第2-29話 落とし所と魔術師

 公都リヒリアの中心には政治を司っている政府関連の建物がいくつかあり、基本的にはその中で政治に関する意思決定が行われている。


「さて、どうしたものかな」


 その中に、外国からの使者を招いて会談するためだけの建物がある。


 自国の財力をアピールするための建物だが、舐められないためには必要なアピールであるが……。


 そこにいる者たちには何の意味も持っていなかった。


「『魔族』への情報提供。ただの『魔族』になら、まだ見逃すことも出来ただろうが情報を提供した先は『魔王復活派』。重大な人類への背徳行為だな」

「……情報を、売る……先は……選ぶ、べき……でしたね」


 そこにいるのはあの“極点”。

 彼女たちは示し合わせたかのように同じタイミングで、政府関連施設にやって来た。


「『魔王復活派』は『呪詛塊ラカバ』を持っていたぞ」

「……良かった、ですね。対応、したのが……私たちで」


 対応しているのは公国のトップ。

 大公マウロ・リヒリア。


 彼は恰幅かっぷくの良い身体をこれでもかと小さくして、2人からの刺すような視線に耐えていた。


「『呪詛塊ラカバ』が禁術指定されておりそれを作っている者たちへのいかなる助力も禁止されていることを……知らないわけではあるまい?」

「疑似的な……魔法……。代償を……払わないで……使えるもの、では……ありません」

「……そ、それは」


 “極点”たちの刃のような視線から逃れる様に大公が口を開く。


「それは……知らなかった、のだ」

「ほう! 知らなかったと」


 セリアが獣のように笑う。

 その瞬間、大公の後ろにいた彼の部下たちの顔が青ざめる。


 当代一の無能と言われているマウロを話し合いの場に連れ出したのはセリアの存在が大きい。


 帝国の第一皇女など、公国のような小国ではトップが出てもお釣りがくる。


「知らなかった? なるほど。それは大変だ!」

「……ふふっ。便利な……言葉、ですね……。知らなかった……とは」


 セリアがわざとらしく驚き、クララが鼻で笑い飛ばす。


 マリオネッタが飲み込み、『疑似魔法』が使用できるようになった『呪詛塊ラカバ』は国際的に禁術指定を受けている。


 とてもじゃないが、国のトップが『知らなかった』で逃れられるようなものではない。


「まったく『知らなかった』のだと。どうしたものかな」

「セリア……帝国の……実効支配……の、下に置いたら……どうです……?」

「ええ。それも1つですね。公国は極秘裏に『呪詛塊ラカバ』を作っている組織との繋がりがあった。そのため、しばらくの間は帝国の監視下に政府を置く、といったところか。もう少しシナリオは練る必要があるな」


 2人が笑う。

 マウロの顔色は青を通り過ぎて、白くなってきていた。


 帝国による実効支配。それは、公国としての消滅に他ならない。

 だが、それを止めるだけの武力を公国は持っていないのだ。


 何しろ公国は“極点”を1人として


 セリアか、クララのどちらか1人が本気で攻めてきたら……どうしようもない。

 

