第3-04話 結晶と魔術師

「ミラ先生。お話があります」

「だめ~」

「えぇ!?」


 放課後、生徒会の仕事みまわりが終わってから教務室でミラに相談にいったイグニは秒で撃沈された。


「嘘だよ~。私に何か用かな?」

「『魔王領』に連れていって欲しいんです」

「あ~。その話ね~」


 ミラは顔を曇らせた。どうやら話は届いてるらしい。

 ……なんで?


「えっとね~。ルーラちゃんとクララちゃんから手紙もらってさ~」

「る、ルーラちゃん……」


 見た目的にはルーラさんでは……? 


 と、思ったが年齢的にはミラの方が年上。

 しかし、見た目的には圧倒的にルーラの方が年上に見える。


 エルフの中でも成長度合いって人によるってことかなぁ……?


 可能性としてはありえそうだ。


「イグニ君を、『魔王領』に連れていってあげて欲しいって~」

「……ダメ、ですか?」

「うん」

「ど、どうして……」


 イグニの考えではミラの魔術を使って『魔王』の死体を回収→帰還という最強の流れが完成していたのだが。


「だってさ~。生徒を危険な目に合わせるわけにはいかないじゃん?」


 ミラはにこっと笑って、イグニを見た。


(そ、そりゃ……そうだよなぁ……)


 前回、ミラがイグニに協力したのはアリシアが危機的状況にあったためである。ロルモッド魔術学校の教師が“極点”を相手にしたとなれば学校どころか王国の問題となりかねないが、生徒がしたという体を取ればそこまで大きな問題にはなりえない。


 と、考えていたからだろう。


「でも、先生。俺が修行したのは」

「『魔王領』だって言うんでしょ?」

「……は、はい」


 出鼻をくじかれしょげるイグニ。


 ドヤるつもりだったのにドヤれなくて心のショックは大きい。


「イグニ君。あのね~。先生的には、今行く必要は無いんじゃないかな~って思うわけ」

「……うむむ」


 イグニは唸る。


「でも、これ以上被害を広げるわけには……」

「ん~……」


 ミラはしばらく考える様子を見せて、


「イグニ君的にはさ~。どれくらいの確率で行けると思ってるわけ?」


 ミラの問いにイグニは答える。


「100%です」

「大きく出たね~」


 ミラは笑う。


「そっかそっか。誰と行くつもりだったの?」

「俺とアリシアの2人です」


 アリシアはセリアに頼み込んで魔導具……『魔王』の魔力を封印するための道具を用意してもらっている。それが先日届いたので、こうしてイグニはミラの所で頼み込んでいるというわけだ。


「ん~」


 ミラは考え込むと、


「じゃあ、先生がついていくならOKにしてあげる~」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし、条件があるよ~」

「条件?」

「うん。誰か1人でも死にそうになったら、私が勝手に2人を学校に戻す。それでどう?」

「はい。お願いします!」


 イグニは満面の笑みで頷いた。


「じゃ、今度の休みに学校に来てね~」


 と、いうわけで次の休みの日にイグニはアリシアとともに教務室に向かうとミラの姿は無く……代わりに机の上に『屋上まで来て』とだけ書かれた紙が。


 指示に従って屋上に向かうと、ミラが一生懸命巨大な魔術陣を描いていた。


「やっほ~。よく来たね」

「お世話になります」

「もうちょっとで完成するから、そこで待ってて~」


 ミラはそう言って最後の円を書き終わると、ふっ……っと息を吐いた。


「最終チェックおーわりっ!」


 そういって、イグニたちを手招きした。


「良い? 魔術陣の真ん中に立ってね。アリシアちゃん、もっとこっち」

「は、はい」

「イグニ君ももっと近寄って」

「せ、狭くないですか?」

「屋上だとこれが限界だったの~。グラウンドに書けばよかった」


 そう言って狭い円の上にぎゅうぎゅうになって立つイグニたち。


「駄目だよイグニ君。それじゃあ身体半分になっちゃう」

「イグニ。私は良いからくっついて」

「い、良いのか?」

「良いから!」


 モテの作法その4。――“常に紳士たるべし”。

 を、信条に掲げているイグニはあんまりくっつかないようにしていたのだが、アリシアに引っ張られるようにしてくっつく。


「ちょっとアリシアちゃん。イグニ君の腕を抱きしめてもらっていい?」

「は、はぁっ!?」

「そうすれば良い感じに収まるから」

「じゃ、じゃあ……」


 アリシアは渋々……と、言った感じの割には思い切りイグニの腕に抱きついた。


(柔らか……っ!)


