第3-03話 転校生と魔術師

「あのね、イグニ君」

「はい」

「留学生が、来るのぉ」

「留学生?」


 朝、HRホームルームが終わるや否やエレノアに呼び出されたイグニが開幕言われたことに首を傾げた。


「留学生って……他の魔術学校からってことですか?」


 魔術学校はロルモッドだけではない。


 他の地域にも、他の国にも数多くの魔術学校がある。


「ううん。そうじゃなくってぇ……エルフからなの」

「エルフ……」

「先生、ビックリしちゃったわぁ。まさか、エルフ側から留学させてくれ……。なんて来るんですものぉ」

「エルフって人嫌いなんですよね?」


 イグニは首を傾げる。


「そうよぉ。でも、この間のクエストでイグニくんへの株が上がったらしくてぇ」

「はい」

「ぜひとも、ロルモッド魔術学校で授業を受けさせたいってなったのぉ。流石だわぁ。イグニ君」

「光栄です」


 イグニは笑顔でエレノアからの賞賛を受け取った。


「エルフの留学生はいつから来るんですか?」

「一応、明日ってことになってるんだけどぉ。実はもう来てるのぉ」

「そうだったんですね」


 明日から?

 じゃあ何で俺呼び出されたの??


「だからね、ちょっと今日の間イグニ君に学校の案内をして欲しくってぇ」

「エルフの子の……ですか」

「そうよぉ」

「お受けします!」


 授業がさぼれてエルフの案内が出来ると思えば役得である。


 何しろエルフには女の子しか生まれない……!

 モテの作法その2。――“リードする男はモテる”ッ!!


 チャンス……ッ!

 圧倒的にチャンス……ッ!!


「じゃあ、さっそくお願いしようかしらぁ。リリィちゃん。入ってきて」

「……ん?」


 どっかで聞いたことのある名前だ……と、思っていたら隣の部屋にいたであろうリリィが入ってきた。


「リリィ!」

「久しぶりね。イグニ」


 イグニは思わずリリィに駆け寄った。


「元気そうだな。別れの挨拶出来なかったから心配してたんだ」

「私は心配してなかったです」


 ちょっとだけツンとした顔をするリリィ。


(甘い……!)


 今までのイグニであればここで心が折れていただろう。

 だがイグニはリリィのことを知っている。


 そう、リリィはツンデレなのだ。


「俺が心配してたんだ」


 そういってイグニはリリィの手を取る。


「わぁ……」


 リリィは顔を真っ赤にして黙り込んだ。


「良かったぁ。もう仲良しみたいねぇ。じゃ、イグニ君。お願いね」


 そんなエレノアからの声を後に、イグニはリリィの手を引いて学校内の案内に向かった。


「こっちだ。リリィ」

「……うん」


 可愛い声を出してイグニの後ろをついて来るリリィ。可愛い。


「どうして留学生に?」

「……社会見学です」

「そっか。頑張ってるな」


 イグニはそういってほほ笑む。それだけでリリィは心をくすぐられてしまう。


(な、何なんですか……。もう……)


 ルーラやクララのようにしっかりとした大人路線で攻めようとしていたリリィは困惑。


(私の方が年上です!)


