第3-11話 キノコと魔術師
背の高すぎる大樹の間から日の光が差し込んで、キャンプ地を優しく染め上げる。
「朝日も昇ったことだし……みんなを起こすか」
「そうね」
イグニが男専用のテントに起こしに行く途中で、アリシアが声をかけてきた。
「ね、イグニ」
「ん? どした??」
「時間にも場所的にもいまの私たちには余裕があるわけじゃない?」
「余裕はあるな。こんなに幸先よく食料も場所も確保できるとは思って無かったわけだし」
「ということはさ。クエスト攻略に手を出しても良いんじゃないかなって思うの」
「好気茸……だっけ? でも生えてる場所が特殊なんだろ?」
「そうね。私の持ってる本には、森の奥深くにいる『ハーフウェイ・スパイダー』の身体に寄生して生えてくるって書いてあったわ」
「詳しいな、流石はアリシアだ」
「こっ、この間たまたま読んで覚えてたのよ!」
まさか『惚れ薬』の作り方を調べていたとは言えないアリシアは、そういって
「起きたばっかりのみんなをクエストに参加させるのも悪いし、俺たちで行く?」
イグニの問いかけにアリシアは、こくりと
「それが良いわね。そうしましょう」
イグニからの提案はアリシアに取っても願ったり叶ったりである。
イリスは同じ“占い部”なので好気茸のことを知っているし、リリィはエルフ。森のことに関してはアリシアたち以上に知っているだろう。すなわち、好気茸が何に使われるのかも。
ここでライバルたちに差をつけるべく、アリシアはイグニとともに森の奥へと入ることにした。
「大丈夫かなぁ……。サラを置いてきて」
「何言ってるの。我慢させたのあなたじゃない」
「森の奥に連れて入るのは危ないかなって思って……」
イグニとアリシアは巨大な根を迂回しながら森の中に入っていく。
起きたばかりのサラに、イグニは用事があると言ってキャンプ地点に置いてきた。泣きそうな顔になっていたが、イリスが一生懸命慰めていたので大丈夫……だと思いたい。
「ま、そんなに心配ならさっさと取って帰ってあげましょう」
「そうだな」
アリシアの後ろを歩いていたイグニは頷く。
『ハーフウェイ・スパイダー』はEランクのモンスターで、はっきり言って弱い。
弱いというか、中級魔術を使えるような魔術師であればどう転んでも負けない。だが、その弱さゆえに、『魔王領』におらず、イグニにはどこに生息しているのか分からない。
なのでアリシアの案内に任せるままに歩いているのだが。
「大きさ的には30cmくらいのちょっと大きめの蜘蛛なんだけど、背中に大きなキノコがあるからそれが目印よ」
「そのキノコが好気茸?」
「そうよ。逆に言えばキノコがない蜘蛛を捕まえても意味ないの。キノコの大きさ的には蜘蛛と同じくらいで、色は黄色……」
「…………大きさ的には蜘蛛と同じくらいで、色は黄色なんだよな?」
「そのはず、だけど」
「大きさ的には蜘蛛と同じで、黄色のキノコだよな?」
「そ、そうだけど。どうしたの、そんなに確認して」
「あった」
「えっ!?」
アリシアが凄まじい速度でイグニの方を向く。
「あそこにあるやつじゃないか?」
「あそこって……ど、どこ?」
「ほら。あの黄色いやつ」
イグニが指さしたのは木々の根っこに埋まるように生えている、黄色いキノコだった。
アリシアの両目がばっちり捉えて、好気茸と判断した。
「よ、よく見つけたわね」
「黄色いキノコは目立つからな」
それが好気茸の生存戦略なのかも知れないが、
「2、3本持って帰れば良いかな?」
「そうね。それで十分でしょ」
イグニたちは好気茸を3本ほど採取する。
そのイグニの裏に隠れてアリシアがこっそり何本か自分のポケットに入れているのに、イグニは気が付かなかった。
――――――――――
「んっ!」
キャンプに帰ると、真っ先にサラがやってきてイグニに抱き着いた。
「良い娘良い娘」
イグニがそう言って紫の髪の毛を
「キノコ……だっけ? 見つかったのか、イグニ」
朝から釣った魚を焼いて食べていたエドワードがそう聞いてくる。
ユーリはイグニたちが帰ってくるのに合わせて、釣った魚を串に刺していた。
「それっぽいのが何本かな。いまアリシアが図鑑で調べてくれてるよ」
「クエストですか。でも、別にクリアする必要は無いんですよね? イグニ」
そう聞いてきたのはリリィだ。
お腹が空いているのか2匹目の魚に手を出している。
「そのはずだ。エレノア先生だって、今回の合宿は生き残りさえすれば点数くれるって言ってたし。クエストはあくまでも加点だから、クエストはできるなら……って感じなんだろうな」
そんなことを言っていたら、クエストロールを抱えてアリシアがテントから出てきた。
「うん。クエスト達成ね」
「お、合ってたのか」
「なんのキノコだったんです? イグニ様」
ユーリから魚を受け取ったイリスがイグニの隣に座った。
ちなみにもう一つの隣にはサラが座っている。
「好気茸ってやつ。知ってるか?」
「こ、好気茸?」
イリスの声が震える。それと同じく、リリィもびくっと揺れた。
そんな危険なものなのか……?
と、イグニが首を傾げる。
ここは森の先生であるリリィに聞いてみようと思ってイグニが視線を向けると、
「こ、好気茸は……うつ病の治療に使われるキノコです。そのまま食べると気分が高揚するのですが、食べ過ぎると泥酔状態みたいになるんです」
「うつ病の治療、ね」
確かに名前だけ聞くと、食べればテンション上がりそうな名前だ。
「ね、ねえ。アリシア。ちょっと話があるんだけど」
「奇遇ですね、イリス。私もアリシアに話があります」
「な、何よ……っ!」
アリシアがたじろぐ。
「ちょっとテントでお話しましょう。あ、男の子は入ってきちゃだめですよ」
「入るわけないだろう」
と、リリィに返したのはエドワード。
ぱん、と乾いた音を立てて女子テントの入り口が封鎖された。
「……知ってたんですよね。アリシア」
最初に口を開いたのはリリィだった。
「な、なんの話かしら……」
「しらばっくれても無駄だってば」
イリスがアリシアに詰め寄る。
「アリシアのことだから保険として何本か取ってきてるでしょ? 好気茸」
「く、クエスト用のはね」
「まだ白を切るんだ。へー」
イリスが乾いた笑みでアリシアを見る。
冷や汗を垂らしながら後ずさるアリシア。
「リリィ! 行くよ!」
「分かってます!!」
息をそろえて2人はアリシアにダイブ。
「ちょっ! やめっ! どこ触ってるのよ!!」
「どこに隠してるんですか!!」
「いい加減出しなってば!!」
イリスとリリィがアリシアの身体を探り続ける。
一方の男連中は『
「あ、ありましたよ! イリス!!」
「やるじゃん!」
何とかリリィとイリスは一本ずつ好気茸をゲット。
かくて、原材料は2人の手に渡ってしまった。
「……知ってるかしら」
だが、倒されたはずのアリシアは幽鬼のように立ち上がる。
「惚れ薬は……最初に飲んだ人にしか効果がないことを……」
「「……っ!!!」」
2人が思い出したかのように顔を見合わせた。
「私が……何の準備もしてないとでも……?」
「「……ッ!」」
リリィとイリスの顔が真っ青になる。
テントで大騒ぎしている中で、火中にいるとは思ってもいないイグニは『俺のことで盛り上がってるのかなぁ?』と正解なのだがアホみたいなことを考えていた。
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