第2-20話 くノ一と魔術師

 東の果てのとある国に『忍者』と呼ばれるスパイがいる。その中でも特に女性を指して『くノ一』と呼ぶのだ。


『じいちゃん! 見てあの人! 凄い恰好』

『ん? ああ、くノ一か』


 かつてイグニが見たその人も、ぴったりと身体に張り付くデザインの服を着ていた。


『くノ一って何!?』

『スパイじゃ』

『か、かっけぇ……』


 幼いイグニは震えた。


 何故ならスパイとはかっこいいからである。

 それ以上の理由が必要だろうか?


『主に忠誠をつくし、どんなクエストでも達成するスパイじゃよ』

『主に忠誠……!』


 妙なところで引っかかるイグニ。


『で、でも何であんな身体にぴったり張り付く服着ているの?』

『動きやすいからに決まっとるじゃろ』

『危なくない?』


 バチン!!


『うおっ! 油断してた!! 相変わらず痛い!!』

『イグニよ……』

『な、何……?』

『お前はまだ、弱い』

『う、うん』


 イグニは頷く。


『それは構わん。しかし、お前は決定的なミスを犯しているのじゃ』

『み、ミス……?』

『そうじゃ。それは全てお前を基準に物事を考えているということ……っ!』

『……っ!? そ、それは……!!?』

『今のお前より強い女なぞ世界に腐るほどおる……っ!! なのにも関わらず、今のお前が心配するじゃと……?? 女を馬鹿にするなッ!!』

『……ッ!!!』


 イグニはルクスの言葉に息をのんだ。


『あれだけ薄い服を着ているということは……ッ! 当たる前に避ける自信があるということ……ッ!! 『くノ一』にとっては……造作もない……ッ!!』

『それは……!』


 イグニは自分の弱さと、もう姿の見えなくなった『くノ一』の強さに思いをはせた。


『イグニ! お前が女に心配をするのは良い……! しかし、弱いお前がする心配は強い女からすると無用の長物……! むしろ……見くびりと捉えられん……!! そうなると、お前が享受できるのはモテではなく……軽蔑……!! 地獄のような日々……!!』

『そ、そんな……!!』


 話が思わぬ方向に走りだしたことに気が付かず、イグニはルクスの言葉を待ち構えた。


『じゃあ、ど、どうすれば良いの……! じいちゃん!!』

『強くなれ』

『強く……!』

『そうじゃ! 強くなれば、モテる……!!』


 ――――――――――


 強く、なったよ……!! じいちゃん!


 イグニは目の前の『くノ一』に向かって飛び掛かる。目の前の少女はイグニの飛び掛かりに合わせて、手元に刃物を生成。


「【地】属性だな」

「ご名答、です!」


 イグニはそれが何か知っている。

 東の彼方かなたで忍者が使う取り廻しの良い刃物……『苦無クナイ』だ。


「覚悟するです!」


 イグニが着地すると同時に、クナイを振るう少女。イグニは半歩避けて脇に刃を通す事で回避。


 流れる様にイグニは人差し指を少女に向ける。そこには『ファイアボール』が生成されており、


「『発射ファイア』ッ!」


 ドンッ!!!


 空気が爆ぜる音とともにイグニの『ファイアボール』が撃たれたッ!!


 しかし、少女は手元のクナイでイグニの『ファイアボール』を受けると――流す。だが、イグニの『ファイアボール』が簡単に流せるわけがない。


 バキ、と音を立てて少女の刃が砕け散った。


「強い……です」

「ありがとう!」


 少女の賞賛を真正面から受け取って、イグニは掌を開く。


 そこには先ほどの3倍ほどの大きさの『ファイアボール』が生成されて……!


「『装焔イグニッション追尾弾ホーミング


 それはユーリの魔術から閃きを得た技。

 彼女……じゃなくて彼のように長い距離を追尾することはできないが、この距離であれば容易。


 故にイグニは目の前の少女の魔力を追尾対象に登録セット


「『発射ファイア』」


 ドン!


 イグニの掌を離れた『ファイアボール』はくノ一の少女めがけて飛んでいく。少女は身体をひねって回避。しかし、『ファイアボール』はくるりと向きを変えると、『くノ一』の後ろから激突!


 ドッ!!


 軽い爆発! 少女は予想外の衝撃に顔をしかめて……消えた!!


「何!?」


 イグニが驚くと同時に後方から魔力の熾りを感じた。


「そこだっ!」


 イグニから放たれた無数の点のように小さな『ファイアボール』が後方の魔力の熾りに向かっていく!!


「身代わりの術を、見抜いたのは……凄いです。イグニ、『気』を見てますです。」

「気? あと、『見てます』で良いぞ」

「ありがとうです。『気』はこっちの言葉では『魔力』と呼ぶ……です」


 魔力の熾りのことだろうか。


「こっちの人は『気』を雑に扱うです」

「雑に?」


 イグニは首を傾げる。


 魔力は大切なものだ。特に『魔力切れ』は死につながるものとして恐れられているから、魔力の残量をちゃんと把握しながら戦っている。


「はいです。例えばこうやって」


 次の瞬間、目の前の少女の魔力が熾ったままぐるりと体内を回転した。


「『気』を熾したまま回すことによって」


 少女が踏み込む。刹那、爆発的な加速ッ!


 イグニは獣のような反射速度で後方に飛ぶと同時に『ファイアボール』を防護壁代わりに展開っ!!


「身体は強くなるです」


 その『ファイアボール』を貫いた拳がイグニに触れる。


「『装焔イグニッション』ッ!!」

「せいッ!!!」


 キュドッツツツツ!!!


 とても人間の身体から発生した音とは思えないような衝撃音とともにイグニの身体が吹き飛んだ!


 しかし、とっさに発動していた『ファイアボール』を後方で爆発させることで威力を減衰。地面に脚をついて、靴と大地を削りながらイグニは停止。


「『身体強化魔術』を使わなくても、こんな威力を……!」


 イグニは魔力の新しい使い方に感激していた。


 魔術の使えない彼にとって、それは新しく強くなるための術!

 

 しかし、それを会得するような時間も目の前の少女に付き合うための時間はない。


「フローリアさん!」

「はい」


 イグニの頼みと同時に、くノ一の少女の地面からごぽりと水が沸き起こると、凄まじい速度で絡みついたッ!!


 イグニとの戦闘でイグニに注意が向いていたくノ一を捕まえることなんて、造作もないことで。


「なんのこれしき……です!」


 少女の体内で熾した魔力がぐるりと回転する。そして、腕に集まって……パァン!!


 音を立てて水の拘束をほどいた!!


「ほどけませんよ」


 しかし、フローリアは静かに言う。一瞬、少女は水に穴をあけたがすぐさま水は周囲から寄り集まって少女を拘束する。


「ぐぬぬ! 抜けないです!」


 少女がもがいていると、


「ここにいたのか! イグニ!!」


 タイミングよく、ユーリとエドワードがやってきた。


「ユーリ、もう一度魔術を使ってくれ! あの追尾魔術は壊された!」

「壊された!?」

「色々あって俺も狙われてるんだ!」

「わ、分かった! もうあの魔力は覚えてるから簡単に追尾できるよ!」

「頼む」


 ユーリの詠唱で生まれた闇の塊が『ピーッ!』と鳥のような鳴き声を上げて飛んでいく。


 その後ろを一行は追いかけた。

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