 何も手を打てないのだ。


「ふふふ。冗談だ。大公よ」

「実際にやると……なると……根回しが、要りますね」


 クララとセリアが流したことにより、大公は心の中でそっと胸をなでおろした。しかし、部下たちは未だに緊張状態。


 当たり前だ。

 今はまだ、何もを要求されていないのだから。


「しかし、このことを国に帰って報告すると面白い事になるだろうな。大公殿よ」

「エルフは……『呪詛塊ラカバ』に対して……ひどく、嫌悪を抱いて……います、からね。『敵』に……回る、かも……ですね」


 2人とも確定の話はしない。2人が話しているのはあくまでも可能性の話だ。


「……何を、差し出せば」

「うん?」

「何を……差し出せば、良いでしょうか……?」


 大公は脂汗をしたたらせながら精いっぱいにそう尋ねた。


「そうだな。では大公。君たちが極秘裏ごくひりにやっている禁術研究のデータが欲しい」

「…………っ!? そ、それは……」

「どうした? まさかバレていないと思っていたのか?」


 禁術の研究は国際法によって禁止されている。

 されているが、も極秘裏に行っている。


「……い、いや。しかし……あれは……」

「切り札だから残しておきたい、か?」

「……………」


 大公が黙り込む。


「ああ。勘違いしないで欲しい。別に公国の研究が珍しいから欲しいというわけでは無いからな」


 セリアは詳細こそ知らないものの、ある程度の情報は手に入れている。


 それによれば公国の研究は諸外国に比べて2,3年ほど……遅れている。だから、そんなものを手に入れても研究など1つも進まない。


「……では」

「鎖だよ。飼い犬の首に付ける、な」

「では……私も……同じ、物を……いただきましょう……」

「…………分かり、ました」


 大公は気が付いているのだろうか。

 彼は脅迫されるための材料を増やしただけだということに。


 しかし、公国が提供できるものはそれ以外の何もない。


「これからもよろしくな。大公殿」


 セリアとクララの微笑みは、大公にとっては悪魔の笑いでしかなかった。



 ――――――――――


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 昼休み。食堂。


 イグニたちが王国に戻ってきた次の日。


 面倒な事務処理やらをエレノア先生がやってくれるということでイグニは少し心苦しさを覚えながら昼ご飯を食べている途中だった。


 エリーナがやってきて、そのままどんよりした空気でイグニたちと食事を取り始めたのだ。


「……1番……。私が……1番だったのに……」


 そして、口を開けばこの調子である。


「……ちょっとアリシア。あんた何があったか聞きなさいよ」

「い、嫌よ。イリスが聞けば良いじゃない」

「イグニ。お前から何があったか聞いたらどうだ? 仲良いだろ??」

「エドワード。俺だって空気は読めるんだ……。今は……まずいだろ」

「ふえぇ……」


 ユーリが困惑した声を上げる。


 いや、マジでこれどうしたもんかな。

 悩み相談が上手い男はモテるんだけど下手すると嫌われる諸刃の剣だし……。


「1番……。私の……1番……」

「まだ定期考査の結果で落ち込んでるの? 次席さん」


 どん! と、お皿に載ったトレーを置いたのはエルミー。


「……2番。そうさ……私は……2番……」

「よう。エルミー。久しぶり……」

「久しぶり。相変わらず、元気そうね。イグニ」

「エルミーも元気そうで何より……。で、何があったんだ……?」


 イグニがエルミーに問いかけると彼女は肩をすくめた。


「さっき言った通りよ。定期考査の結果でエリーナは2番になったってわけ」

「1番は?」

「エスティアよ」

「ああ、“よろず”の」


 エリーナからちらっと聞いた黄金の世代の一角である。


 イグニの一度覚えたら絶対忘れない女の子名前データベースからの検索は一瞬だった。


「で、試験に負けたエリーナは負けてから、ずーっとこうして落ち込んでるってわけ」

「2番……。価値なし……。ゴミ……。無価値の女……」


 ずっとブツブツと落ち込んでいるエリーナ。

 イグニは見ていて気の毒になってきた。


「……ね、ねえ。待って。私たち……試験受けてないんだけど」


 しかし、ここでアリシアが当然の疑問を持ってきた。


「クエ……。いや、俺たちは用事が用事だから実技の試験は免除になるらしい」


 クエスト、と言いかけて言葉を濁すイグニ。

 1年生にクエストのことは禁句である。


「じゃあ筆記はあるってこと?」

「ああ」

「全然勉強してないわよ……」

「俺もだ」

「ど、どうするんです? イグニ様」

「……しかない」

「え?」

「勉強するしか……ない……」


 学生の逃れられない運命さだめがそこにある……。


 モテの極意その1。――“強い男はモテる。努力する男はさらにモテる”。


(努力しよ……)


 意識高い系になったイグニはしんみりした顔で昼食を流し込んだ。

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