第2-28話 エルフたちと魔術師

 ローズたちを見送った後、イグニはエドワードがいる宿には向かわず、その代わりにエルフたちの宿に向かった。


「お疲れ様です。イグニさん」

「お疲れ様」


 エルフの協力者がいる宿に、イグニはもう顔パスだ。


「今日はどなたに御用ですか?」

「ルーラさんに」


 イグニはそう言って、宿に入ると部屋まで1人で向かって……ノック。


「どうぞ」


 扉に鍵はかかっていないのか、イグニがドアノブを引くと扉はなんの抵抗もなく開いた。


「やあ。イグニ君。どうしたんだい?」

「……ルーラさん」


 イグニは、自分の声が外に漏れないように気を使いながらルーラに問いかけた。


 ルーラは何かの書類を書いている途中だったが、顔を上げてイグニを見た。


「どうしたんだい? そんなけわしい顔しちゃって」

「……どうして。リリィを、んですか?」

「何の話かい?」


 ルーラはイグニの問いかけに顔色1つ変えずにほほ笑む。


 イグニはどこから喋ろうかと少しだけ考えたが、分かりやすいように時系列順で喋ることにした。


「最初……ルーラさんは魔術を気に入ってくれたと言ってくれましたよね」

「そうだね。『ファイアボール』だけで、ここまでのし上がって来たというのは……素直に脱帽だよ」

「ええ。だから、俺はそれがきっかけで選ばれた……と、思いました」

「何か深い物言いをするじゃないか」

「あなたは……俺とリリィをに一緒に居させた。違いますか?」

「…………」


 ルーラは微笑みを顔に貼り付けたまま、何も言わない。


「最初におかしいと思ったのは……3日目の野営の時でした。明らかに俺とリリィだけが、不自然にペアを組まされ続けている」

「うん。だって君とリリィには仲良くなって欲しかったからね。人間嫌いのリリィに人嫌いを克服させるためには誰か1人と仲を深める必要があった。そう。誰か1人なんだ」

「それが……俺だったと?」

「そうだね」


 ルーラは手元の書類に目を落とした。


「なら……。なら、どうして『魔族』とリリィの橋渡しなんてしたんですか!」


 思わずイグニの声が大きくなる。


「そんなに大きな声を出しちゃだめだよ」

「……クロが、俺たちが捉えた『魔族』が言っていました。『エルフの協力者に水晶は渡したが、それはリリィじゃない』って」

「あちゃー……」


 その時、初めてルーラは苦笑いを浮かべた。


「そこまで知られてるかぁー……」

「『かなりのお金を払ったのに、こんなことになるなんて……』って言ってましたよ」

「そっか。そこまでバレちゃってるなら仕方ないね」


 ルーラはそっとイグニを見つめた。


「リリィに『水晶』を渡したのは、私だよ」

「なぜ……?」

「イグニ君。恋ってしたことあるかい?」

「…………」


 イグニは黙り込む。


「ああ。初心うぶなんだね。可愛らしい」

「…………」


 可愛いと言われて、ちょっとだけ内心のテンションが上がるイグニ。


「恋はさ……毒なんだよ。身を焦がす、毒なんだ」

「何を……言いたいんですか」

「君も知っているだろう? エルフには生まれない。そして、生涯たった1人だけの自分が恋した相手としか子を成せない」

「……知ってます」


 エルフは特殊な種族だ。


 最長で1000年を生きる長命種だが、その代償として……女しか生まれず、また子もそう簡単に成せない。


「だから、滅びゆく種族なんだ」

「…………」


 エルフは大戦を生き延びた。

 妖精種フェアリーや巨人族のように、大戦で滅んだ種族ではない。


 だが、それでも……ひどく数を減らしている。


「だから、あなたはリリィと俺を……」

「違うよ。いや……とは思ってたけど。本当になるなんて思って無かったよ」

「じゃあ、どうしてリリィに水晶を……」

「初恋に気づかせてあげたくてね」


 ルーラがそう言った。


「イグニ君。君が思っているよりも……かなり早くリリィは君に恋してた。私もびっくりだね。あんなに人間嫌いのリリィが、君にあんなに懐くとは」

「……全然気が付きませんでした」

「それはリリィも同じだったみたいでね。全然、自分の気持ちに気が付かない」

「……それが、どうしてリリィに水晶を渡すことに」

「だって……いじらしいじゃないか」

「…………」

「泣いているリリィは可愛かっただろう?」

「……それは、まあ」


 否定が出来ないのが悔しい。


「……まさか、のために?」

「それだけ、とは心外だね。種族の運命を担うかも知れないんだよ?」

「俺が、ですか?」

「だって君、“極光”の孫なんでしょ?」

「…………」


 じいちゃんの女癖の悪さで論破されるとは思わなかった。


「この調子で若いエルフを片っ端から落としていって欲しいんだけど……。どう?」


 イグニはその魅力的な提案に心が9割傾きかけたが……イグニはきっぱりと断ることにした。


「先約がありますからね」

「……『魔王』の死体、か」

「はい」

「本当にやるの?」

「ローズと約束しちゃいましたからね」

「そうか。決まってるなら、仕方ないね。じゃあ、イグニ君と会えるのは来年くらいかな」


 エルフの里に行くことは確定しているらしい。


 イグニは心の中でガッツポーズを決めた。


「あ、そうだ。サプライズを楽しみにしててよ」

「サプライズ……?」


 イグニは首を傾げたが、これ以上追及すると帰りの馬車に乗れなくなるのでイグニはルーラの部屋を後にした。


 そして、次はクララの部屋に向かう。


「もう、お別れ……ですか。楽し、かったですよ。イグニ」

「体調はもう良いのか?」

「はい。……私は、元気……なのですが……周りが、許して……くれないので」


 クララは静かにほほ笑む。


「久しぶり……に、面白い……人に、会えました。ありがとう……イグニ」

「俺も素敵な人に会えたよ。クララ」

「ふふっ……。次に……会った時は……ちゃんと、デート……しましょう」

「喜んで」


 イグニはクララと握手を交わして、部屋を出る。


 次はリリィの部屋……に向かったのだが、そこにはリリィはいなかった。


「……あれ?」


 おかしいなと思って、宿中を探し回ったのだがどこにもリリィはいない。


「挨拶だけでもしておきたかったんだけどなぁ」

「イグニ! 馬車でちゃうよ!」

「悪い! もう行く!!」


 ユーリの問いかけにイグニは渋々宿を後にした。


 ……最後に、顔だけでも見ておきたかったな。


 イグニはそう思いながら、ユーリの後ろをついて歩く。


 激動の一週間が、これにて終わりを告げた。


 ――――――――――


「よーし。ようやく書けた」


 ルーラは自分の部屋で完成した書類を見つめた。

 

 1枚は手紙。自分の『師匠』にあてた手紙である。


「ミラ師匠……。びっくりするだろうな」


 もう何十年も連絡を取っていないが……あの、エルフの変わり者はきっとこの手紙を受け入れてくれるだろう。


 2枚目は適性表。


 魔術師としての才覚を紙に記した物である。

 それは通常、魔術師が何らかの組織を移動するときに移動先の組織に提出する紙である。


「うん。これはきっとイグニ君も喜んでくれるプレゼントになるぞ」


 適性表に載っている魔術師はエルフ。

 歳は20。名前はリリィ。


「エルフの国からの……。これはきっとミラ師匠もビックリするだろうな! うん!!」


 それはすなわち、リリィのロルモッド魔術学校への留学願である……ッ!

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