第3-05話 解放と魔術師

「せ、先生これは……!」

「わ、分かんない。『魔王』は男だし、しかも大人のはずなのに……」


 アリシアの問いにミラが困惑したように声を上げる。


 目の前にいるのは少女。

 しかし、は彼女から溢れている……っ!


「じゃ、じゃあこの子は『魔王』じゃないってことですか?」

「そ、そのはず……だけど……」


 ミラの歯切れが悪い。


 彼女は250年生きている。

 『魔王』と人類の大戦を生き延びた歴史の生き証人だ。


。でも……すごく、似てるんだよ~」

「先生。魔力はこの子から……出てますよ」

「うん。分かるよ」


 呼吸も難しくなるような濃い魔力の中、イグニは静かに結晶の中で眠り続ける少女を見る。


(この娘、何歳なんだ……?)


 イグニのそれは確かに歴史学の観点から見ても正しい考えなのだが、彼にはそんな高尚な考えなど微塵みじんもない。


(しかし、可愛いな)


 基本的にはこれが根底にあるからである。


(……なんか前にもこんなのやった気がするぞ…………?)


 イグニは首を傾げた。


 ――――――――――

『じいちゃん、あの子可愛い!』

『分かったからワシに一々報告せんで良い』

『だってじいちゃん! 可愛い子がいたら気になるじゃん』

『お前の可愛い子はお前と同年代の子ばかりじゃからの。ワシに言われてものぉ』


 それはイグニたちが街に買い物に来ている時だった。


『じいちゃん。俺心配だよ』

『何がじゃ?』

『俺、ロリコンかも知れない』


 イグニは深刻な顔をしてそう言った。


 バキィッ!!!


『ぐおおおっ! ぐ、グーパン!? そんなの聞いて無いッ!』

『甘ったれるなッ!!!』

『……ッ!!?』

『若造のくせしてロリコンじゃとッ!? なめるなッ!!』

『……ッ! な、何だよ! 殴るようなことかよ!』

『そうじゃッ! イグニ! お前はいまなんと言った?』

『ろ、ロリコンかもって……っ!』


 バキッ!!!


『ぐおおお……ッ!』


 2度目のグーパンで倒れこむイグニ。


『お前はまだ10代の初め……ッ! 何がロリコンじゃ……!! お前が同世代を好きになることは! それをカッコつけたように良いおって……ッ!』

『そ、それは……っ!』

『甘ったれるな……ッ!! ロリコンとは……険しい道……ッ! 声高らかに言おうものなら……社会的な圧殺……ッ! かくし……ひそみ……生きるしか……ないッ!!』

『……ッ!!』

『耐えきれるか……! イグニ!! お前が1年過ごした……魔術の使えない日々がだと思わねばならないほどの苦痛が……ッ!』

『お、俺は……!!』

『仲間は……いない……ッ! 自分1人かも知れないという恐怖……ッ! 孤独……ッ!! だからこそ……孤高……ッ!!』

『こ、孤高……ッ!?』

『イグニ、お前はこの高みに……登ってこれるか』

『……じ、じいちゃん…………! お、俺……頑張るよ!! 高みに上がれるように!!』

『うむ。お前も歳を取れば分かるころが来るじゃろう』

『……そ、そうなの?』

『守りたいという庇護ひご欲が……刺激されるときが……』


 ――――――――――


 ……そ、そういうことだったのか…………っ!


 確かに昔の俺が可愛いと思っていたのはロリコンでも何でもない……っ。

 ただの同世代だったから……っ!


 可愛いと思うのは……誰でも思うこと……っ!


 しかし、足りない! それでは足りない……っ!!


 その娘を守りたいと思うか……!

 庇護欲を掻き立てられるかどうか……!!


 それが分かる者が……高み……っ!!


 だが、それを漏らしてはいけない……。

 漏らした先に待っているのは……死……っ!


 社会的に死ぬだけ……ッ!


