第2-19話 狙われる魔術師

「ごめん。イグニ! 遅くなった」

「いや。大丈夫だ」


 イグニはユーリとエドワードと合流。

 ユーリはさっそくフローリアの案内に連れられて、ローズが泊まっていた部屋に案内される。


「ここだ」

「『蠢く者よ。出でたまえ』」


 ユーリの詠唱で2度目となる闇の塊が出現する。

 それは部屋の中をもよもよと漂いながら、ユーリの言葉を待った。


「『魔力の残滓を追え』」


 闇の塊はぷるぷると震えると、フローリアに向かって飛んだ。


「そ、そっちじゃない! 『もう1つの魔力を追え』」


 闇の塊は少しだけしょんぼりしたように縮まると、窓の外に出て行った。

 イグニたちはその後ろを最短経路で追いかけるために窓からダイブっ!


 イグニは『装焔機動アクセル・ブート』で空中に身体を留めると、バースト!!


 ユーリが作ってくれた闇の塊を追いかけるッ!

 その後ろをフローリアが続いていく。


 エドワードはユーリに『身体強化魔術』をかけると、走ってイグニたちのあとを追いかけていた。


 しばらく時間はかかるが、合流できるだろう。


 イグニは視線を『闇の塊』に向けて飛んでいると、地上から飛んできた魔術が『闇の塊』を撃ち抜いた!


「なんだ!?」

「イグニ様! 下です!!」


 フローリアの言葉でイグニが下を見ると、3人ほどの魔術師が路地裏に固まっているのが見えた。


 その手元には次の魔術がすでに装填済み。


「『迎撃ファイア』ッ!」


 地上の3人組が撃ってきた『ファイア・ランス』をイグニは『ファイアボール』で食い止めると、地上に着地。


 路地裏の陰に隠れる様に潜んでいる3人組を見た。


「誰だ?」

「へへ。お前が、イグニだな」

「ああ。そうだが」

「『聖女』様をよこせやッ!」


 3人のうちの1人。


 身体が一番大きい男が踏み込んで、ナイフを煌めかせた。


「『発射ファイア』」


 イグニはそのナイフだけを精密に狙った射撃。


「『早撃ちクイック・ファイア』かよっ!」


 1人の男が高い声を上げる。


「別にそんな大したものじゃない」


 イグニが静かに言う。


 『早撃ちクイック・ファイア』は詠唱から発動まで時間がかかる魔術を早く撃つための技術である。


 だが、イグニに限っては『ファイアボール』を発動する時にその技術は必要ない。

 

「『装焔イグニッション』」


 それは、イグニに神が与えた鎖。


 たった1つの魔術しか使えぬ代わりに、その魔術の威力と発動速度が尋常でないほど跳ね上がる『術式極化型スペル・ワン』の数少ないメリットである。


「『撃発ファイア』」


 イグニは『ファイアボール』を手元に置いたまま、目の前の男の身体に触れて――指向性を与えて爆発!!


 イグニが見上げるほど大きな男は後方に吹き飛んだ!!


「捕まえろ!! こいつの適性は【火:F】だっ!」

「何で知ってんの?」


 イグニは首を傾げながら、後方に5つ『ファイアボール』を展開。


「『水壁ウォーター・ウォール』」


 残った2人組の片側が防護壁を展開。


 だがそんなものは、簡単に……。


「『濁流マディ・ストリーム』」


 イグニが詠唱を完了するよりも先に、イグニの後ろから声が響いた。


 次の瞬間、ごぽり……と目の前に発動された『水壁ウォーター・フォール』が音を立てて濁るとドスッ!! と、拳のように形を変えて2人を吹き飛ばしたッ!!


