第2-9話 痛みとエルフ
「宿、お願い出来るかい? リリィ」
「はい。ルーラ隊長」
リリィはルーラからの指示にこくりとうなずいた。
「私は『兵器』を仲間に預けてくる。ああ、私も今日はそっちで泊まるから私の部屋はいらないよ」
「は、はい! 分かりました!!」
リリィはルーラの言葉にこくりと頷く。
「じゃあ、また明日ね」
そういってルーラは馬車と共に、どこかに行ってしまった。
「じゃあ宿を見つけましょう」
「僕に任せろ」
「どうした。エドワード」
「僕は何度かここに来たことがある。良い宿なら僕に任せろ」
そう言って胸を張るエドワード。ここは貴族である彼に任せておいて外れは無いだろう。残された3人の意見は統一されて、エドワードに宿が任された。
何しろこの男は打ち上げの店を当てたという実績がある。
イグニとイリスは、ためらうことなく頷いたのだった。
「ここだ」
そう言ってエドワードが指さした宿は、外見は普通……だ。
特に変わったところもない。
「こ、ここか?」
ちょっと期待していたものとは違ったので
「ああ。ここが僕たちの予算で泊まれる範囲内で最高の宿だ」
「なるほどな!」
「やるじゃない。エドワード」
「ふん! 褒められてもうれしくないぞ!」
そう言ってそっぽを向くエドワード。
エドワードの良いところは自分の泊まりたい所や行きたい所では無く、全員の経済状況を考えて、その中でベストを出すところにある。
「エドワード。お前、将来良い経営者になれそうだな」
「貴族は
しかし、エドワードから返ってきた言葉はひどく静かなものだった。普段とは違った様子に首をかしげる一行。イグニはそこに闇を感じ取ったが、エドワードが男なのでスルーした。
「じゃあ、部屋を取りましょう」
「私イグニ様と一緒がいい!!」
いつものようにイリスがそう言う。
だが、その時リリィの胸に小さな痛みが走った。
そして、感情に任せるままに反発する。
「ダメに決まってるでしょ! 男女別です!!」
「えぇ~ケチ~」
そう言って残念がるイリス。
それを見ていると、また
(……私は何に怒ってるんだろ)
その正体に気が付かないまま、リリィは宿の中に入って手続きを行った。
―――――――――
「リリィちゃんってさ」
「なんです」
部屋に入るなり、イリスがリリィに話しかけた。
「なんでそんなに冷たいの?」
「別に冷たくないです」
「笑えば可愛いのに~」
イリスはそう言って、荷物をベッドの側に置いた。
「……可愛い」
「どうしたの?」
「何でもないです」
イリスの言葉を繰り返してそっぽを向く、リリィ。
それに首をかしげるイリス。
「さっさと準備して出ましょう。酒場がいっぱいになっちゃいます」
「だね」
「先に出てますよ」
「うん~」
リリィはそう言って部屋を出ると、ちょうど向かいの部屋からイグニが出てきた。
その瞬間、先ほどまでの苛立ちが嘘のように消えた。
「外で待っておこう」
「はい。そうですね」
そして、不思議と気分が上がる。
「なぁ、リリィは……知ってたのか?」
「『兵器』についてですか?」
「ああ」
「はい。あの方はよく寝られるので……馬車の中でも、きっと寝ていたんだと思います」
「そっか」
イグニに話しかけられたことが嬉しくて、リリィは少しだけ気分が良くなる。
「明日で俺たちは解散か?」
「はい。……そうですね」
リリィはその瞬間、心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
(……どうして?)
「悲しくなるな」
「ほ、本当にそう思ってますか?」
「もちろん」
イグニは何でもないようにそう言う。
その言葉1つ1つがリリィの心臓を締め付ける。
「お待たせしました!」
しかし、その時現れたイリスがイグニの右腕を掴む。
「……あっ」
リリィの口から洩れたのは、悲鳴のような小さな声だった。
(痛い……。痛いよ……)
心臓が苦しい。呼吸が浅くなる。
「入口でイチャつくな。邪魔になるだろう」
しかし、エドワードがそういって2人を無理やり離した。
「ちょっと! エドワード!! 何よ!」
「いや、いまのはお前が悪いぞ。イリス」
「はい。ごめんなさい。イグニさま……」
そう言って頭を下げるイリス。
しかし、そんな2人のやり取りを見ていても、胸のざわめきは収まらなかった。
(何なんですか……。もう)
この夜、リリィのヤケ酒が確定した。
―――――――――
「へい、嬢ちゃんたち。2人で旅かい?」
「そうよ。公国まで行くの」
「じょ、嬢ちゃん……」
何か言いたげなユーリの口を塞いで、アリシアが笑った。
「その服……ロルモッド魔術学校の生徒たちか!」
「へえ。良く知ってるわね」
「あったりまえよ! 王都に住んでいれば誰だって知ってるぜ。しかし何だって公国に?」
「さぁ? 知らないわ。私は家族に呼ばれただけだし」
「そっちの嬢ちゃんは?」
「ぼ、ボクは付き添いで……」
「ボク?」
首をかしげる男。
「けどよ。女だけで公国に入るとなると危ないぜ」
「危ない? 何かあるの??」
「ぼ、ボクは女の子じゃ……むぐぐっ!?」
ユーリの口をふさぐアリシア。
「ああ。公国の
「へー」
アリシアは空返事。
適当な話だ。どこにも証拠などない。
こんなものを正直に受け取る方がどうかしている。
「しかもよ。よっぽど金に困っているらしくて……色んな国にある情報を売ってるって噂だぜ」
「ある情報?」
「おっ。ようやく食いついたな、嬢ちゃん。どんな噂だと思う? 聞いて驚くなよ、『聖女』の情報だぜ」
「……『聖女』の?」
アリシアの脳内にチラリと浮かんだのは、帝国諜報部が掴んだとする公国での『聖女』の行動ルートだった。
それが、帝国諜報部が掴んだものではなく『公国』が流したものなら?
「【聖】属性って言えばよう。『魔王領』の汚染された土地を元に戻せる唯一の属性だぜ? どこの国も喉から手が出るほど欲しいからなぁ。今頃、いろんな国のやつらが『聖女』を捕まえに公国に集まってると思うぜ」
「面白い話ね」
「だろ?」
「でも、そこまでして公国がお金稼ぎに一生懸命になるってのも変な話だわ」
「それがよう。新しく大公になったやつがエラい浪費家らしくてな? 酷く借金こさえたんだとよ。けど、周りだって何もせずに見てたわけじゃねえ。何とか麦の出荷量を増やす契約で金を用意したんだよ」
「そういえば公国は麦をよく作ってるわね」
「でも今年は麦が不作! 金を返せないって困った公国は周りの国に情報を売ったんだよ。高値でな」
ガハハ、と笑う男。
「なんであなたそんなに詳しいの?」
「がはは! 冒険者やってれば噂にも詳しくなるってもんさ。おっと、着いたようだぜ」
馬車が音を経てて止まる。
どうやらやっと街についたようだ。
「じゃあな! お嬢ちゃんたち、気をつけるんだぜ!」
「あ、あの! ボク、男……だよ?」
「……は? 嘘、だろ?」
「お、男の子だよ!!」
「…………マジか」
冒険者は衝撃に膝から崩れ落ちた。
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