッシュであるバレットラビットのステーキを全員に行き届くように皿にのせる。


 イグニの視線が外れた瞬間、アリシアはイグニのスープにそっと『惚れ薬』を投下。


「はい、イグニ」

「ありがと」


 なんの疑いも持たずにイグニはそれを受け取って、自分の前に置いた。


「イグニ、水はありますか?」

「ああ、ごめん。入れてもらえるか?」


 他のメンバーは【水】魔術によって水を生成できるが、イグニは『ファイアボール』しか使えないので水が飲めない。


 だが、それを知っているリリィが気を利かせて魔術で水を入れてくれた。

 その隙に『惚れ薬』を入れているのだが、イグニは気が付かない。


 何故なら、


「イグニ、私もおさかなさんをきる」

「だ、大丈夫か……?」


 サラの料理……というほどでもないがナイフで魚を食べやすい大きさに切るのを、怪我しないように見守っているからである。


 その隙に、イグニのバレットラビットのステーキの上にバレない程度に『惚れ薬』をイリスがかけた。


 『惚れ薬』は無色透明なので、暗闇の中では誰にも分からない。


「きる」

「だ、大丈夫か……? 指切るぞ」


 サラの危なっかしい手つきを冷や冷やしながら見つめるイグニ。


「過保護ねぇ。人は怪我して学ぶのよ」

「アリシア、そうは言うけど……」

「ほらもう、こっち来なさい。アンタって子供が生まれたら親バカになりそうね……」

「怪我したら僕が治すから、問題ないだろ」


 というわけでイグニは着席。遅れてサラは手をべとべとにして、イグニの隣に座った。


『いただきまーす』


 誰から、というわけでもなく声を揃えて食事に入る。

 イグニが口に運ぶ物、それを戦々恐々として見つめている者たちが3人。


 そんなことなど、露も知らずイグニは料理を口に運んだ。




 


 彼女たちは『惚れ薬』が“古の魔術”であるが故に知らなかった。


 『惚れ薬』とは、薬を飲んだ者が作った者に対して強い恋愛感情を抱かせる薬である。


 だからこそ、この薬において『ネゴシオ苔』を入れる手順は明確に決まっている。それは入れるタイミングによってからだ。


 『ネゴシオ苔』は強い効能を持っているが故に、『惚れ薬』においては完全に体系化されていた。しかし、その体系化された術は『魔王』との戦いによって消失してしまった。


 ――先に飲んだ『惚れ薬』を無効化させるタイミングがある。

 ――『惚れ薬』ではなく、『嫌悪薬』にさせるタイミングがある。


 そして、通常の薬液が反転して――『惚れ薬』になるタイミングがある。


 奇しくも、3人が作ったのはそれであった。

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