第3-02話 新技と魔術師

「どうした、イグニ。やりたいことがあるんだって?」

「そうです」

「オレで良ければ付き合うぜ」

「ありがとうございます!」


 イグニとミコがいるのは『模擬演習場』。

 いわゆる、『模擬戦場』だ。


「でも、何でオレなんだ?」

「ミコちゃん先輩のことを信用してるからです!」

「お、おう……。面と向かって言われたら照れるな……」

「んで、何するんだ?」

「新技見つけたんで、それを試したいなと思いまして」

「へぇ! 良いじゃねえか。来いよ」


 イグニは魔力を熾す。


 そこまでは『装焔イグニッション』と同じ。

 だが、ここからは。


 イグニは熾した魔力を……ぐるりと回した。


「ふッ!」


 イグニが踏み出した瞬間、その加速度にミコと……イグニは目を大きく見開いた。


 そして、加速しきったイグニの身体はビターン!! と、模擬戦場の壁に激突する。


「い、イグニ! 大丈夫かっ!?」


 慌ててミコちゃん先輩がイグニに駆け寄った。


「……い、痛かったっす…………」

「そりゃそうだろうよ! だ、大丈夫か? どっか怪我してないか??」

「ぶ、無事です」

「それなら良いんだけどよ……」


 心配そうに顔を覗き込んでくるミコちゃん先輩。可愛い。


「んで、何だ今の?」

「先週までクエストで公国にいたじゃないですか」

「行ってたな」

「そこで、忍者に会ったんですよ」

「忍者!?」


 次の瞬間、ミコがイグニの身体を持ち上げた。


「ほ、本当に忍者がいたのか!?」

「い、居ました……」

「そっかー! くぅ~。良いなぁ。羨ましいぜ」

「ミコちゃん先輩……好きなんですか? 忍者」

「大好きだ!」


 目をキラキラさせながらとびっきりの笑顔でいうミコちゃん先輩。可愛い。


「で、そこでその忍者が……こんな魔力の動かし方をしてまして……」

「魔力を熾すねぇ……」

「あ、そのあと。体内で回すんです」

「そんなことやったことも無いからなぁ。何でそれで身体能力が上がるんだ?」

「不思議ですよね」


 イグニたちは口をそろえてその術式の不可解さを語り合う。


 魔力を熾すとは、魔術の下準備だ。

 運動する前のアップのように、魔術という術理を通したときに魔力が反応しやすくするための用意でしかない。


 なのに、それを魔術ではなく体内でぐるりと回すというのが謎なのだ。


「今度は回転量を下げてやってみます」

「おう。次は受け止めてやるよ」

「い、良いんですか?」

「そのためにオレを呼んだんじゃないのか?」

「いや、本当は模擬戦をするつもりで……」


 魔力を回すだけなのに、こんなに難しいとは思っていなかった。


「と、とりあえず気を取り直して――行きます」

「よし来い」


 イグニは魔力を熾して……ミコを見た。

 回転量は1秒間に15回転ほど。


 さっきの半分くらいだ。


「ふッ!」


 イグニが地面を蹴る。

 刹那、目の前にはミコちゃん先輩の顔があって……。


「あぶねえ」


 ぎゅっとミコちゃん先輩に抱きしめられた。


 柔らか……っ。


「大丈夫か? イグニ」

「だ、大丈夫っす……」

「顔が赤いぞ? 本当に大丈夫か??」

「大丈夫っす……」


 やべ、ミコちゃん先輩めっちゃ良い人じゃん……。


 イグニはチョロい。


「安心しろよ。いつでも来ても大丈夫だからな」


 ミコちゃん先輩がとびっきりの笑顔で言う。


 マジでこの人カッコイイじゃん……。

 イグニは照れた。


「次こそは」


 イグニは体内で魔力を熾して毎秒10回転!


「……ッ!」


 イグニは跳躍!

 だが、今度は完全に制御しきっている。


 故に、イグニはミコの目の前で急停止。


「もう掴んだのか。イグニ」

「はい! おかげさまで」

「じゃあ、やるか? 模擬戦」

「やりましょう!!」


 轟、とミコの中で莫大な魔力が熾る。


「『身体強化アクティブ』ッ!」


 合図も何もなしに、ミコの先制攻撃。

 ミコの拳が、イグニのいた場所を削り取る。


 だが、イグニにそれは見えている。


「行きますよ! ミコちゃん先輩!」

「次は負けねえぜ! イグニ!!」


 2人の激しい応酬。

 模擬戦で訓練していた他の生徒たちもイグニたちの戦いに見入る。


 ドッ! ドッッ!! ドォッ!!