「い、イグニ……? どうしたの……??」

「いや……。どうしようかと考えていたんだ」

「そ、そうなの? 凄い顔してたけど……」


 流石のアリシアもイグニの内心には気が付かずに、心配そうな顔して告げた。


「とりあえず……結晶をどうにかしないと、だな」

「そうね。このままじゃ、『棺』にも入らないし」


 そう言ってアリシアは持ってきた魔導具である黒い箱に魔力を流す。


 ボン! と、急速に大きくなるとアリシアの手に収まるような小さな箱は成人男性が横になれるほどの『棺』へと変形する。


 帝国の技術が結晶された『魔王』の魔力を封じ込めるための魔導具だ。


 しかし、結晶が大きすぎるので棺には入らない。


「この棺の中にを入れれば魔力は密封されるわ」

「凄い技術だな」

帝国うちの研究部は凄いからね」


 アリシアがちょっとだけ胸を張る。


 おお、良いもの見れた。


 ……じゃなくて。


「ミラ先生、これなんの魔術か分かります?」

「んー……」


 ミラは結晶の目と鼻の距離まで近づいて、結晶を見つめる。


「うーん。見た感じは【地】属性の封印術式に近いかなぁ。でも……中に何個かみたことない魔術があるね。なんだろ……これ……」

「封印術式……。じゃあ、この娘は封印されてるってことですか?」

「んー……。どうだろ~」


 ミラは結晶の周りをグルグル回りながら魔術を解読していく。


「どっちかっていうと、これ保護に近い感じ?」


 ミラが首を傾げる。


「保護?」

「うん。強力な封印ってのは中だけじゃなくて外からの攻撃にも強い耐性を持つの。じゃないと、普通に魔術で攻撃されて封印解けちゃった~ってなるからさ~」

「なるほど」

「この話は一年生後期の封印学の授業でやるから予習だね~」


 授業あるんだ……。


 イグニとアリシアの心の中が同調シンクロした。


「でね。これを見ている限り、中は……そんなにだけど。外からの攻撃に対してすっごい緻密ちみつに対抗魔術が練られてる。これ壊すの苦労するだろうねぇ」

「どうやれば壊れます?」

「んー……。封印術式を解読して解除するか~。力業かなぁ」

「力業?」

「そ。封印術式だって完璧な防御術じゃないからさぁ~。耐え切れないくらいの魔術を浴びせたら壊れるよ~」


 イグニはミラの言葉で閃いた。


「よし。じゃあ、俺がやります」

「力業でやるの?」

「はい!」

「……だ、大丈夫かなぁ」

「『ファイアボール』なら俺以上の人間はいないですよ。先生!」

「まあ、そう言うなら物は試しだよ。イグニ君!」


 火力の高い『ファイアボール』は使えない。

 使ったら殺してしまうかもしれない。


 この子が生きているか死んでいるかは分からないが……死んでいたら、ここまで厳重に封印はしないだろう。なら、生きていると考えるべきだ。


 もし火力の高い『ファイアボール』を使い、結晶が粉々に砕け散ると同時に女の子も一緒に死んでしまうかも知れない。


 だから、


「『装焔イグニッション極小化ミニマ』」


 小さくした『ファイアボール』を、


「『群体生成ジェネレート』」


 無数に、生み出す。


 それで結晶の周囲を削っていくことにより、封印術式を力業によって破壊するッ!


 1つ1つは小さいので結晶が粉々に砕け散ることは無いが、全体から同時に削るので威力としては申し分ない『ファイアボール』!


 イグニが封印術式の破壊を試みて……わずかに十数秒後、結晶に大きなヒビが入って、


「イグニ君!」

「はい!」


 イグニが全ての『ファイアボール』を消した瞬間、


 ガッシャァァアアンン!!


 ガラスの割れるような音とともに、結晶の中で封印されていた少女が結晶から解き放たれ、地面に引かれる。


「……っ!」


 イグニはそこに滑り込んで……キャッチした。


 紫色の長髪がイグニの腕をくすぐる。


「どうイグニ!? 生きてる!!?」


 イグニはアリシアの言葉で反射的に呼吸を確認。


「……生きてる」


 胸が浅く動く。


 ……だ、誰なんだ。この子は。


 イグニは少女を腕に抱いたまま、沈黙。


 相変わらず全ての魔力は、少女から……あふれていた。

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