 と、心の中の威勢は良いものの……どうしてもイグニを前にするとそう上手いようにも行かず。


「リリィ。ここが模擬戦場だよ」

「模擬戦……? 戦う場所ですか?」

「うん」


 イグニが頷くと、模擬戦場にいた1人の生徒がイグニに気が付いて手を振ってきた。

 なのでイグニは手を振り返す。


「だ、誰ですか?」

「フレンダ先輩。ええっと……大会で戦った人だな」

「そ、そうですか」


 ちょっとしょげるリリィ。


「い、イグニ! 次が見たいです!」

「じゃあ、次は特別棟に行こう」

「特別棟?」

「えーっと……。リリィは魔術幾何学って分かるか?」

「はい。魔術陣を作るやつですよね?」

「そうそう。そういうのとか、錬金術とかの授業を受けるところは特別棟って言って……爆発とか起きても大丈夫になってるんだ」

「ば、爆発……?」


 とかなんとか言いながら廊下を歩いていく。

 途中でいくつかのクラスを通った時に、とある教室でミルが授業を受けていた。彼女はイグニに気が付いて軽く手を振ってきたのでイグニも振り返す。


「あの人は?」

「生徒会長だよ。俺も仮入会って形で入っているからな」

「む~」


 リリィは少しだけ不満そうに唸った。


「イグニは女の子の知り合いが多すぎですよ!」

「この学校は女の子が多いからね。でも、リリィは特別だ」

「きゅ、急にどうしたんですか!」

「うん? だって、リリィは俺のために動いてくれただろう?」

「ず、ズルいですよぉ……。そう言うのは……」


 モテの作法その1。――“女性はすべからく特別扱いするべし”。


 リリィは持ってきた自分のプランが上手く行かずに、顔を真っ赤にしたまま……怒るに怒れず照れていた。


 ――――――――――


 東の果て。

 極東と呼ばれるそこには『魔王領』と大陸の間に忍者と侍の島国がある。


「ここにいたんじゃな。アビス」


 数十の島で構成されるその国の外れにある無人島。

 そこに1つ、建てられた人工物の中に2人の人影があった。


「ここじゃあ、暗人くろうどって呼ばれてるんだ。そっちで呼んでくれよゥ。ルクス」


 片方はルクス。


 対するのはアビス。“深淵”のアビス。

 ――“闇の極点”だ。


「随分と、探したもんじゃ。まさか、こんなところにいるとはのう」

「“最強”と名高い“光の極点”様に探していただけるなんて俺も有名になったなァ、おい」

「貴様には10の国から指名手配が出されておる。ワシに付いて来てもらうぞ」

「俺がのこのこと付いていくとでも?」

「手荒な真似はしたくないんじゃが」


 ルクスは静かに言う。


「馬ァ鹿! ここは俺の『工房にわ』。罠にかかったのはテメエなんだよ! ジジィ!!」


 叫んだ瞬間、どろりとルクスの足元の地面が溶けると、闇の紐がルクスの両腕を縛り付けるっ!


「死ねッ! 『うごめく者よ、喰らいつけ』ッ!」


 どろりとした地面から無数の歯が生えると、そのままルクスの下半身にかぶり着く!


「ワシは手荒な真似はしたくないんじゃが」


 だが、ルクスは平然としている。


 アビスはその時……ルクスの下半身が粒子状になっていることに気が付いた。


「……はッ。相変わらず無茶苦茶だな!」

「投降しろ。アビス」

「投降するのはテメェだぜ、ルクスッ! 『這い出る者よ、捉えたまえ』ッ!!」


 しゅるる!!


 残ったルクスの身体を蛇のような闇の塊が縛り付ける。


「『断て』」


 一言。

 絶対者ルクスの詠唱によって、全ての闇が斬り払われるッ!


「両足は、要らんの」

「ほざけッ!」

「『穿て』」


 バックステップで避けようとしたアビスの両足がから爆ぜた。


「……くそがッ! 『闇よ、我が身を飲み込み……」

「『はらえ』」


 ぱっ!!!


 と、突如として生み出された莫大な光が影を殺すッ!!


「…………」


 残ったのは、ぶすぶすと煙を上げる焦げた人型。


「まあ、これくらいじゃ死なんじゃろ」


 ルクスはそう言って、アビスだったものをいったん置いて『工房』内部を見て回る。


 そこには天体儀と、黒板に書かれた無数の数式。


「……禁術の研究。空間に作用。これは次元かの…………?」


 見て回っている中で、ルクスは適当なレポートを見つけるとそれに目を通して。


「これは……」


 息をのんだ。


 ただの禁術ではない。

 今までの体系化された禁術を全て投入し、次元に穴をあけるそれは……。


「……天使さまを呼び出すのさァ」


 肉を焼き焦がしたはずのアビスが叫ぶ。

 何をどうやったのか。


 そこには攻撃を喰らっていない元のアビスがいて。


「行くぜジジィ! 第二ラウンドだッ!!」

「……手荒な真似はしたくないんじゃが」


 その日、地図から3つの島が消えた。

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