 拳と拳が、蹴りと蹴りが衝突しあい、爆発にも似た衝撃をまき散らして模擬戦場の中を駆け抜けていく。


「楽しいだろ! イグニ!!」

「はいッ!」


 縦横無尽に身体が動くことの楽しさ。素晴らしさ!


「じゃあ、もう1つぜ」

「……ッ!!」


 ミコが、消えた。


 イグニはそれを勘で探し出そうとして……。


(駄目だッ! 勘に頼るなッ!!)


 眼球付近の魔力を熾した。


(回せッ!)


 次の瞬間、世界が鈍化する。


「シィ!」

「……っ!」


 イグニのガードにミコの蹴りが激突ッ!!


「よく分かったな、イグニ!」

「……分かってきましたよ。この術が!」


 師もおらず、術理も不明の中……イグニは今までの経験を蓄積し、1つの境地に手を伸ばしつつあった。


 いや、元より彼にはその素質があった。


 『装焔イグニッション』と彼が呼んでいる熾した魔力を操作する技法を普通の魔術師は使わない。何故なら、熾した魔力とは導火線に火のついた爆弾のようなもの。


 そんなものを扱うよりも、上位の魔術をそのまま撃つ方が安全面でも威力面でも魔術師には都合が良い。


 だが、イグニは普通では無い。


 たった1つの初級魔術しか使えない彼が、『魔王領』のモンスターたちを倒すためにたどり着いた境地がそこだった。


(回転数を……上げるッ!)


 イグニは毎秒20回転に持っていく!


「ふッ!!」

「また速くなったなッ! イグニ!!」

「おォッ!!」


 イグニの振りかぶった拳を両腕でガードするミコ。


 だが、イグニの拳は空気の破裂音とともにミコにクリティカルヒットッ!!

 その身体を後方に大きく吹き飛ばした!


すごっ!」

「あの子だれ!?」

「1年生だよ! “的”壊したって言う」

「大会で優勝した人だ……」


 野次馬がイグニの姿を捉えて、好きに言い合う。


「……すげえな。それ」

「ですね。俺もビックリです」


 ミコは両手を振るいながら、イグニの方にやってくる。

 一時休戦といったところか。


「なあイグニ。何で新しい魔術じゃなくて、そんな変な術を覚えたんだ?」

「俺、『ファイアボール』以外の魔術を使えないんですよ」

「そんなことあるのか?」

「ええ。俺、『術式極化型スペル・ワン』なんで」

「……な、なんて言った……?」

「え? 『術式極化型スペル・ワン』ですけど……」

「か、かっけぇっ! なんだそれ!! カッコイイなぁ、お前!!」


 ミコちゃん先輩……!!


 ちょろいイグニは惚れかけた。


「だからあんなに『ファイアボール』を色々やってたのか!」

「はい! そうです!」

「じゃあ他の魔術は1つも使えないのか?」

「使えないっす」


 イグニはドヤ顔。


「じゃあ、イグニ。『ファイアボール』の形も変えられないのか?」

「か、形?」

「おう。槍みたいな『ファイアボール』とか! 矢みたいな『ファイアボール』とか!」

「い、いや。無理っす……」


 それは『球体ボール』じゃないから……。


 前者は『ファイアランス』、後者は『ファイアアロー』であり全く別の魔術である。


「そ、そうなのか……」


 ちょっとガッカリした様子のミコちゃん先輩。

 何かやりたいことでもあったのだろうか。


「はい。でも逆に言えば球体なら『ファイアボール』なので、使えます」

「うん? ……うん??」


 ミコはイグニの言ったことを理解しようとして出来なかったので諦めた。


「『ファイアボール』についてはもう良いや。次はオレもその術やってみても良いか?」

「はい!」


 イグニは眼球付近の魔力を熾す。


 再び世界が鈍化する。


「……やっぱり」


 体内の熾した魔力の場所を強化する術。


 『身体強化』に近いことを行っている。

 だが、『身体強化』とは違う。


 この術は……一体……。


「行くぜッ!!」


 そう叫んで、踏みこんだミコの身体が宙を舞う。


 先ほどのイグニと同じく制御できていない挙動だッ!


 慌ててイグニはミコをキャッチ。


「きゃあっ!」


 思ったより100倍可愛い悲鳴を上げてミコちゃん先輩がイグニの腕に収まった。


「大丈夫ですか? ミコちゃん先輩」

「お、おう。大丈夫だ」

「顔真っ赤ですよ!? 大丈夫ですか!!?」

「だ、大丈夫だって……」


 ミコは顔を真っ赤にしてイグニの腕の中にいた。

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