「私の前で【水】属性を使うなんて馬鹿なやつだ」

「今のは?」

「魔術の乗っ取りハイジャックです」

「凄い」


 イグニの知らない技術が出てきた。

 流石は“極点”というべきだろうか。


 イグニは振り返って、唯一気絶していない男を見下ろして聞いた。


「どうして俺たちのことを知ってるんだ?」

「誰が言うかってんだよ!」


 イグニはちらりとフローリアを見つめた。

 フローリアはこくりと、頷いた。


 ――――――――――


「い、言います! ごめんなさい!! 俺が悪かったですぅ!!」


 男の脚には水が生物のように絡みつき、男の身体を持ち上げて……ひっくり返していた。


 頭に血が昇って、顔を真っ赤にした男が“極点”と少年に助けを願う。


「じょ、情報が流れて来たんです!」

「情報?」

「酒場とか冒険者ギルドとか……色んな所に張り紙がしてあって、『聖女』の身柄を渡したものに金貨100枚。聖女の情報を持っている『イグニ』を捕まえた者に金貨50枚出すって! それでアンタを見つけたから!!」

「金貨50枚か。結構もらえるな」


 自分のことなのに他人事みたいに呟くイグニ。

 基本的に金に関してはそこまで興味がないので、どうでも良いのである。


「けど『聖女』の身柄か。それに金貨100枚とは太っ腹だな」

「イグニ様。それは恐らくカモフラージュです」

「カモフラージュ?」

「はい。本命はイグニ様を捕まえることかと」

「どういうことです?」


 イグニがフローリアに尋ねる。


「ローズ様の身柄は『魔族』が抑えている。あの『魔族』は不思議なことに私たちの情報をどこからか手に入れているようでした。そして、私と他の“極点”をマリオネッタの『疑似魔法』で捕らえた後……誰がローズ様の奪還に動くでしょうか?」

「……俺、か」

「はい。こうしてダミーの情報を流したことで腕に覚えのある者たちはイグニ様を確保して、力づくで情報を吐き出させてローズ様とお2人で金貨150枚を手に入れようと多くの魔術師がイグニ様を狙っていることでしょう」

「なるほど」


 イグニは少しだけ考える。


「一度引いて立て直しませんか? イグニ様」

「いや。もう一回ユーリに魔術を使ってもらって……進もう」

「敵は私たちの情報を持っています。危険では?」

「弱いから、妨害工作をするんだ」


 イグニの言葉でフローリアの表情が少しだけ変わった。


「強ければ姑息に動き回る必要は無い。けど、真正面から勝てないからこうして妨害工作を行う。なら、ユーリの魔術を使って正面戦闘に持ち込む方が、勝機が高い。と、俺は思う」

「い、イグニ様」

「フローリアさん。あなたは後手に回ってしまっている。だから、だけ弱気になっているんです。自信を持ってください! 貴女あなたは立派な“極点”なんです!」


 イグニはフローリアを励ますように説明する。


「し、しかし……」

「安心してください。フローリアさん」


 イグニはフローリアの手を取って、その目を見つめる。


「あ……あぅ……」

「行きましょう。怖い物なんて何もないですから!」


 次の瞬間、イグニの後方から殺気。


「『水壁ウォーター・ウォール』!」


 ドボン! 


 と、音を立ててフローリアの発動した防護壁で金属の刃が止まる。


「ありゃ? 止められちゃうです?」

「誰だ!」

「イグニを、奪いに来たです」


 公用語にしては、どことなく訛りのある声。


 路地裏に潜んでおり、ひそかにこちらを見ていた少女は間違いなく王国周辺の出身ではない。それを裏付けるような黒い髪に黒い瞳。


「覚悟、するです」


 少女の姿は全身をピッチリと覆うような戦闘服。


 しかし、動きやすいように脇や太ももにはスリットが入り、素肌が見える様になっている。


「……嘘、だろ」


 イグニは『水壁ウォーター・ウォール』越しに少女の姿を見た。


 それは噂に聞く存在。

 ルクスより度々聞いていたが、イグニとて実物を見るのはこれが初めて。


 遥か東にある小国の間諜スパイ……特にその女性を指す言葉がある。


「くノ一だッ!?」

「む? よくご存じです!」


 イグニの言葉に少女は嬉しそうに笑った。

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