 これから死地……と、言われているところに突っ込む男とは思えないほど、間抜けな感想と……。


(良い匂いがする……)


 柑橘かんきつ系の匂いにイグニの鼻孔がくすぐられて……。


「『転移ひらけ』」


 淡い光とともに、3人の姿が屋上から消えた。



 次にイグニの鼻をくすぐったのは、柑橘かんきつ系の匂い……ではなく


「……久しぶりだな」


 1ヶ月ぶり……になるだろうか。


 前にアリシアと来た時は近くの砂漠に転移したため、ここまで濃い魔力にはさらされなかった。


「イグニ君。急いで~」

「はい! 行きましょう!!」


 イグニは『装焔機動アクセル・ブート』で空へと浮上。次いでアリシアがミラを後ろに乗せて、箒で浮かび上がってきた。


「魔力が濃いわ……。頭が痛くなりそう」

「中毒になることもあるらしいからな」

「そうなの?」

「じいちゃんが言ってた」


 3人が転移したのは『魔王城』外部の森。


 愚直に森の中を歩けば迷子になるだろうが、あいにくと飛行手段を持っている彼らは直進で『魔王城』へと向かう。


「……緊張してきたわ」

「先生も~……」


 異形、という言葉がこれほどまでに当てはまる城もそうそう無いだろう。

 人が作ったものとは思えない、乱雑でぐちゃぐちゃな建築物。


「ひどい見た目ね」

「あれはね~。『魔王軍』が3日で作っちゃったの。この辺りは……昔は何もない平地だったからね~」


 ミラが城の成り立ちを教えてくれる。


「平地……」


 イグニが真下を見下ろす。


 地面は凸凹と隆起し、森の中にいるモンスターたちはお互いに争い、絶えずどこからか衝撃音がする。


 こんなに高低差のある大地が平地だったなんて信じられないが……。


「このあたりにあった国がね~。『魔王軍』と戦争したんだ~。1か月で負けちゃったけどね」


 『魔王』は化け物だ。

 その認識に、間違いはない。


「そろそろ着くよ。降りようか」


 『魔王城』の庭に差し掛かった時、ミラがそう言った。

 しかし、イグニはそれを止める。


「……先生。魔力は、城からこぼれています」

「……ん?」


 ミラはアリシアの肩に手をのせて、箒の上に立つ。


「庭園に、『魔王』の墓があるんだけど~」


 エルフ特有の視力でそう教えてくれるが、


「でも、魔力が漏れているのは……城の奥からですよ」

「……本当だね」


 3人は思わず身構えた。


「どっちから……行くの? イグニ」

「……『魔王の墓』が、庭園にあるものが本物だという保証が……無い」

「それはそうだね……」


 ミラもそれには頷いた。


「なら、ここは『魔王城』の奥から行きましょう」

「そうしよっか」


 イグニの提案により、3人は『魔王城』の中心部にあった窓を破って『魔王城』内部に侵入した。


「ちょっとイグニ君!? 中に誰かいたらどうするの!!?」

「倒します」


 イグニは即答。


「アリシア。索敵頼む」

「任せて」


 アリシアは風を呼び起こして辺りを探るが……。


「誰もいないわ。モンスターの影も……人の影も無い」

「……そうか」


 『魔王城』。人類の仇敵と言われた『魔王』の生活拠点とされていた場所。


 イグニは激しい戦いになると思って、かなり準備はしてきたつもりだったのだが。


「……本当に誰もいないのか?」

「うん。いない」


 イグニが先頭。ミラが後方を歩き、周囲を警戒するが……本当にスライム一匹いやしない。


「……ッ!? あれは……!」


 イグニが城の中を歩いていた時、前方から高濃度の魔力が流れ込んで来る。


 小走りで魔力の元に向かうと、そこには……。


「……女の子」


 巨大な結晶に包まれて、眠りにつく少女がそこにいた。


 歳は10ほど。腰まで伸びた透明な紫色の長い髪が、長いまつ毛が。

 乳白色の薄い肌が、ドレスのような服装が、


 全ての時間が止まったように、そこにある。


「これは……間違いない」


 イグニが唸る。


(……ロリっ娘だッ!!!)

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