第3-10話 クエストと魔術師
パチパチと、枝木が爆ぜる音がする。
リリィが枯れた枝を集めてくれたものをイグニの『ファイアボール』で点火した
昼間は騒がしい森の中だが、夜になれば静寂になるというわけでは無い。
風の音、鳥の鳴き声、獣の鳴き声。そして、モンスターたちのうめき声。
そう言ったものがコーラスのように重なり合って、イグニたちに降り注ぐ。
「寒いわね」
「夜は冷えるな」
イグニとアリシアは焚火を囲んでぼやいた。
夜になるとぐっと気温が冷え込むだけではなく、大地からも熱を持っていかれるので寒いのだ。
「ね、そっちに行ってもいい?」
「うん? ああ、良いぞ」
アリシアがイグニの側に腰を下ろす。
それだけで、不思議なことに暖かい。
「みんなちゃんと寝てるかな?」
「さっき見た時はぐっすりだったぞ」
サラも寝るときにはちゃんとイグニから離れて眠る。今日はリリィとイリスと一緒だが……まあ、子供好きのイリスがいるから大丈夫だろう。リリィにも今日1日でかなり慣れたみたいだったし。
「そっか。何だかんだ、みんなちゃんと寝れるんだね」
「先生も言ってたな。貴族の子供とかは案外寝れないって」
だが、エドワードはぐっすりである。
彼は彼でかなり太い神経をしているので大丈夫なのだろう。
「イグニはさ」
「うん?」
バチ、と1つ大きな音を立てて枝が
「私のこと、助けてくれたじゃない」
「まあな」
「何で助けてくれたの?」
「アリシアだから」
イグニは何一つの迷いも、
「アリシアだから助けたんだ」
アリシアはイグニの言葉で、何を思ったのかローブに顔をうずめた。それは真っ赤になった顔をかくすためだが、
(寒いのかな?)
と、ズレたままのイグニ。
「イグニは、さ」
「どうした?」
「好きな娘とか……いるの?」
でた……ッ!
刹那、イグニの身体が強張った!!
――『好きな人の確認』!!!
それは、ある意味で好意の裏返し……っ!
自分が狙っても良いのか、狙ってもちゃんとリターンが得られるのか……っ!
あらかじめ聞くことで、
人は失敗したくない生き物……っ!
だが直接的に聞けば好意がバレることもある……っ!
故に、遠回しに聞くのだ……っ!!
「好きな人、ね」
「イグニにはいるの?」
だが、ここでイグニの脳裏をよぎるのは『雑談なんじゃないか?』という冷静なもう一人の自分の声……!!
勿論、その可能性もある……っ!
女の子は昔から恋バナが好き……!
口を開けば男の子が英雄譚やら何やらを口にしてきゃいきゃい言っているように……!
女の子も口を開けば恋バナをしてきゃいきゃい言っている……っ!!
ここでアリシアが雑談の認識で話しかけていた場合……イグニはただの勘違い野郎……!
恥をかいた上に、好意の失墜もあり得る……ッ!!
(ど、どうする……ッ! どうすれば良い……!!)
世界がスローに見えるほど、加速した思考の中でイグニは過去の片鱗を探り当てた。
――――――――――
『イグニよ』
『……何……腹減った……』
あれは飲まず食わずで『魔王領』を踏破している途中だった。
『人の心が分かると思ってはならぬ』
『え、なんか急にまともなこと言い出すじゃん。どうしたのじいちゃん』
『良いか、イグニよ。もしお前が冒険者になった時、女冒険者と2人で野営をすることもあるだろう』
『な、なんだそのシチュエーション……っ!』
イグニは空腹も忘れて叫んだ。
『まあ待て。テンション上がるのが早すぎるじゃろ。そのタイミングでじゃ、『好きな人とかいる?』って聞かれたら何と答える』
『んー。君だよ、かな』
『気持ち悪い!!』
バチン!!!
『ぐへぇ!! なんでだよ!? そのシチュエーションは完全に俺のことが好きな流れじゃんか!』
『そんなわけあるかッ!!』
バチン!!
『こ、今度は左側を……ッ!』
『甘ったれるなッ! ただの雑談の可能性もあるじゃろうが……っ!』
『ざ、雑談……!? そんなの、そんな話を振ってくるその人が悪い……』
『人のせいにするなッ!!』
バチンッッツツ!!!
『ぐおおお……。2度目の右……』
『どう考えても勘違いしたお前が悪い……っ! じゃが、人である以上ミスは犯す……! 完璧な人なぞ存在しない……っ!』
『じ、じいちゃんの浮気バレたように?』
『あれは逃げたのでノーカンじゃ』
何だよコイツ。
イグニは空腹からか、ちょっとキレた。
『良いか、イグニ……! 大事なのは……ミスをする前提で動くということ……! ワシの浮気がバレそうになった時のために粒子化魔術を開発しておったように!』
『えっ!? あれ、そのためだけの魔術なの!?』
『開発のきっかけはそこじゃ』
『なんつージジィだ……』
物理攻撃の全てを無効化する最強の防御魔術の開発に踏み切った理由がそんな理由だとイグニは考えもしなかった。
『ともかく! ミスをする前提で動け! カバーできるようにするんじゃッ!!』
『と、いうと……!?』
『匂わせろッ!』
『ど、どういうこと……?』
『人は自分のことをいうほど理解していない……! だからこそ、遠回しにその女のことを述べれば……チャンスを手に取ることが出来る!!』
『な、なるほど……っ!!』
『人は何でも自分の都合の良いように感じる物……っ! そこを突くのじゃ……っ!!』
――――――――――
狙ったかのようなこのタイミング……っ!
逃すわけにはいかない……!!
「好きな娘かぁ。好きなタイプでも良い?」
「えっ? う、うん。別に良いけど」
アリシアの顔がちょっと落ち込んだ後、少しだけ顔を赤くする。
だが、イグニがそんな違いに気が付くはずもなく、
「どんな娘がタイプなの?」
「んー。一生懸命頑張ってて、ちょっと自分のこと犠牲にしがちだけど……それでも最後には頼ってくれる娘かな」
「それって……」
アリシアの顔がどんどん赤く染まっていき……。
ポーン、と荷物から音が鳴った。
「ひゃっ!?」
アリシアが変な声をあげてイグニに抱き着いてきた。
「お、落ちつけ。多分、クエストロールじゃないか?」
「クエストロール? あ、あの森に入るときに先生からもらった……」
「多分、な」
イグニはそう言って荷物を漁ると……やはり、そこにあった。
「やっぱり、クエストロールだ」
イグニは手に持った巻物を開く。
――――――――――
制限時間以内に『
09:59:21
――――――――――
下に書かれた数字が減り続けている。
「好気茸の入手って書いてある」
「好気茸? この森で手に入るのッ!?」
アリシアが反射的に大声を出した。
「ん? うん。あるみたいだが……そんなに珍しい材料なのか?」
「い、いえ。そんなに珍しくないわ。ただちょっと生える場所が特殊なだけよ……」
アリシアはそう言って乾いた笑みを浮かべる。
イグニは知らない。
だが、“占い部”を通して“古い魔術”に手を出しているアリシアはそれが何なのかをよく知っている。
好気茸。
それは、『惚れ薬』の材料だ。
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